491話 合流と溢れる影
絵画に描かれた城が、黒い絵の具で塗りつぶされたような光景だ。異様な光景に、俺は思わず言葉を忘れた。
そんな俺を現実に引き戻したのは、赤毛の少女の言葉だった。
「ねぇジークさん、アミー達は一緒じゃないの?」
その言葉に我に返る。目の前の光景は気掛かりだが、それ以上に考えなければならないことがある。
俺の仲間は、まだ所在の分からない者がいるのだ。
俺はエリーゼへと向き直り、少女へと両手を向けた。外には出られたのだ、今のうちにこの娘の怪我を治しておこうと、治癒術を行使する。
「わからないな。フィナは今、俺の剣を取りに行ってくれているんだが、その他には……」
「そっか……あっ!」
少し肩を落としたエリーゼが、何かを見つけたように視線を上へと上げる。釣られて見上げた俺の視界に、二対の翼が映った。
今し方、城の東棟から飛び立ったのだろう、双翼は建物のすぐ傍に浮かんでいる。しばらくの間、城を観察するように滞空していた二つの翼は、俺達に気が付いたのかこちらへと向け飛んできた。
二つの姿がどんどんと大きくなる。俺の予想通り、翼の持ち主はクリスティーネとフィリーネだった。
その姿に外傷はなく、俺は小さく安堵の息を吐きだす。
そうしてエリーゼの治療が終わると同時、二人が宙から俺の傍へと降り立った。
「ジーくん、ただいまなの! はい、これジーくんの剣!」
そう言って、白翼の少女が見慣れた剣を差し出した。使い慣れた俺の剣だ。
俺はそれを素直に受け取り、腰へと差す。
「ありがとう、フィナ。何事も無くて良かったよ。クリスも、無事でよかった」
俺が半龍の少女へと向き直れば、クリスティーネはぱっと表情を明るくさせた。
「みんなも、無事でよかった! あのね、ジーク、お城に黒い変なのが出てきて……」
「あぁ、俺達も遭遇したよ。クリスは、以前にあれを見たことがあるか?」
「ううん、初めて見たよ! あれ、魔物……だよね?」
「どうだろうな? 断定は出来ないが……」
魔物のようにも思えるのだが、それとは根本的に何か違うような気もする。それこそ、物語に出てくるような、空想上の存在のようにも思えた。まさか、そんなことが有り得るのだろうか。
いや、考えるのは後回しにしよう。調べるのは、事態が収まってからでも時間はある。
俺はクリスティーネとフィリーネを加えた皆を一通り眺めた。
「これで、後はシャルとアメリアだな」
「あっ、それなら私、知ってるよ!」
俺の言葉に、クリスティーネが片手を上げる。どうやら二人の行方に、心当たりがあるらしい。
「本当か、クリス?」
「うん! 私、アメリアちゃんと一緒にいたところを襲われたの!」
そう言って、半龍の少女はここに来るまでの経緯を話し始めた。
何でもクリスティーネは、シャルロットとアメリアと共に、東棟の書庫に居たそうだ。シャルロットはともかく、二人が書庫に近寄るのは少し珍しいことである。どうやらシャルロットに付き合っていたようだ。
だが案の定、二人は本を読むのに飽きてしまったらしい。一人でも平気だというシャルロットの言葉に、二人は彼女を一人書庫に残し、俺達を探していたそうだ。
そこへ、あの影のようなものが現れたという。
やはり二人とも、初動は少し遅れたようだが、危なげなく対処をしたらしい。だが、最初の一体を倒した後も、通路の奥から次々と人型の影が現れたそうだ。
「それでね、シャルちゃんが心配だから迎えに行くって、アメリアちゃんは書庫に向かったの。私も行こうかなって思ったんだけど、ジークに知らせた方がいいって話になって……先に剣を取りに行ったところで、フィナちゃんに会ったんだ!」
「剣を取って通路に出たところで影みたいなのに囲まれたから、クーちゃんと窓を割って出てきたの」
どうやら二人とも、そこでは戦闘を避けて逃げてきたようだ。その選択は正しいと言えるだろう。
未だに、あの影のような者達がどこから現れたのかもわからないのだ。もちろん倒せば倒しただけ数は減るのだろうが、原因を突き止めない限り、この事態が収まるとは限らない。
怪しいのは影に覆い尽くされている本棟なのだろうが、あの場を探るのは騎士達の役目だろう。俺達はまず、全員の合流を目指すべきだ。
「なるほどな、それなら、アメリアはシャルと一緒にいる可能性が高いか」
「うん……でも、今どこにいるのかは……」
そう言って、クリスティーネが肩を落とす。
彼女達も影に襲われたとすれば、移動している可能性が高い。東棟は広いのだ、俺達が書庫へと助けに向かったとしても、擦れ違う恐れがある。
それを考えるのであれば、ここで待つのが確実だろうか。だが、もしも辿り着く前に、あの影のような者達に囲まれたとすれば。
「ジークハルト、出てきたわよ!」
判断を迷う俺へと、イルムガルトが注意を促す。その視線の先を追ってみれば、東棟から影の群れが外へと溢れ出たところだった。
その数は両手の指では足りないほど。すぐに周囲の騎士達が対応へと回ったが、あぶれた影が数体、こちらへと向かってきた。
「むん」
誰よりも早く、レイが片腕を振るう。
氷龍の少女の意思が具現化し、氷槍となって影を穿つ。その身を貫かれた影は、先程のように空気へと溶けるように消えていくと思われた。
だが、
「むっ?」
レイが小さく疑問の声を漏らす。
氷槍を受けた黒い影は、その身に氷槍を呑み込むように、影の内側へと沈めていく。そうして、何事もなかったかのように再びこちらへと駆け始めた。
俺も迎え撃つように影へと駆け出し、左右にクリスティーネとフィリーネが並ぶ。
彼我の距離が縮まったところで剣を袈裟懸けに振れば、若干の抵抗を感じながらも影を両断することに成功した。それと同時、続いた少女達も影を切り裂いている。
体、と形容しても良いのか謎だが、分かたれた影は今度こそ風景に溶けていった。騎士達へと向かっていった影も、ひとまず対処は出来たようだ。
それを目に、俺は安堵の息を吐きだした。そうして、再びレイ達の元へと戻ってくる。
「レイ、手加減したのか?」
広間に現れた影は一撃で倒していたのに、今回は倒しきれていなかった。攻撃の精度はあの時と遜色ないものに見えたが、魔力は控えめだったのだろうか。
そう思って問いかけたのだが、氷龍の少女はゆるゆると首を横に振って見せた。
「いや、そのようなことはない……少し、強くなっておるようじゃな」
「強く、か……」
レイはこのような場で嘘をつくことはない。広間で出会った影よりも、先程の影の方が若干、強かったのは間違いないだろう。
今は対処も容易だが、これ以上強力になっていくようであれば、どうなるかわからない。
そうなる前に、この場を離れるべきだろうか。
この事態を解決する役目は騎士達であって、俺達ではない。もちろん、冒険者達が問題解決のために集められるのであれば、参加するのは吝かではない。けれど、積極的に手を貸す必要もないのだ。
精々、エリザヴェータの護衛を務めるくらいだろう。
そんな俺の考えを、クリスティーネの声が遮った。
「ジーク、あっち! アメリアちゃんとシャルちゃんが!」
そう言って、東棟の一角を指差した。
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