508話 火兎の少女を探して
黒い長い髪に、派手な赤いドレスを身に纏った女だ。床に倒れ伏したまま、ぴくりとも動かない。
俺達がこの部屋に入った時には、あの女の姿はなかった。つまり、彼女もクリスティーネ達と同じように、影に呑み込まれていたのだろう。魔術具が破壊されたことで、少女達と同じようにこの部屋に現れたのだ。
城の者だろうし危険はないとは思うが、俺は少女達にその場で待つように告げ、女の方へと一人近寄る。そうして傍へと腰を落とし、女の状態を確認した。
だが、既に女は事切れていた。死因はおそらく腹部の刺し傷だろう、溢れた血が元から赤いドレスを、さらに赤く染めている。
「ジーク、その人……もしかして、死んでるの?」
「あぁ、そうみたいだ」
恐る恐るといった様子でこちらに近寄るクリスティーネへと、言葉を返す。知らない女だ、亡くなったことには可哀想だとは思うが、それ以上に思うところはない。
それよりも心配なのがアメリアの身だ。この女が影に呑まれた後に死んだのだとしたら、彼女の身も危険である。一刻も早く、無事な姿を確認したい。
俺達はそれ以上、死んだ女に触れないこととした。後のことは、城の者に任せるべきだ。
ここで見つかった以上は、少なくとも城の関係者なのだろう。下手に俺達がかかわるべきではない。
「それから、こいつは回収しておかないとな」
そう言いながら、俺は女の傍に落ちていたガラクタを拾い上げた。おそらく、これが禁忌の魔術具の残骸で間違いないはずだ。
それは、二つに分かれた黒い箱状の物体だった。俺の剣が大型の影騎士を叩き斬った際に、一緒に破壊されたのだろう。部屋に踏み入った際は禍々しい気配を感じたものだが、今はそれもすっかりと収まっている。
これを持っていれば、俺達が魔術具を破壊した証拠になるはずだ。今後の事を考えれば、持っておいた方が都合がいい。
何せ、俺達は勝手に城の本棟へと踏み入ったのだからな。あくまで俺個人の認識だが、こういった場所と言うのは規則にうるさいものだ。緊急事態だったとは言え、後から問題になりかねない。
そう言った場合でも、俺達が元凶である魔術具を破壊して事態を収めたとなれば、向こうだって文句は言えないはずだ。
「それにしても、随分な有様だな」
そう言葉を溢しながら、俺は室内の様子へと目を向けた。部屋の中は、仮に賊が忍び込んだとしてもこうはならないだろうといった様相を呈していた。
床に敷かれた絨毯はぐちゃぐちゃで無数の切り傷があり、壁も天井もボロボロだ。テーブルは割り砕かれており、豪奢な寝台も無残に引き裂かれている。
入口の扉の真横にはクリスティーネの開けた大穴があり、天井と床には最後に俺が繰り出した虹色の斬撃が原因であろう、大きな傷跡が残されていた。
ここが城の中という頑丈な造りでよかったな。普通の作りの家では、当の昔に天井と床が抜けていただろう。
「これも弁償しなきゃダメかなぁ?」
「事情が事情だからな。何とか許してもらおう」
「それよりもジーくん、アーちゃんを探しに行くの!」
「でも、どこにいるんでしょうか?」
シャルロットが小首を傾げ、室内へと目を向ける。この場にいるのは俺達の他には、赤いドレスの女だけである。他の者の姿はない。
あの影に呑み込まれたのが、アメリアだけと言うことはないだろう。この部屋に辿り着くまで、本棟の中では一人として姿を見なかった。この城の者達は皆、アメリアと同じように影へと呑み込まれていたのだと考えられる。
だが、そう言った者達はこの場に姿を見せてはいない。どこか別の場所に出てきているのだろう。
そう考えると、アメリアの居場所としては候補が一つある。
「ひとまず、アメリアが影に呑み込まれた場所に向かってみよう」
クリスティーネ達三人は、この場で影へと呑み込まれたのだ。そして、魔術具を破壊するとこの場に姿を見せた。つまり、影へと呑み込まれた者は、その場に出てくると考えられる。それなら、他の者がこの場に姿を見せない理由もわかるのだ。
その仮説が正しいとすれば、アメリアもあの、影へと呑み込まれた場所に現れているかもしれない。
「そっか……うん、きっとそうだよ!」
「急いでいくの……っと、と」
出口へと駆け出すクリスティーネの後を追おうとしたフィリーネだったが、数歩踏み出したところでその体がふらついた。咄嗟に、俺はその細身を支える。
「大丈夫か?」
「平気なの。ちょっと、力が抜けただけなの」
そう言って口元に笑みを見せるフィリーネだったが、どうにもその表情が普段よりも白く見えた。無理もない、フィリーネは胸と背中を斬られ、それなりの量の血を流しているのだ。
治癒術では、失った血液までは元に戻らない。今のフィリーネには、血が足りないのだ。この状態で走れば、転倒や失神の恐れがある。
そう考えた俺は、少女の前で膝を落とした。
「ほら、フィナ。運ぶから乗ってくれ」
「え、でも、汚れちゃうの」
俺の言葉に、白翼の少女は遠慮するように手を振って見せた。確かに少女の服にはべっとりと血が付着しているため、背負えば俺にも汚れるだろう。そうは言っても、俺だってあちこち血に塗れているのだから、今更だ。
普段であれば一も二もなく飛びついてくるのに、こういう時は控えるのかと、俺は思わず苦笑を漏らした。
「それくらい、後で洗えば済む話だ。ほら」
軽く背中を揺すって見せれば、フィリーネはおずおずといった様子で俺の両肩に手をかけた。それからゆっくりと、俺の背中に体を預ける。それほどでもない重みが俺の背にかかった。
気候に合わせた厚着なので、感触としては全体的にあやふやなものだ。余計な考えが浮かばない分、この方が助かるな。
俺の首へと、きゅっと細腕が回される。それを確認してから、俺は徐に腰を上げた。
「よし、それじゃ行こうか」
それから、俺達はアメリアを探しに部屋を後にした。
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