519話 宰相との話し合い1
「ジークハルトさん、少々お時間よろしいですか?」
そんな風にヴィクトルから声を掛けられたのは、禁忌の魔術具の騒動があった数日後の昼下がりの事だった。
特に予定もなかったので、俺は快く了承を返し、彼の案内に従い東棟の広間へとやって来た。向かい合って椅子に腰を下ろしたところで、すぐに紅茶と茶菓子が運ばれてくる。相変わらず、用意が早いな。
軽く紅茶で喉を潤したところで、ヴィクトルが口を開く。
「本日、皆様はどちらに?」
ここにいるのは俺とヴィクトルだけで、後は少数の使用人の姿があるのみだ。こうやって、一対一で向かい合うのは初めてのことだな。
「外で雪遊びをしているよ。エルザも一緒だ」
今日も雪がちらつく寒さ、それでも子供達にとっては関係がないらしい。エリザヴェータの発案で、外で雪遊びをすることになった。何でも、大きな雪人形を作りたいらしい。特に、シャルロットとレイの二人は乗り気だったな。
クリスティーネは遊びにもいつも全力だし、フィリーネはそれに競い合うことだろう。アメリアとエリーゼも雪の降る地方出身なので、雪遊びには精通している。イルムガルト当たりが、エリザヴェータが怪我をしないように気を配ってくれるはずだ。
俺も遅れて合流しようと思っていたところへ、ヴィクトルに声を掛けられたところだ。
俺の答えに、ヴィクトルは「そうですか」と一つ頷きを返した。
「俺達に話があるなら、呼んできた方がいいか?」
これからのことに関する話なのであれば、皆も知っておいた方がいいだろう。特に、氷龍であるレイはこの場に同席しておいた方が良さそうだ。
そう思って提案したのだが、ヴィクトルは沈黙の末に首を横に振った。
「……いえ、それはもう少し後にしましょう。レイさんのいない場でないと、やりにくい話もありますので」
「それを、俺の前で言ってもいいのか?」
俺は思わず、正直な感想を口にした。例え、レイに黙っていてくれと言われたとしても、あの子に不都合があるような事なら、俺は迷わず伝えるぞ。
そんな俺の言葉に、ヴィクトルはなんて事の内容に首を縦に振って見せた。
「えぇ、あくまで直接伝えにくい話であって、伝えられない話ではありませんので」
それはそうか、ヴィクトルのような立場に置かれているような人が、その程度の分別もつかないわけがないからな。やろうと思えば、俺に気付かれないように隠すことなど造作もないだろう。
つまり、レイ本人に伝えるかどうかは、俺に任せるという事なのだろうな。その当たり、俺がしっかりと判断すればいいというわけだな。
「それで、話と言うのは?」
「えぇ、ジークハルトさんがどうにも警戒しているということでしたので」
「……気付いてたか」
特に隠しているわけではなく、むしろ抑止力になるだろうと露骨に見せていたわけなのだが。
警戒と言うのはもちろん、レイに関することだ。俺達がこの東棟に滞在を続けることが決まってからも、俺は彼女に危害が加えられないか、ずっと警戒していたのである。
表面上は干渉しないように見える帝国側だが、いつ何時あの子が討伐対象になるかもわからない。エリザヴェータの事は信頼しているが、この城に留まる以上は警戒は必須なのである。
「もちろん、ジークハルトさんの気持ちもわかります。警戒する必要はないと伝えたところで、信じ切ることは出来ないでしょうから。ただ、一応こちら側の考えを伝えておこうと思った次第です」
「……話を聞こうか」
この城側にとって俺達は、魔物に襲われていたエリザヴェータを助け、彼女達の氷化を解除する氷龍の鱗をもたらし、禁忌の魔術具の騒動を解決した冒険者だ。それなりに信用されているだろうことは、俺だって理解している。何も、すべてを信じていないわけではない。
それでも、帝国の上層部は一枚岩ではないだろう。ヴィクトルにだって立場がある。どうしたって、信じ切ることは出来ないのだった。
ただ、彼らがレイの事をどのように考えているのかは、前々から気になっていたことだ。ここで話を聞けるのは、大きな意味があるだろう。
「ジークハルトさんは、我々がレイさんに手出しをせず、姫様の客人としてこの東棟に留める理由が知りたいのですよね?」
男の問いに頷きを返す。俺が知りたいのは、正しくその事だ。
普通に考えて、氷龍を城に留め置くなど危険でしかない。いつ爆発するとも知れない爆弾を抱え続けるようなものだ。追い出すなり、討伐するといった対処を考えるのが自然だろう。
そんな風に考える俺の前で、ヴィクトルは困ったように眉尻を下げた。
「正直に申しますと、それくらいしか対処方法がないのですよ」
そう言って、氷龍の少女をこの城に留め置く理由を説明し始めた。
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