475話 不本意な解放2
「この者達を捕らえよ!」
そう言って、第三皇子は唯一自由な右腕でこちらの方を示してきた。吐く息は白く、体は氷化の影響で芯まで凍えているはずだが、それでも尚俺達を捕らえることを優先するのか。随分と憎まれたものである。
やはり、他の騎士達の氷化を解除するのを後回しにしたのは正解だったな。彼らがこの場に居たら、面倒なことになっていただろう。
「随分と元気そうだな。残念だ」
もう少し弱っていてくれても良かったのだが。
溜息交じりにそう口にすると、シャルロットがこちらを見上げてきた。その表情は、どこか驚いたように見える。
「どうかしたか、シャル?」
「いえ、ジークさんでも、そう言う事を言うんだな、と」
どうやら意外に思っているらしい。
確かに、この娘達の前では、あまりこういったことを口にすることはなかったからな。そもそも、そう言った機会に出会うこともなかった。
「別に俺は聖人君子ってわけじゃないからな。嫌な相手にはこういう態度も取るさ……幻滅したか?」
俺の言葉に、氷精の少女は慌てたように両手を振って見せた。
「いえ、そんなことはありません! ジークさんが嫌う理由もわかりますし……ただ、ちょっと驚いただけです」
少し驚かせてしまったようだ。先程はつい口から出てしまったが、あまり俺のこういった面は、この娘達には見せないようにしなければ。
そんな話をしている間に、第三皇子の元へとヴィクトルが歩み寄っている。
「レオニード様、彼らを捕らえることは皇帝陛下の命令により禁じられております」
「何、父上の?! どういうことだ!」
「彼らは氷龍の息吹を浴びたレオニード様を助けてくださったのです。言葉を掛けるのなら、感謝をするべきかと」
「氷龍だと? ……そうだ、龍が出たのだ! あれはどうなったのだ?!」
第三皇子はようやく当時の出来事を思い出したらしい。状況を把握しようと周囲を眺め、自信に抱き着き体を凍てつかせている、ツェツィーリヤの姿を視界に収めた。
その姿を見た途端、第三皇子は驚愕に表情を変えた。
「ツェツィーリヤ?! この姿は……これは一体どうなっている?!」
「氷龍の息吹を浴びた者は、氷像へとその身を変えられてしまうのです。レオニード様も、先程までは同じような姿だったのですよ?」
「私も……?」
第三皇子が目を見開く。それから身動ぎをして見せるが、その体に絡みついた第一婦人によって動くことが出来ないようだ。
どうにもならないことがわかったのか、第三皇子は苛立ったように舌打ちをした。
「おい、これはどうにかならないのか? 私も元に戻せたのだろう?」
「無論、治せますとも。ただ、そのためにはレオニード様に彼らの事を諦めてもらう必要があります」
「何だと?!」
ヴィクトルの言葉に、第三皇子が怒りで顔を歪める。
「そんなことが許されるか!」
「皇帝陛下のご命令です。受け入れてください」
第三皇子は悔しそうに歯を噛み締める。
それにしても、第三皇子はこの話に了承しなければ、身動きが出来ないわけである。そんな状態で選択を迫るとは、なかなかヴィクトルも悪どいな。この男、やはりただ第三皇子のことが嫌いなんじゃないか。
あとは時間の問題だろう。すぐに音を上げるはずだと眺めていると、クリスティーネが前へと踏み出した。
咄嗟に、俺は少女を押し止める。
「クリス、あまり近寄るな」
「大丈夫、わかってるよ。ただ、ちょっと話してみたくって……」
そう言いながら、クリスティーネは第三皇子の方へと歩み寄る。クリスティーネだけを行かせるわけにはいかず、俺もその隣へと並び立った。
さすがに剣に手は掛けないが、いつでも介入は可能だ。
第三皇子は近寄るクリスティーネの姿を認めると、口元に笑みを浮かべた。
「クリスティーネ、私の元に戻って来い。今ならまだ許してやるぞ」
この期に及んで、まだそんなことを言えるのか。身動きが出来ない状態で強がられたところで、滑稽なだけなのだが。
クリスティーネは第三皇子の言葉に嫌な顔もせず、その目線を合わせた。
「ねぇあなた、どうして私と……その、結婚なんてしようとしたの?」
「顔が好みだったんだろ? クリスは美人だからな」
街を歩けば、十人中九人が振り返るような容姿をしているのだ。実際、ここ帝都を歩いた時も頻繁に視線を感じたものである。異種族だからと言って忌避されるような時代ではないし、結婚相手に望む者は多いだろう。
第三皇子にしたって、その口に違いない。聞けば、ツェツィーリヤ以外にも何人も妻がいるということだ。クリスティーネもその一人に加えようというのだろう。
「えっ、美人……? そ、そっか、ジークはそんな風に思ってくれてたんだ……」
俺の言葉に、クリスティーネは何やら照れたような様子を見せる。そう言えば、これまであまり容姿を褒めるような言葉を掛けたことはなかっただろうか。
冒険者にとっては、外見よりも強さが重要だからな。容姿が良いに越したことはないだろうが。
第三皇子はクリスティーネの言葉に、一瞬息を詰まらせる。
「ぐっ……それもあるにはあるが、お前ならば私に、真実の愛を教えてくれると思ったからだ」
「真実の……?」
「愛……?」
第三皇子の言葉に、俺はクリスティーネと共に顔を見合わせる。
この男はいきなり何を言い出すのだろうか。ちょっと言っている意味が分からない。
首を傾げる俺達の前で、第三皇子は大仰に頷きを見せた。
「うむ! クリスティーネを一目見た時から、その心根の美しさはすぐにわかった!」
「ふん、見る目だけはあるみたいだな。クリスは見た目も内面も完璧だ」
「ジーク……え、えへへ……」
クリスティーネは真っ直ぐな娘だからな。好奇心が旺盛で、初めて目にする光景に金の瞳を輝かせる姿は子供のようだ。真摯に訓練に打ち込み、その身を鍛えることにも貪欲である。
剣術の腕も確かで、動くたびに揺れる長い銀の髪が美しい。少々食い意地が張っているのが欠点かも知れないが、食べ物の好き嫌いがないところは美点でもあるだろう。
第三皇子はさらに言葉を続ける。
「そんなお前であれば、私のことを心から愛してくれると思ったのだ」
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