483話 氷龍の少女と城での生活3
俺達が東棟の裏手にやって来た時には、既に他の皆は揃っていた。フィリーネを起こすのに手間取ったせいで、遅れてしまったようだ。
歩み寄る俺達の姿に気が付いたクリスティーネが顔を上げ、こちらへと笑顔を向けてくる。
「あ、ジーク! それにフィナちゃんもレイちゃんも、おはよう!」
「ジークにしては遅かったわね? いつも真っ先に来てるのに」
「本当だね? レイちゃんはともかく、フィナちゃんも一緒だったんだ?」
訓練の手を止め、こちらへと歩み寄ってくる少女達へと片手を上げる。あれだけ眠そうにしていたフィリーネはすっかり目を覚ましている様子だが、レイは未だに少し眠たそうだ。
「あぁ、おはよう。フィナとは――」
「偶然一緒になったの。たまたまなの」
「こら、誤魔化すな」
フィリーネの頭へと軽く手を乗せる。綿のようにふわふわな白髪の感触が手に返った。
「実は、フィリーネに部屋への侵入を許してな」
「えっ?!」
少女達は一斉に目を見開き、揃って視線をフィリーネへと向けた。少女達の視線を受け、フィリーネは素知らぬ顔で横を向く。
「ちょっとフィナ、どういうことよ?!」
「フィナちゃん、抜け駆け! ……あ、その、えっと……」
アメリアがフィリーネへと詰め寄り、声を上げたクリスティーネが俺に振り向きわたわたと両手を振る。
やはり、フィリーネが忍び込もうとしていたことは、彼女達も知らなかったらしい。知っていたら、事前に俺に教えてくれていただろうしな。
「エーちゃんに頼んだら鍵を貸してくれたの。決して無理矢理入ったわけじゃないの」
「ジークさんの許可なく入ったのなら、同じことだと思うんですが……」
悪びれる様子のないフィリーネの言葉に、シャルロットが眉尻を下げて見せる。その言葉には、俺も概ね同意だ。一体何のために部屋の鍵をかけているというのか。
クリスティーネが俺の方へと、躊躇いがちな表情を向けてくる。
「ジーク、その……な、何もなかったんだよね?」
「当然だろう、寝てたからな。それに、レイもいたしな。朝起きて、フィナがいることに驚いたぞ」
「そ、そっか、そうだよね」
俺の言葉に、半龍の少女が胸を撫で下ろす。何を想像したのか詳しくは聞かないが、事実として一切何もなかったと断言できる。城の寝具は最高級の寝心地なので、随分と深く眠っていたようだからな。
「んふふ、ジーくんの寝顔はたっぷり見られたの」
「寝顔なんかいつでも見られるだろう……」
笑みを浮かべるフィリーネに対し、俺は溜息を吐きだした。旅に出ている間なら、寝ているところなんかいくらでも見ることが可能だ。
確かに、少女達が眠る方が先のことが多く、朝は俺が真っ先に起きるので、俺が寝ているところを見られる機会は比較的少ないだろう。だが、見ようと思えば簡単だし、交代で見張りを立てるときなどもあるのだ。希少価値など、無いに等しい。
「ま、何事もなかったのならいいわ」
「何よ、イルマ、もしかして気になるの?」
にまにまといった表現が適切な笑みを浮かべ、エリーゼがイルムガルトへと身を寄せた。
対して、イルムガルトは慌てた様子もなく、事も無げに言葉を続ける。
「えぇ、フィナの一人勝ちにならなくてよかったわ。これなら、まだしばらくは楽しめそうね」
「なぁんだ、そう言う意味かぁ……まったく、趣味が悪いんだから」
エリーゼが溜息を吐く。一体何を期待していたというのか。
そんな中、クリスティーネとアメリアによるフィリーネへの糾弾は続く。
「フィナ、あなた、本当に何もしなかったんでしょうね?」
「何もしてないの。くっついて寝ただけなの」
「それだけでも羨ましいなぁ……フィナちゃん、やっぱりずるいよぅ……」
「……確かに、レイはともかく、フィナだけと言うのは不公平か?」
そこまでして俺と一緒に寝ることに意味があるとは思えないが、クリスティーネ達が希望するのであれば、就寝を共にしても構わないだろう。二人きりと言うのはさすがに遠慮するが、レイが一緒であれば旅の間、皆で眠るのとそんなに変わらないのだ。
