500話 本棟への突入
目の前に聳え立つ城の本棟を見上げ、半龍の少女が感心したように息を吐きだした。
「ふぅ……東棟よりも大きいねぇ」
俺達がこれほど近くで城の本棟を眺めるのは、これが初めてのことになる。普段は門と東棟を行き来するか、東棟の近くで訓練をするくらいだからな。
いくらエリザヴェータに招かれた客とは言え、城の敷地内で好き勝手に動けるわけではない。本来なら、この本棟に立ち入る許可もないのだ。今回は緊急事態故、勘弁してもらいたい。
クリスティーネと同じように建物を見上げていたフィリーネは、ふと小首を傾げて見せた。
「ねぇジーくん、ここに入るのはいいんだけど、魔術具はこの城のどこにあるの?」
「さてな。わかりやすく玉座にでもあればいいんだが……ま、しらみつぶしにするしかないだろう」
問題は、この本棟のどこに件の魔術具があるのか、だ。物語の定番で言うのなら玉座の間など、わかりやすいところなのだろうが、皇帝が途方もない愚王でもなければ、禁忌の魔術具を使用することなどまずないだろう。
本棟に居を構える者は相応の立場の者だろうが、出入りをするのは使用人等を含めて、結構な数に上るはずだ。その中の誰が、どこで魔術具を使用したかなど、今から推測するのは困難である。
つまり、手掛かりは一切ないということだ。
俺の言葉を受けたシャルロットは、本棟へと目を向け眉尻を下げて見せる。
「とても広そうです……見つけられるでしょうか?」
「何とかするしかないな。そうしなければ、ずっとこのままだ」
そう言って、俺は軽く片手で周囲を示して見せた。黒い影に覆われた建物から影の兵士が湧いて出る光景は、まるでおとぎ話の景色のようだ。
それから、改めて目の前の建造物を見上げる。
城の本棟は、俺がこれまで見てきたどの建物よりも大きなものだ。東棟の三倍ほどにもなるだろうか。この中からちっぽけな魔術具を探し出すのは、骨が折れる。
けれど、元凶の魔術具を破壊しなければ、この城は影に閉ざされたままとなるのだ。そうなれば、アメリアだって帰ってはこない。どれだけ時間が掛かろうと、見つけ出すよりほかにないのだ。
そうして俺は、本棟の扉へと歩み寄った。
本棟の扉は、無残にも大小様々な破片へと破壊されていた。内側から、影の兵士たちによって打ち破られたのだろう。入口付近に、扉の残骸が飛び散っていた。
だが、却ってこれは好都合である。これならわざわざ扉を開けることもなく、内部の様子を覗き見ることが可能だ。俺は剣を片手に握ったまま、慎重に入口へと顔を近づける。
城の内部は闇に閉ざされていた。これも、建物全体を影が覆い尽くした影響なのだろう。窓が黒く塗られ、内部へと光が届かないのだ。
ただ、俺の立つ本棟の入口から差し込む光によって、いくらか先の様子は見えた。浮かび上がる床は影の黒色ではなく、深紅の絨毯だ。
どうやら、建物の内部までが影に覆い尽くされているというわけではないらしい。あくまで建物の表層が覆われただけで、中は以前と変わらないようだ。
俺は魔力を練り上げ、掌の上に光球を生み出す。攻撃性のない、ただ光を生み出すだけの魔術だ。光の本質を現わすだけなので、魔力消費も僅かな基礎の魔術である。
俺は生み出した光球を、魔力操作で通路の奥へと送り出した。照らし出される光景は、入口付近と変わらぬ様子だ。今のところ、影の兵士も姿を見せてはいない。
「……大丈夫そうだな。よし、行ってみるか」
「ジーク、順番はどうしよっか? 四人で並んでは行けないよね?」
「そうだな……」
城の通路は普通の宿屋なんかよりも余程広いとはいえ、剣を振るうことを考えれば全員横一列と言うわけにはいかない。中に踏み込むのであれば、隊列を考える必要があるだろう。
普段の旅の間なんかは、専ら街道を利用するので見通しも良く、特に気にすることも無いんだけどな。さすがに城の中は死角も多く、背後も気にしておかなければ挟み撃ちの危険がある。
「まず、先頭は俺だな」
本棟の内部は暗闇なのだ、必然的に光の魔術が使える俺か、クリスティーネが前を行く必要がある。
クリスティーネに任せても良いのだが、何が起こるかわからない以上は、先頭が最も危険だろう。そういうのは俺の役割だ。
「それから、フィナは俺と一緒に前衛だ。俺について来てくれ」
「わかったの。ぴったりくっついて行くの」
「近すぎても危ないからな、程々で頼む」
軽い口調のフィリーネだが、普段であれば言いながら俺に身を寄せていただろう。そうしないあたり、やはりアメリアのこともあって真剣な様子だ。ふざけていられる状況でもないからな。
「その次がシャルだ。また人型の影が出てきたら、魔術で援護してくれ」
「頑張ります!」
剣での近接戦闘よりも魔術を得意とするシャルロットには、普段通り俺達の後ろから魔術での援護を頼む。直接敵を仕留めるよりも、動きを止めるといった補助的な役割だな。城の中では、大規模な魔術は難しいだろう。
「最後尾をクリスに任せる。影が伸びてきたら光の魔術で祓うのと、後ろから来る敵からシャルを守ってやってくれ」
「任せて!」
影の兵士が後ろからも来る可能性を考えれば殿は必要だし、後ろから全体を見る者は光の魔術が使える方が良い。本来であれば俺の役目なのだろうが、今回ばかりは先頭を務めた方が良い気がするので、クリスティーネに任せることにした。
この娘であれば、背後から来る影にも対応は可能だし、もしアメリアを呑み込んだような影が迫ってきても魔術で対処が出来る。最後尾は十分に任せられるだろう。
「それじゃ皆、気を引き締めて行こう」
そうして、俺達は影に閉ざされた城へと足を踏み入れた。
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