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516話 火兎の少女と就寝

 禁忌の魔術具を破壊し、再び城の東棟への滞在が認められた日の夜の事。俺はレイと共に、借り受けた部屋にいた。

 部屋の外の通路は、クリスティーネとフィリーネが影の兵士と争ったり、窓をぶち破って脱出したりと、いくらかの被害が出ている。それでも室内は元のままだったので、部屋を変えようかと提案するエリザヴェータに断りを入れ、同じ部屋を使うこととした。


 レイは昼間に氷龍の姿で随分と動き回ったためか、既にすやすやと寝息を立てている。そんな氷龍の少女の傍に、俺は腰を下ろして待っていた。今日はもう一人、共に寝る者がいるのだ。

 そこでふと、部屋の扉が静かに開けられ、中へと一人の少女が入ってきた。俺は少女の方へと、軽く片手を上げて見せる。


「来たか、アメリア」


 そこにいたのは、兎の耳と尾を持つ赤毛の少女だった。普段の活発な様子が鳴りを潜め、なにやら恥ずかしそうに体を抱いている。

 その姿に、俺は思わず目を見開いて凝視してしまった。


「……珍しい格好だな」


「こ、これはエリーが無理矢理……」


 少女は少し頬を染め、小さく言葉を溢す。その姿は、普段とは異なり随分と可愛らしいものだった。

 白と緋色を基調とした、リボンのあしらわれたワンピースタイプの寝間着だ。両腕が露わになったその意匠は、暖房の魔術具があっても少し寒そうに見えてしまう。


 アメリアが肌を出す服を好むことは知っているものの、こんな風に女の子らしい服装をしている姿を見るのは珍しいことだ。

 その言葉からは、エリーゼに購入を勧められ、断り切れなかった様子がありありと伺えた。


「や、やっぱり着替えてくる!」


「いいじゃないか、似合ってるぞ?」


 何故だか部屋を出ようと扉に手をかける少女の背中へ、俺は声を投げかける。確かに珍しい恰好ではあるものの、奇抜と言うこともなくアメリアにはよく似合っていた。

 こういう格好をしているのを見ると、大人しそうな印象を受けて新鮮でもあるしな。わざわざ部屋に戻って着替え直す必要はあるまい。


 そんな俺の言葉に、アメリアは顔を髪と同じ赤色へと染めた。こんな風に面と向かって褒めることはないからな、照れているのだろう。


「ほら、そんなところに立ってないで、こっちに来たらどうだ?」


 そう言って、軽くベッドを叩いて見せる。そんな俺の言葉に、赤毛の少女は迷うように扉とベッドとを交互に見た。

 そうしてこくんと喉を鳴らすと、躊躇いがちにこちらへと歩み寄る。


 ベッドの傍まで来たアメリアは、履き物を脱いで掛け布団の上へと上がる。それからぽすんとその場に腰を落とした。

 何やら普段と違うその様子に、俺は思わず首を捻る。緊張しているように見えるのだが、どうしたのだろうか。


「そ、その……きょ、今日はどうして私を呼んだの?」


 少し上擦った声で、そんなことを口にした。

 そう、今日は珍しく、俺の方からアメリアへと声を掛けたのだった。いつもは少女達に決めてもらっている就寝の順番を俺が決めるのは、初めてのことになる。


 もちろん、それにはそれなりの理由があった。


「簡単な話だ。アメリアのことが一番気になっていたからな」


「わ、私のことが?! 一番?! 気になっ?!」


 俺の言葉に、何故だかアメリアは著しい反応を示した。驚いたように紅の瞳を見開き、あわあわと口を動かしている。

 その声が聞こえたのだろう、傍らのレイが少し眉根を寄せ、何やらむにゃむにゃと口を動かす。それを見て、少女ははっとしたように口元を両手で抑えた。


 その顔色はますます赤く、耳まで染まっている。その様子を不可解に思いながら、俺は一つ頷きを返した。


「あぁ、だってアメリアは、誰よりも長く影に呑み込まれていだろう? 何か悪い影響が出ても、おかしくはないからな」


 影に呑み込まれたのはクリスティーネ達も同じだが、彼女達は直後に俺が魔術具を破壊したのもあり、影の中にいたのは短時間で済んでいる。それと比較すると、アメリアはあまりにも長いのだ。

 あれから半日、今のところ騎士達を始めとして、影に呑み込まれた者達に悪影響が出たという話は聞いていない。それでも、例の魔術具の影響がないか心配になるのだ。


 そんな風に話せば、アメリアは呆けたようにぽかんと口を開けて見せた。


「あっ……そ、そう言う意味?」


「それ以外に何かあるか?」


「な、なんでもないわ!」


 首を捻って問いかければ、ふいっとばかりにそっぽを向いてしまう。何やら少々怒らせてしまったようだが、何か不味いことを言っただろうか。

 疑問に思いつつも、俺はベッドの上へと体を横にした。それから、軽く傍らを叩いてアメリアへと示す。


「ほら、アメリア」


「あ、う……」


 アメリアはベッドの上に膝をついたまま、逡巡するように視線を泳がせた。それから恐る恐るといった様子で、俺の隣へとその身を横たえた。

 そんな少女へと俺は片腕を伸ばし、己の方へと抱き寄せた。


「ちょっ、ね、ねぇ、こんなにくっつく必要があるの?」


「こうしておけば、何かあってもすぐ動けるだろう?」


 そう言いながら、俺は枕元に手を伸ばし、照明の魔術具の光を落とした。

 この距離であれば、アメリアの異変もいち早く気が付くことが出来る。すぐにでも治癒術を使えることだろう。


 シャルロットよりも背が高いが、クリスティーネやフィリーネよりは小さく、少女らしい柔らかな感触を感じる。改めて、腕の中の少女を失うことにならなくてよかったと、俺は小さく息を吐いた。

 暗闇の中、聞こえてくるのは少女の息遣いだけだ。その呼吸が少々荒れているように感じ、俺は心配になる。


「アメリア、本当に大丈夫か?」


「へ、平気よ! ただ……な、なんでもないわ!」


 俺の問いに、腕の中から答えが返る。眠るレイに配慮したのか、その声量は少々抑え気味だった。

 ひとまず、その言葉を信じる他にはあるまい。


「ならいいんだが……もし気分が悪くなったり、体調の変化を感じたらすぐに言うんだぞ?」


 そう声を掛けながら、胸元の赤毛を軽く撫でた。

 応えは帰らなかったが、暗闇の中、腕の中の少女が頷きを返すのが伝わった。

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