5話 追放ギルドのその後1
俺の名はヴォルフ。王都グロースベルクに拠点を構える、ギルド『英雄の剣』のギルドマスターだ。『英雄の剣』はその名が示すように、『剣士』のギフトを持つものが多く在籍している。かく言う俺自身もその一人だ。
昨日ギルドを追放したジークハルトのように、魔術を使える者はあまり在籍していない。そういう意味で言うと惜しい人材だったのだが、Sランクギルド『頂へ至る翼』にギルドごと吸収されるとなると無用の存在だ。奴レベルの魔術士など、あのギルドにはいくらでもいるだろう。
そうして今日は、ギルドの合併についての話を詰めるため、『頂へ至る翼』のギルドマスターの元を訪ねていた。ギルドの建物、ギルドハウスは『英雄の剣』と比べてもはるかに大きく、ギルドマスターの居室は俺の部屋の何倍も豪華だった。
そんな部屋の中で今、俺は『頂へ至る翼』のギルドマスターと向かい合って座っている。
『頂へ至る翼』のギルドマスター、レオンハルト・エーベルヴァイン。若干25歳でSランク冒険者へと昇りつめ、『頂へ至る翼』をSランクギルドへと押し上げたという、押しも押されもせぬ天才だ。『勇者』という特別なギフトを持つとされ、実際に目にしたことはないが剣技も魔術も超一流だという話だ。
そして天はこの男に二物も三物も与えたというのか、高身長で顔もいい。プラチナブロンドの髪はキラキラと輝き、まるで光自体を纏っているかのようだ。顔のパーツは美術品のように整っており、切れ長の瞳はその意思を反映したかのように力強く俺を射貫いていた。
未だに、どうしてうちのギルドと合併することになったのか理解しないままに、俺は話し合いに臨んでいた。理由なんかどうだっていい。これで俺も、晴れてSランクギルドのギルドメンバーだ。
「今日はわざわざ足を運んでいただいてありがとうございます」
「いやいや、あんたは何れ俺の上に立つ男なんだ。足くらい、いくらでも運ぶさ」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
テーブルを挟んで向かい合う男、レオンハルトが柔らかく微笑んで口を開いた。以前会った時もそうだが、このレオンハルトという男は随分と人当たりが良い。
「それで、今日は最終的な契約を交わすんだったか?」
レオンハルトと以前に交わした会話を思い出しながら訊ねた。『頂へ至る翼』からギルド合併の話を受け、了承の返答をしたところまでだった。今のところただの口約束でしかなく、正式に契約書を交わして初めて契約が成立するのだ。
「ええ、そうです。ですが、その前に一つ確認したいことが」
「何だ?」
「そちらのギルドに、『万能』のギフトを持つジークハルトという者がいたはずですが、当然、まだ在籍しているのですよね?」
出し抜けに問われた言葉に、俺は頭を捻る。あの大して強くもない男が一体どうしたというのだろうか。話の流れが見えない俺は、素直にありのままを答えることにした。
「ああ、あいつか。その男なら、もういないぞ」
「……どういうことでしょうか?」
俺が告げた内容に、すっとレオンハルトの表情が消えた。その様子を訝しみつつ、俺はなおも言葉を続ける。
「あいつなら丁度、昨日のうちにギルドを追放したところだ」
「追放?! いったいどういうつもりだ?!」
「どうもこうも、奴が弱いからだ。あんた達だって、Sランクギルドに弱者は不要だと思うだろう?」
実際、剣技や身体強化では俺達『剣士』には叶わず、魔術でも『魔術師』達よりも劣るのがジークハルトだ。『万能』のギフト故に出来ることは多く、助かることがないわけではなかったものの、Sランクギルドには相応しくないだろう。
そう思って口にしたのだが、どうやらレオンハルトの思いは違うらしい。愕然とした顔をしていたかと思うと、深く長い溜息を吐いた。
「どうやら君は、『万能』のギフトを勘違いしているようだ」
そう言ってレオンハルトは語り始めた。
今はまだ簡単な身体強化に初級剣技、初級の魔術しか使えないかもしれない。しかし、レベルが上がるにつれて出来ることはどんどん増えていくという。最終的には『剣神』のような剣技と身体強化を身に付け、『大賢者』に勝るとも劣らない魔術を使えるようになるという。俄かには信じがたい話だ。
「そもそも、私は君に告げていたはずだが? ジークハルトを得るために、君達のギルドと合併するのだと」
「何っ? そんな話は――」
言いかけたところで、以前にレオンハルトと交わした言葉を想起する。
『そうそう、君達のギルドに、ジークハルトという者がいるだろう? この合併は、ある意味その者のために行うってことを、一応覚えておいてくれ』
そう言えば、そんな事を言っていたような気もする。その時は、いくらSランク冒険者とは言っても、冗談のセンスまではSランクじゃないんだな、などと思っていた。
それがまさか、本気だったとは。
「元々、彼には声を掛けていたんだ」
以前、レオンハルトは街で偶然出会ったジークハルトを『頂へ至る翼』に勧誘していたのだという。突然の話にジークハルトは驚いていたようだったが、すでにギルドに所属しているために断られたのだそうだ。
しかし、『万能』を持つ人材をどうしても諦めきれなかったレオンハルトは、ギルドごと手に入れようとしたという。それが、今回のギルド合併の話につながったということだった。
「それじゃ、今回の話は……」
「うん、悪いけど、なかったことにしてくれ」
「そんな無茶苦茶な!」
「仕方ないだろう? それが嫌なら、ジークハルトをもう一度ギルドに入れればいい。もっとも、僕が見つける方が早いかもしれないけどね」
それきり取り付く島もなく、ギルドを叩き出されてしまう。
俺は急いで『英雄の剣』へと戻り、ギルドハウスの扉を勢いよく開けた。
「ジークハルトはいるか!」
「何言ってんですかギルマス、昨日追い出したばかりじゃないですか」
ギルドの中を見回すが、当然そこにジークハルトの姿はない。今日の話し合いの結果はどうだったんだと言うギルドメンバーの言葉も耳に入らず、俺は頭を回転させる。
とにかく、ジークハルトを見つけてギルドに戻ってもらわなければならない。それも、レオンハルト達がジークハルトを確保する前にだ。
「訳は後で話す! お前ら、今すぐジークハルトを見つけてここに連れてくるんだ!」
俺の言葉に、ギルドメンバー達が頭を傾げながらぞろぞろとギルドを出ていく。今はとにかく時間が惜しい。人海戦術で事に当たれば、すぐに見つかるはずだ。
しかし、その時にはすでにジークハルトは王都グロースベルクを離れており、『英雄の剣』のギルドメンバー達がその姿を見つけ出すことはついになかった。