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496話 影の巨人

 姿を見せた影の巨人に、俺は思わず一歩後退っていた。表情はなく、のっぺりとしたその影は、俺達を睥睨するようにゆっくりと頭部を動かす。


「ちょっと、何よあれ……」


 イルムガルトが微かに震える声を漏らす。その言葉に対する答えを、俺は持っていなかった。

 これも、『影の王国』の効力なのだろう。先程までに倒した人型の影は俺達と同等の背丈だったが、あれはサイズが違いすぎる。とても同じものだとは思えなかった。


 これまでのことを思い返せば、あの影の巨人が無害なわけがない。暴れ出せば、手が付けられないだろう。

 あれと比較すれば、俺の持つ剣など小枝のようなものだ。とてもではないが、太刀打ち出来るとは思えない。


 最善なのは今すぐ原因である魔術具本体を壊すことだが、それが本棟のどこにあるのかはわかっていない。探している間に、あの影の巨人を放置しておくことも出来ない。誰かがあれを抑えておく必要があるだろう。

 それが騎士達に可能だろうか。俺もそうだが、足の一振りで蹴散らされる未来しか見えない。


 クリスティーネやフィリーネであれば、空が飛べる分、ある程度気を引くこと可能かもしれない。だが、あんなものに二人を向かわせたくはないし、クリスティーネは貴重な光属性の使い手だ。出来れば俺と一緒に本棟に向かって欲しい。

 どうするべきかと考えている間に、騎士達が動きを見せた。彼らは各々、影の巨人へと向けて魔術を放ち始めたのだ。


 先程まで、人型の影相手には光属性以外の魔術も効果があったのだ。あの巨人も同じ性質なのであれば、魔術は効くはずである。

 だが、巨人までは距離があり、その大きさも放たれる魔術に比べれば強大過ぎた。騎士達の放った魔術は悉くが影の巨人へと着弾したが、まるで効果があったようには見えない。


 魔術を受けてか、影の巨人が騎士達へと目を向けた、ように見えた。実際には顔がわからないので、そんな気がするだけなのだが。

 続いて、影の巨人が緩慢な動作で右手を振り上げる。


「退避!」


 次の行動を予測した騎士から声が上がる。どう見てもあそこからでは影の腕は届かないが、そんな常識が通じる相手には見えない。

 一箇所に固まっていた騎士達が、声に合わせて左右へと散らばる。


 そこへ、影の巨人が一歩を踏み出した。轟音とともに、足裏へと衝撃が伝わってくる。

 次いで、影の巨人が振り上げた右腕を勢いよく振り下ろした。

 そのあまりの勢いに、振り下ろす腕の残像が見える。


 影の巨人の腕は不自然に長さを増し、鞭のようにしなりながら騎士達目掛けて迫る。

 それは一瞬の間のことで、先程まで騎士達が固まっていた地面を深く抉った。

 巨人の腕は、途上にあった城の回廊を、積み木のように砕き割る。


 破砕音と共に、衝撃が俺達を襲う。俺は咄嗟に、傍のシャルロットを庇い抱き締めた。バタバタと、強風が外套を激しく揺らす。

 衝撃はそれほどの間ではなく、すぐに俺は伏せていた顔を上げ状況を確認する。その時は、丁度影の巨人が振り下ろした右腕を上げるところだった。


 幸いにも、潰された騎士はいなかったようで、長く抉られた地面に赤い色は見えなかった。至近距離で衝撃を受けた騎士達はゴロゴロと吹き飛ばされていたが、さすがに鍛えているためか、少しふらつきながらも立ち上がっていた。

 犠牲者が出なかったことに安堵するが、安心ばかりしてはいられない。あのような攻撃が、これから何度となく繰り返されるのだ。時間と共に、死者は積み重なっていくことだろう。


「ジークさん、あんなの、どうすれば……」


 怯えたように、シャルロットが俺の腕へと縋り付く。この氷精の少女は龍にすら挑むほどの胆力を持っているのだが、目の前の巨人はそれと同等の脅威に見える。怯えるのも無理はない話だ。

 俺は安心させるようにそっと、その小柄な体躯を抱き寄せる。


「大丈夫だ、シャル。あれも魔術具由来の存在なら、魔術具自体を壊せば消えるはずだ。あとは……」


「それまでに、あれをどう抑えておくのか、でしょう?」


 俺の言葉を継いだイルムガルトへと、頷きを返す。

 先程のような殴打が繰り返されれば、城はあっという間に壊滅してしまうだろう。自身の魔術具がある本棟への攻撃は控えるかもしれないが、その他の塔は崩れることは間違いない。


 その後、影の巨人は町へと向かうだろう。そうなれば、一体どれだけの民間人が犠牲になるのだろうか。少なくとも、町が半壊状態になることは避けられない。

 誰かが、あの影の巨人を抑えておかなければならないのだ。


「フィー、頑張ってみるの? 空を飛んで注意を引ければ、下の人は安全になるかもしれないの」


「フィナちゃん一人じゃ危ないよ! それなら私も――」


「ダメだ、二人でも危険すぎる!」


 翼を広げて見せる二人を、俺は大きく声を上げて制止した。

 確かに、三次元の動きが出来る二人であれば、地上を走る騎士達よりは安全に立ち回れるかもしれない。


 影の巨人の周りを張り付くように飛び回れば、あの巨人だって二人に気が付くことだろう。二人へと巨人の注意が向くのであれば、それ以外の人達への被害は避けられる。

 先程のように地面へと拳を突き立てず、中空で振り回すだけであれば、建物が壊れるようなこともない。死者の数もぐっと抑えられるのは確かだ。


 だが、それでは二人が危険すぎる。

 先程の巨人の一撃は、龍と同等か上回るほどの一撃だろう。身体強化や盾の魔術を使用したところで、到底防ぎきれない。万が一にでも直撃を受けてしまえば、それだけで絶命してしまうだろう。


 そんな危険な場所へ、二人を送り出すことは出来ない。そんな危険な事をさせるくらいであれば、俺一人で挑む方がマシだ。


「でもジーク、あんなの放っておいたら……」


 クリスティーネが不安そうな表情を見せる。それと同時、影の巨人がこちらへと一歩踏み出した。重量も相当なものなのだろう、足が地面につくと同時に揺れを覚えた。

 見た目は緩慢な動作に見えるが、その巨体故に一歩が非常に大きい。


 どうやって動きを止める。魔術で落とし穴でも掘るか。いや、あれほどの巨体を落とせる穴など到底作れない。

 足を攻撃して膝をつかせるか。無理だ、生半可な攻撃で止まらないのは、先程の騎士達の放った魔術を見れば明らかだ。剣で攻撃しようにも、あれに近寄るのは危険が過ぎる。


「くそ、どうすれば……」


 町への被害に目を瞑るという方法もある。俺にとって優先すべきはアメリアだ。彼女を救うことを優先するのなら、あの巨人を放っておいて、魔術具の破壊に向かうべきである。

 それがベストだと自分に言い聞かせる。苦渋の決断だが、俺の力では及ばないのだから仕方がない。


 そうして、皆に結論を告げようとした時だった。


「ならば、あれの相手は我がしよう」


 氷龍の少女が、事も無げにそう告げた。

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