481話 氷龍の少女と城での生活1
レイが城の東棟へと滞在することになった、その日の夜。
日中のうちに、街に下りず東棟に残っていたエリーゼとイルムガルトにも、レイについては説明を済ませておいた。二人とも、レイが町に居たことについては驚いた様子だったが、それまでの経緯を聞き、すぐに滞在を受け入れてくれた。
レイの事をクリスティーネに任せて俺は一人入浴を済ませ、後は就寝するだけとなったのだが、そこで一つ問題が起きた。いや、問題と言うのは些か表現が過ぎるか。
「むぅ、折角皆と一緒にいるというのに、何故一人で寝なければならんのじゃ?」
レイが一人で眠ることを拒んだのだ。
少女の言い分も、わからなくはない。俺達が一緒に居られるのは、ここ帝都に居られる間だけ、ほんの数日のことなのだ。
それを過ぎれば、俺達は今度こそ別れなければならない。出来ることなら、俺達と一緒に居たいと思う気持ちはわかる。
「洞窟では一緒に寝ていたではないか!」
「こういう場では、人は一人一人寝具を使うものなんだ。あの時みたいに、固まって雑魚寝ってわけにはいかないんだよ」
洞窟にいた頃は皆で身を寄せ合って眠っていたが、ここには立派なベッドがある。もちろん、床で眠るのであれば皆で眠ることも可能だろうが、何故好き好んで床で眠らなくてはならないのか。俺はしっかりしたベッドで寝たい。
割り当てられた部屋のベッドは十分に大きなものだったが、それだって三人が限界だろう。あの時のように四人で眠るのは、ちょっと難しそうだった。
「別に、クリスかシャルとなら一緒に寝てもいいんだぞ?」
折角、レイの部屋を用意してくれたエリザヴェータには悪いが、今までだって少女達は互いの部屋を訪れて、二人で眠ったりしているのだ。ここでレイが二人の部屋で眠ったところで、怒られるようなことはないだろう。
レイと会うのが今日初めてになるフィリーネ達は、さすがに一緒に眠るのは難しいだろう。俺が頼めば首を縦に振ってくれるかもしれないが、そもそもレイ自身も希望はしないだろうからな。
俺の言葉を受け、クリスティーネが軽く膝を曲げて、レイと視線の高さを合わせる。そうして氷龍の少女へと屈託のない笑みを向けた。
「レイちゃん、私と一緒に寝る?」
「むぅ……今日はジークと寝たい気分なのじゃ!」
そう言って、ひしっとばかりに俺へと抱き着いた。
そうして、少し潤んだ氷の瞳でこちらを上目で見つめてくる。
「のう、ジークや、よいじゃろう?」
「くっ……仕方ないな」
そんな風に懇願されては、おいそれと拒否もできない。俺は溜息を吐き出し、肩の力を抜いた。
元々、部屋を用意できない場合は、俺の部屋で寝泊まりさせようかと考えていたのだ。それと同じだと考えれば良いだろう。相手がレイであれば、俺としても特に意識するようなこともないしな。
レイが共に眠ることになったことで、またフィリーネが何か言うのではないかと思ったのだが、白翼の少女はただ黙して柔らかな笑みを浮かべていた。少し様子は気になるものの、何も言うつもりはないようだ。
それから俺はレイを伴い、俺に充てられている部屋へと足を向ける。別れ際、フィリーネが紅の瞳をキラリと光らせたような気がした。一体何を企んでいるのやら。
それから部屋へと入った俺は、きっちりと扉の鍵を閉める。夜襲の心配などないというのに、何故こうも警戒しなければならないというのか。
俺が施錠を確認している間に、レイは「おぉっ!」と小さく声を上げ、部屋の中心へと駆ける。それから両手と氷翼を広げ、くるりと身を回して部屋を見回した。
「広いのじゃ!」
「いい部屋だよな。正直、持て余している」
今のところ、この部屋は寝る以外の用途で使用したことがない。寝台だけあれば十分なので、これよりも小さい部屋はないのかと一度エリザヴェータに訊ねたのだが、これで普通の客間のようだ。
若干落ち着かないところはあるが、どうせ寝るだけなのだからとそのまま使うことになった。
「おいで、レイ。こっちだ」
寝台に腰を下ろし、氷龍の少女を手招きする。窓に駆け寄り外を眺めていたレイは、俺の声にこちらへと駆けてきた。
「この上で寝るんだよ」
「ほぅ……ほぅほぅ。これがべっどと言うものか? 柔らかいのじゃ」
少女は大層興味深そうな様子で、小さな手で寝台を軽く押して見せる。毛布とはまた違った感触は、少女を取り巻く環境にはなかったものだろう。
俺が履き物を脱ぎ、寝台の上へと体を預ければ、レイは真似をするように寝台の上へと膝立ちで上がってきた。軽く寝台の上を叩いて見せれば、少女はころりとその身を横にした。
足元の毛布を引っ張り上げ、少女の首から下までを覆う。
「なるほどな。これはよく眠れそうじゃ」
少し声を落とし、氷龍の少女がこちらへと身を寄せる。俺はそんな少女の髪を軽く撫で付けた。
「……それにしても、またジーク達と会えるとは思わなかったのじゃ」
「俺もだよ。また会えてよかった……明かりを消すぞ?」
手を伸ばし、枕元の照明を消せば、周囲は暗闇に包まれる。わかるのは、腕の中の柔らかな感触だけだ。
「おやすみ、レイ」
「おやすみじゃ、ジーク」
そうして、俺の意識は薄れていった。
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