48話 少女のこれから
俺の拳を無防備に受けたフォルカー司教は吹き飛び、通路の壁へと体を打ち付けるとその場に崩れ落ちた。一撃で完全に意識を失ったようで、床に倒れたままピクリとも動かない。
「シャル、無事か?」
俺は、万が一にもフォルカー司教の巻き添えで倒れないよう、手元に抱き寄せたシャルロットへと声を掛ける。軽くその小さな体を確認するが、ナイフを突きつけられていた首にも、服を切り裂かれた胸にも、幸いなことに怪我はないようだった。
「シャルちゃん!」
駆け寄ってきたクリスティーネが、シャルロットの小さな体を抱き締める。シャルロットも抱き締め返すような素振りを見せたが、その手に嵌められた枷が邪魔なようだ。この建物のどこかには鍵があるだろう、早く外してあげなくては。
「ジークさん、クリスさん……私、私、今度こそ、もう、ダメだって……」
宝石のような水色の瞳を潤ませていたシャーロットだったが、俄かにしゃくり上げ始めた。そうして、ぽろぽろと大粒の涙を流し始める。
「また……助けてくれて、ありがとうございます」
「怪我がなくて良かったよ」
礼を言い、なおも涙を流すシャルロットの頭に手を置き、優しく撫でる。
最大の目標であったシャルロットは、無事に助け出すことができた。後はこの人攫い達の後始末と、捕らえられた子供達の救出だ。
その後、俺がフォルカー司教にも手枷を嵌めていると、騒ぎを聞きつけたらしい騎士達がやって来た。男達と争った際の物音が、建物の外へと漏れ聞こえていたのだろう。
後から思えば、捕らえられた子供達を見かけたときから騎士達に助力を頼めばよかったのだ。それを思いつかなかったのは、俺自身頭に血が上っていたのだろう。少し反省である。
それでも、結果だけを見ればシャルロットも子供達も全員無傷だったので、大勢の騎士達で囲んだ際に出ていたかもしれない被害を考えれば、かえって良かったのかもしれない。
やって来た騎士達は、初めは俺達の事を怪しんでいたものの、枷を嵌められたシャルロットが俺達に大人しく従っているのを見て、危険性はないと判断したらしい。俺達の話を聞き、その内容に驚いていたものの、迅速に動いてくれた。
フォルカー司教と人攫いの男達は、騎士達に連行されていった。彼ら以外にも、王都にはまだまだ人身売買の組織が潜んでいるらしい。彼らから情報を得るため、これから尋問をするそうだ。
捕らえられた子供達は、無事に全員解放された。その中には王都で捕らえられた子供もいるようなのだが、一時的に全員教会の孤児院へと連れていかれることになった。あとはそれぞれ事情を聞いて、個別に対応するらしい。
後のことは騎士団に任せて、俺達は宿屋へと戻ってきていた。もちろん、シャルロットも一緒である。シャルロットが氷精族だとわかった以上、また孤児院に預けるわけにもいかないという判断からだ。
そうして、再びクリスティーネとシャルロット用に二人部屋を借り、俺達はその部屋へと集まっていた。
「お二人とも、今回は本当に、ありがとうございました。お父さんとお母さんも、見つけてくれて……」
そう言って、ベッドに腰掛けるシャルロットは手元を見下ろした。その手には、水色に輝く石が二つ握られている。それは、シャルロットの両親の精霊石である。
事件の後始末を騎士団たちとしていた際、人攫い達の拠点で見つけたものだ。騎士達に見つかったら持っていかれてしまう可能性もあったので、こっそり持ち出しておいた。これらは、シャルロットの手元にあるべきものだろう。
「シャルが無事ならそれでいいさ。それよりも、今後どうするかだが……」
「孤児院で暮らすのは、やっぱり危ないでしょうか?」
シャルロットの問いに、俺は頭を悩ませる。普通の人族であれば何の問題もなかったが、シャルロットは珍しい氷精族という種族だ。孤児院のような集団生活では、いつか必ずその事実が露見するだろう。
そうなった時、今回と同じような事件が起こらないとは限らない。俺達もそうしていたように、孤児院には教会の裏側にある門からは比較的簡単に出入りすることが出来るのだ。孤児院に用のある人間など滅多にいないため、警護の必要などなかったのだろう。
そうすると、シャルロットを再び孤児院に預けるというのは躊躇われた。
「この先を考えると、難しいな」
「そう、ですか……」
シャルロットは目に見えて肩を落とす。これから先、どうしていいのかわからないだろう。
以前は、孤児院に預ける以外の選択肢はなかった。しかし、シャルロットが氷精族だとわかったことで、その選択肢はなくなった。だが逆に、シャルロットが氷精族だとわかったことで、新たに生まれた選択肢もある。
最終的に決めるのはシャルロット自身だが、俺はその選択肢をシャルロットに示すことを決めた。
「なぁ、シャル……冒険者に、なってみるか?」
「私が……冒険者に、ですか?」
戸惑うシャルロットに頷きを返す。
シャルロットが普通の人族の少女であれば、提案はしなかった。冒険者というのは過酷な仕事だ。剣術なり魔術なりの才能がなければ、まずやっていけないだろう。
しかし、シャルロットは精霊族の一つである、氷精族という種族だ。精霊族とは得てして、強大な魔力を持つという。そして、その強大な魔力をもとに、自在に魔術を操ると聞く。魔術さえ使えれば、冒険者としてやっていくのはそこまで難しいことではないはずだ。
それに何よりも、俺はこの少女を放っておけない。
「冒険者になって、俺達とパーティを組まないか?」
「私に、出来るでしょうか?」
自信がないのだろう、シャルロットはなおも不安な様子だ。俺は安心させるように笑いかける。
「大丈夫だ、俺達がいるからな。そうだろう、クリス?」
「うん! 安心して、シャルちゃん、私が守るから!」
そう言って、クリスティーネが自信満々といった様子で胸を張る。クリスティーネとしても、シャルロットと共に冒険者をやることに異論はないようだ。
それでも少しの間、シャルロットは悩んでいる様子だったが、やがて俯いていた顔を持ち上げた。その表情には、決意の色が見て取れた。
「わかりました……ジークさん、クリスさん、私、冒険者になります」
「あぁ。俺達はこれから同じパーティの仲間だ。よろしくな」
「頑張ろうね、シャルちゃん!」
「はい。お二人とも、よろしくお願いします」
そう言って、シャルロットは控えめな笑顔を見せる。いつの日か、心からの笑顔を見たいものだ。
こうして、俺達のパーティに新たな仲間が加わった。




