507話 解決と治療
剣を振り下ろす途上、影騎士とは異なる何かを斬った感触があった。何だろうか、と考える中、その身を二つに分かたれた影騎士がこちらへと半ばから折り砕かれた手を伸ばす。
だがその手も俺へと届くことはなく、先から形を失ったように空気へと溶けて消えていく。崩壊は全身へと及び、影騎士はその場から跡形もなく消え去った。
それに呼応するように、周囲を取り囲んでいた影騎士達も、一斉に姿が薄らいでいく。やがて、大型の影騎士がいた場所へ、コトリと小さな音を立てて何かが落ちた。
それを合図としたように、周囲が色を取り戻していく。まるで陽の光に照らされたように、影が一挙に退いていった。
どうやら、すべてが終わったらしい。
俺は剣を握る手から力を抜き、小さく息を吐きだした。
「ん……いたた……」
背後から聞こえる声に、俺は勢いよく振り返る。見れば、そこには先程影へと呑み込まれていった少女達、クリスティーネとシャルロット、それにフィリーネの姿があった。
床に倒れ込んだ半龍の少女が、後頭部に片手を上げて上体を持ち上げているところだ。
「クリス!」
俺は少女達へと足早に近寄り、すぐ傍で膝を落とす。クリスティーネは足を揃えて床に座り込んだまま、きょろきょろと周囲を見渡していたが、俺の姿を見て目を丸くした。
「えぇと、何があったんだっけ……ジーク、それどうしたの?」
その言葉に、俺は改めて自分の姿を見下ろした。依然として、俺の体の表面は虹色の龍麟が覆っている形だ。
龍鱗を俺が使用したのはこれが初めてのことになる、クリスティーネが驚くのも無理はない。
俺はひとまず魔力の供給を止め、龍鱗を解除した。元凶を退けた今、いつまでも龍鱗を維持するのは魔力の無駄だからな。
「説明は後にしよう。クリス、気分はどうだ?」
「ん、ちょっと痛いけど、多分大丈夫」
そう言いながら、半龍の少女は脇腹を擦って見せた。そこは先程、大型の影騎士に影剣で強かに打ち付けられた部位だ。
光龍鱗のおかげで切り傷こそ負っていないが、衝撃は伝わったのだ、打撲程度はしていてもおかしくはない。それでも、クリスティーネの反応からすると骨は折れていなさそうだ。
そんな風に少女の状態を確認したところで、シャルロットとフィリーネが身動ぎを見せた。どうやら二人も目を覚ましたらしい。
「フィナ……は少し不味いな。シャル、怪我はないか?」
「……あ、ジークさん? えぇと、平気です」
少しぼんやりとした様子の氷精の少女だが、いつもと変わらない様子で小首を傾げて見せる。
シャルロットは影の腕に掴まれ、そのまま影の中へと呑み込まれていったのだ。そのお陰と言うべきか、幸いにも外傷などはないらしい。
「よし、それなら、フィナの治療が優先だな」
俺はフィリーネの方へと視線を移した。
白翼の少女は床に寝転がったまま、浅い呼吸を繰り返している。胸元に当てた手の内側からは、緩やかに血が溢れていた。背中からも鮮血が溢れ、白翼が赤く染まっている、
致命傷とまでは言わないものの、早急に治療が必要だ。他の二人がより重傷であればまずはそちらから治療にかかったが、そうでないのならフィリーネの治療を優先しなければ。
そうして少女へと手を翳す俺に、クリスティーネが声を掛ける。
「でもジーク、ジークだって怪我してるよ! フィナちゃんは私が……」
少女の言葉に、俺は再び自らの体を見下ろした。
俺の全身は、龍鱗を身に纏うよりも前に影騎士達から受けた剣により裂傷だらけだ。当然、痛みはある。
けれど、フィリーネと比較すればまだ軽傷と言えるだろう。俺とフィリーネ、どちらを優先するかなど比べるべくもない。
「俺なら平気だ。クリスは自分と、一応シャルにも治癒術をかけてやってくれ」
「う~ん、ジークがそう言うなら……」
俺の言葉に、クリスティーネは若干不本意そうに頷きを見せた。
だが、三人は先程まで禁忌の魔術具が生み出した影に呑み込まれていたのだ。体にどういう影響があるのかはわからないし、念のために治癒術は施しておいた方が良いだろう。
「んん、ジーくん……」
「大丈夫だぞ、フィナ。すぐに治してやるからな」
こちらへと伸ばされた少女の手を握り返しながら、俺は治癒術を施した。かなり魔力を減らしてはいるが、二人分の治癒術くらいはまだいけそうだ。
そうしてフィリーネの治療も終わり、俺は自身の治療へと移る。その間、身を起こしたフィリーネは体の調子を確かめていた。
全員の治療が終わったところで、フィリーネが口元に笑みを浮かべる。表情には少々疲労の色が見えるものの、先程よりは顔色も随分と良くなった。
「ありがとう、ジーくん」
「体に違和感はないか?」
「平気なの。でも、傷跡が残ってないか見て欲しいの」
そう言って、白翼の少女は影騎士に斬られた服をぺらりと捲って見せた。少女らしい白い柔肌が見える、なんてことはなく、当然ながら服の下は血に塗れていた。目の毒というよりも痛々しいな。
あまりじろじろと見るのは憚られるが、ぱっと見た感じは傷跡は残ってなさそうだ。基本的に、治癒術を施せば綺麗に治るものだからな。
すっかり普段の調子を取り戻したフィリーネの様子に小さく息を吐きだしつつ、俺は少女の白髪へと軽く手刀を乗せた。
「そういうのは、風呂でクリス達に見てもらうんだな」
後ほど、エリザヴェータに頼んで浴場を使わせてもらうとしよう。彼女達にもいろいろと説明が必要だろうが、こんな汚れた格好で応対するのは失礼だ。
「ねぇジーク、問題の魔術具は壊したんだよね? あれを倒しちゃうなんて、やっぱりジークはすごいなぁ!」
「クリスのおかげでもあるがな」
屈託ない笑顔を見せる少女へと言葉を返す。俺が影騎士に勝利を収めることが出来たのは、龍麟に関するクリスティーネの助言あってのものだ。あれがなければ、今頃俺も死んでいるか、少女達と同じように影へと呑み込まれていただろう。
当の本人は何のことかわからないようで、きょとんと首を傾げている、
さて、ひとまずクリスティーネ達が無事であるなら、次の行動に移りたいところだ。目下は元々の目的であった、アメリアを探すことだな。影に呑まれた三人がこうして無事なのだ、きっとあの少女もこの城のどこかにはいるはずだ。
そう考え、腰を上げた時だった。
「あれ? ジーク、人が倒れてるよ!」
そう言って少女の指差す方向へと目を向ける。
振り向いてみれば、割り砕かれたテーブルの傍、一人の女が倒れていた。
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