494話 少女の救出と手掛かり
エリザヴェータ達の元へと戻ってきた俺は、背負っていたシャルロットをその場にゆっくりと下ろした。まずはこの少女の怪我を治してやらなければ。
あの後、俺とクリスティーネが協力して放った魔術は、迫りくる影を悉く貫いた。無数の光槍を受けた影は、その身を霧のように散らし、やがて波が退くように城の本棟へと戻っていったのだった。
それを確認した俺達は、ひとまず状況を整理するためにも、ここまで引き返したというわけである。
「ほら、シャル。これで治ったぞ」
治療が完了したばかりのシャルロットの足を、服の上から一撫でする。なかなかに深い傷ではあったが、範囲が狭かったおかげですぐに完治した。
「ありがとうございます、ジークさん」
礼を言い、シャルロットがその場で腰を上げる。
そこへ、今まで待ちきれない様子でいたエリーゼが駆け寄ってきた。
「ジークさん、その……アミーは? 一緒じゃなかったの?」
おずおずと言った様子のエリーゼの言葉に、俺は思わず顔を伏せた。
俺がシャルロットを救出に向かう際に、アメリアも共にいることはエリーゼにも伝えていたのだ。戻ってきた中にアメリアの姿がないとなれば、気にするのは当然の話である。
俺は胸の疼きを感じながら、重い口を開いた。
「……すまない、エリーゼ。アメリアは、影のようなものに呑み込まれてしまった」
「……えっ?」
俺の言葉に、赤毛の少女は愕然とした表情を見せる。アメリアはエリーゼにとって、単なる同族などではなく、無二の親友なのだ。そんな親友の所在が知れないとなれば、衝撃を受けるのは当たり前である。
エリーゼは俺の言葉を受け止めきれないようで、呼吸すら忘れたように動きを止めてしまった。そんな少女を気遣ってか、隣に立つイルムガルトが一歩、俺の方へと近寄った。
「ねぇ、ジークハルト……その影のようなものって、あの城を覆っているもの、でいいのよね? ……その、影に呑み込まれたアメリアは、今はどうなっているの?」
「……正直なところ、わからない。俺とクリスで撃退することは出来たんだが、そこにアメリアはいなかったんだ」
もちろん、俺とクリスティーネの魔術がアメリアに当たっていれば、それはそれで大変なことになっていただろう。だが、アメリアが呑まれた場所からは離れていたため、そうはならないと考えていた。
案の定、俺達の魔術でアメリアが傷つくような事態は避けられた。けれど、あの影のようなものが退いた後も、アメリアが解放されることはなかったのだ。
アメリアが影に捉えられた、あの瞬間。あの時、アメリアの足を掴む影へ、炎の槍ではなく光の槍を放っていれば、彼女を助けられただろうか。
影に光の魔術が有効だということを知らなかったのだから、仕方がなかったということはわかっている。それでも、悔やまずにはいられない。
「……アメリアさんは、私を助けてくれたんです」
シャルロットが俺の服の袖を引き、今にも泣きだしそうな瞳を向けてくる。そうして、氷精の少女は語り始めた。
クリスティーネとアメリアの二人と別れたシャルロットは、一人東棟の書庫で本を読んでいた。窓際の椅子に腰掛け、陽光を頼りに読書に集中していたところへ、あの人型の影達が現れたという。
本を読むのに夢中だったシャルロットは、影達の接近に遅れて気が付いたようだ。無理もない、あの影は気配と言うものが希薄で、音も立てず滑るように移動するからな。
少女が気が付いた時には、既に人型の影達はすぐ傍に立っていたという。シャルロットは飛び跳ねるように椅子から立ち上がったが、同時に影達もまた動いていた。
少女を取り囲む影達は、一斉にその腕を鋭く尖らせ、少女へと向けてきた。シャルロットは身を捻りかわそうとしたが、躱しきれずに両足を負傷してしまった。
少女も負けじと至近距離から魔術を放つ。それらは狙い違わず影達へと突き刺さり、そのうちの幾体かを消し去った。