何せ、既にフィリーネと一緒に寝てしまったからな。止めたところでまた忍び込まれかねないし、だったら初めから許可してしまった方が早い。
少女達は複数人で寝ていることもあるようだが、ここに来てからは俺は一人で寝ていたからな。就寝前に他愛のない話をするあの時間も、なかなか悪くはないものだ。
「どうする? 今日から交代で寝るか? レイもいるから、一人ずつになるが……」
城の寝台は大きなものだが、それでも四人は窮屈だろう。レイは残念だろうが、旅の間のようにクリスティーネとシャルロットも加えた四人で眠ることは出来ないということだ。
俺の言葉に真っ先に反応したのは、そのクリスティーネとシャルロットの二人だった。
「はいはい! 私、一緒に寝たい!」
「あの、御迷惑でなければ、私も……」
半龍の少女は元気に片手を上げ、氷精の少女は胸の前で両手を組み、控えめにそう口にした。二人とも、レイとの仲は良好だからな、希望するだろうと思っていた。
その言葉に対し、俺は一つ頷きを返す。
「あぁ、構わないぞ。その方が、レイだって嬉しいんじゃないか?」
「もちろんじゃ! またいろいろと話を聞かせて欲しいぞ!」
四人で暮らしていた時は、毎晩レイにいろんな話を聞かせてやったからな。好奇心旺盛なこの氷龍の少女は、どんな話にも興味深そうに耳を傾けるのだ。
そうやって話をしていたところへ、フィリーネが一歩近寄ってきた。
「フィーも、フィーも一緒がいいの!」
「フィナは勝手に入ってきたからな。当分、俺の部屋に入るのは禁止だ」
「そんな、酷いの。ジーくんが意地悪を言うの。しくしく」
「嘘泣きはよせ」
軽く頭に手刀を乗せれば、白翼の少女は小さく舌を出した。ううむ、反省していないようだな。別に嫌な思いをしたというわけではないので怒ることはないが、せめて順番的には最後に回す必要があるだろう。
ひとまずこの三人はこれで良いが、他の三人はどう思っているのだろうか。イルムガルトなんかは希望しそうにもないが、一応聞いておいた方がいいか。
「皆はどうなんだ? 無理に寝る必要なんてないんだが」
「当然、一人で寝るわよ」
「私もいいかなぁ。その、ジークさんと寝るのが嫌ってわけじゃないんだけど、緊張しちゃうって言うか……」
イルムガルトの反応は予想通りのもので、エリーゼの言い分も至極真っ当なものだった。そうだよな、普通はこういう反応をするよな。
シャルロットくらいの年齢ならギリギリわかるが、クリスティーネとフィリーネは何だってわざわざ俺と寝ようと思うのだろうか。まぁ、誰かと眠る方が安心するというものなのだろう。
「アメリアはどうなんだ?」
俺は最後に一人残った、赤毛の少女へと目線を向けた。アメリアは普段、エリーゼと一緒に眠ることが多いようだ。幼馴染同士、積もる話もあるのだろう。
俺の言葉を受けたアメリアは頬を赤く染め、少し顔を俯かせた。
「わ、私は……」
「アミーも一緒に居たいって。ね、アミー?」
アメリアが何かを答えるよりも先に、エリーゼが言葉を重ねる。それから赤毛の少女は、もう一人の火兎の少女へと顔を寄せ、何やら俺に聞こえない声で耳打ちをした。見る見るアメリアの顔が赤くなっていくのだが、一体何の話をしているのだろうか。
やがて話が終わったのか、最後にアメリアが一つ頷いて見せた。ううむ、アメリアも一緒に寝ることを希望しているという事でいいのだろうか。
まぁ、その当たりはまた夜になればわかることだろう。気も変わるかもしれないし、深く追求する必要はないな。
「随分と話し込んでしまったな……この話はまたするとして、そろそろ訓練に移ろうか」
俺の声に、少女達から揃った頷きが返る。そうしてようやく、俺達はこの日の訓練に入るのだった。
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