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493話 呑み込まれた少女と一筋の光明

 見る見るうちに、少女の体が影に覆い尽くされていく。既に両足と片腕が呑み込まれ、顔なども部分的に覆われていた。


「アメリア!」


 名を呼び、手を伸ばす。

 中空の少女は、口元まで影で覆われたためか、言葉を返さない。それでも、縋るように俺の方へと、残った片腕を伸ばした。


 けれど、二人分の腕の長さを合わせたとしても、その距離を埋めることは叶わない。

 やがて、少女の伸ばした腕も影へと呑まれ、最後にその紅玉の瞳も黒へと塗り潰された。

 俺はただ、その光景を目の前で眺めるしかなかった。


 力なく下ろした腕で、俺は抱えた少女を支え直す。

 感傷に浸っているような暇はない。アメリアを呑み込んだ影は、未だその動きを止めることなく、こちらへと迫っているのだから。

 このままこの場へ留まれば、俺もシャルロットも、アメリアと同じように影へと呑み込まれることだろう。


「シャル、逃げるぞ!」


「えっ、あっ」


 呆然とした様子の少女をやや乱暴に背負うと、俺は踵を返して回廊を走り始めた。

 後目で様子を見れば、城壁を乗り越えた影が俺達を追っているのがわかった。


「ジークさん、でも、アメリアさんが、アメリアさんが!」


 我に返った様子のシャルロットが、俺の首に腕を回しながら声を上げる。その声は内心の同様を表したように、微かな震えを伴っていた。


「わかってる! だが、今は逃げることだけを考えるんだ!」


 叫ぶように背中へと言葉を投げる。あの影への効果的な対処法がわからない以上は、逃げる以外に手立てがないのだ。最悪の状況に、思わず歯を噛み締める。

 影に呑み込まれたアメリアを救う手立ては、果たしてあるのだろうか。いや、もしかすると既に彼女は。


 嫌な考えが頭を過ぎるが、それ以上を考えないようにする。無力感は足を鈍らせる、今考えるべきはこれからのことだ。きっと、彼女を救う手立てもあるはずだ。


 回廊を駆けながら、練り上げた魔力を足元へと流す。

 俺の意思に応じ、背後で岩壁が立ち塞がった。

 次いでシャルロットが片腕を振れば、重なるように氷壁が現れる。岩と氷、二重の障壁だ。


 だがそれすらも無意味とばかりに、影はたちまちのうちに壁を侵食し、俺達へと迫ってきた。


「くそっ、どうすれば……!」


「ジーク!」


 鋭い声に目を向ければ、空に浮かぶ二対の翼が目に入る。どうやらクリスティーネとフィリーネは、人型の影を倒して来たらしい。


「二人とも、それ以上近付くな!」


 警告を投げかけるが、俺達の身を案じてか、二人は空を渡りこちらへと身を寄せた。空の飛べる二人であれば逃げるのも容易なようにも思えるが、先程アメリアが呑まれたことを思い返せば、過信は禁物だ。


「何あれ?!」


「何だっていいの! フィーが吹き飛ばしてやるの!」


 声と同時、双剣を構えたフィリーネが魔力を唸らせれば、風の魔術が少女の両翼から放たれた。吹き荒れる強風は器用に俺達を避け、後方の影へと襲い掛かる。

 多少は効果があってくれと、祈るような思いで俺は後目を向けるが、影はまるで無風の中を進むように変わらぬ速度で迫ってくる。


「全然効いてないの?!」


「これならどうだぁっ! 『光龍剣』!」


 気合の入った声と共に、クリスティーネが大上段から長剣を振り下ろす。銀閃の軌跡より生み出された光の龍が、大顎を開けて影へと迫る。

 これまで、炎も氷も岩も風も、どの魔術も効果がなかったのだ。ここに来て、クリスティーネの攻撃が有効だとも思えない。

 それでも、俺は駆ける足は止めずに光龍の行方を目で追った。


 光の龍が、影へと頭から襲い掛かる。これまでの魔術と同様、それは影へと呑み込まれるものだと思われた。

 だが――


「わっ、やった?!」


 ――光龍が影を食い破る姿に、半龍の少女が歓声を上げる。


 俺達を追っていた影の塊は、光の龍の勢いに押されるがまま、俺達との距離を開けた。

 その光景を見て、俺は思わず目を見開いた。これまで、どの魔術も効果を及ぼさなかったというのに、何故クリスティーネの放つ光の龍は、あの影に干渉できたのだろうか。


「影……闇……まさか、光か?」


 俺は天へと目を向ける。陽は高く、薄くかかる雲を抜けて陽光が降り注いでいた。

 陽の光を受けても影は日陰と同じ動きを見せていたが、光属性の魔術は有効と言うことだろうか。


 ダメだ、結論を出すには試行回数が少なすぎる。

 ならば、試すまでだ。


「『光の槍(リヒト・ランツェ)』!」


 速度を優先、最小の魔力で魔術を練り上げる。手首の動きだけで背後へ光槍を射出すれば、それは矢と変わらぬ速度で飛翔した。

 影は大きく回廊に広がっており、狙いが外れる心配もない。光の槍は悠々と影へとその身を到達させ、その一部を貫いた。


 やはり魔力が少ないのか、それほど効果があったようには見えない。それでも、他の魔術と違って影に呑み込まれるようなことはなかった。

 これは決まりと見ても良いだろう。


「クリス、光の槍だ!」


「うん!」


 俺の声に、クリスティーネの元気な声が返る。彼女も、先程の光景を見て気が付いたようだ。

 回廊を走りながら、再び魔力を練り上げる。


「『現界に属する光の眷属達よ 我がジークハルトと』」


「『クリスティーネの名の元に』」


 俺と少女の声が重なる。

 練り上げた魔力が溢れ出し、渦となって宙を彩る。


「『唱和せよ 集結せよ 槍の如く我が敵を貫け』!」


 俺とクリスティーネを取り囲むように、無数の光槍が生み出される。

 中空に浮かび上がったそれらは、回転しながら切っ先を影へと向けた。


「『連鎖する(ライヒェン=)強き光の槍リヒト・シュタルク・ランツェ』!」


 一斉に解き放たれた二人分の魔術、百にも迫る光の槍が、影へと襲い掛かった。

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