けれど、そのすべてを倒しきることは叶わなかった。床に倒れ込む少女へと、残った影達が迫る。
そこへ、火兎の少女が現れた。
横合いから飛び込んできたアメリアは、影達へと強烈な蹴撃を浴びせかけた。身体強化を纏った少女の一撃は重く、影達は纏めて吹き飛び、霞のように消えた。
怪我を負ったシャルロットを気遣うアメリアだったが、そこへ新たな人型の影達が現れた。その数は先程よりも多く、それだけでなく先程俺とクリスティーネの退けた影も浸食してきたという。
その場に止まるのは危険だと判断したアメリアは、すぐさまシャルロットを背負い、書庫から逃げ出したそうだ。それを俺達が見つけたというわけである。
「ジークさん……アメリアさん、助けられますよね?」
縋るような目を向ける少女に、俺は一瞬言葉に詰まった。
それでも、少女達を不安にさせまいと、俺はすぐに口を開いた。
「大丈夫だ、俺が必ず助ける」
そう言って、透き通るような髪へと軽く片手を乗せた。
救う手段があるのであれば、俺はどんな手を使ってでも彼女を救い出して見せる。
「……そのためにも、まずは情報が必要だな」
そう言って、俺は城の本棟へと目を向けた。
背の高い城の尖塔は、未だ黒い影に覆い尽くされている。まるで、そこだけが夜になったかのようだ。
そこから、左右へと目線を移す。出てきたばかりの時は、まだ西棟は無事な姿だったのだが、今は完全に影に覆われてしまっている。
俺達が脱出し、先程シャルロットを救ってきた東棟も、今は半ばほどが影に覆われている。影は今尚じわじわと浸食を続けており、東棟を呑み込むのも時間の問題だろう。
城全体が影に呑み込まれるのは、最早免れぬ未来だ。城が呑み込まれたところで浸食が止まるのか、はたまた町全体に広まるのかもわからない。
まずは、この現象を突き止めなければ。
そう考える俺に、男が呼びかけた。
「少し、よろしいでしょうか?」
声の主はイヴァンだった。先程までエリザヴェータの傍で使用人達を一箇所に纏めていたイヴァンが、俺達の方へと近寄ってくる。
「あぁ、何だろうか? 悪いが、エルザの護衛をしている場合ではなくなってしまったんだが……」
俺達全員が無事であれば、町の方へ避難させるエリザヴェータに付き従うのが良いかと考えていたのだが、アメリアが影へと呑み込まれた以上は、彼女の救出を優先したい。
エリーゼとイルムガルトは共に避難させるとしても、あの影に対抗できる俺とクリスティーネは、この場で影の対処をするべきだ。
渋られるかと思ったが、イヴァンは軽く首を横に振って見せる。
「いえ、姫様の護衛は騎士の仕事で、客人である皆様に頼むようなことではございません。ですが、皆様はあの影のようなものを何とかするのに、協力していただけるのですか?」
「あぁ、アメリアが影に呑まれた。彼女が呑み込まれた以上は、俺達も当事者だからな」
「アメリアちゃんを早く助けてあげなくっちゃ!」
仲間が全員無事であれば、傍観するか、精々あの人型の影を倒すのに協力するくらいだと考えていた。城に問題が起きているのだから、本来は騎士達が問題を解決するべきだろう。
だが、アメリアが影に呑み込まれてしまった以上は、彼女のためにもこの騒動を収めなければ。そうしないことには、彼女を救い出すことだって不可能だろう。
俺の言葉を受け、老紳士は「それでしたら」と言葉を続ける。
「あの影のようなものに、心当たりがございます」
「何、それは本当か?」
イヴァンの言葉に、俺は思わず前のめりになる。今は小さな手掛かりでも欲しいところなのだ。
俺の反応に、老紳士は一つ頷きを返した。
「えぇ、私の見立てでは、ある魔術具が原因かと。古代魔術具にして、禁忌の魔術具の一つ――」
そして、その名を口にした。
「――人はそれに『影の王国』と名付けました」
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