471話 姫君との交流1
ジークハルトとヴィクトルの間で氷龍の鱗の取引について纏まったけれど、すぐに鱗を渡して終了、ということにはならなかった。向こうにだってお金を始めとした準備が必要だし、話を纏めなければいけない。何でも、このことについては皇帝にも話が伝わるそうだ。
それに何より、エリザヴェータは氷化から元へと戻ったばかりだ。これから忙しくなるだろうが、せめて今日くらいはゆっくりと休ませる必要がある。
そんなわけで、氷龍の鱗の取引はまた後日と言うことになった。私達としてはいつでも構わないのだけれど、城側はたくさんの人が関わるみたいで、調整に時間がかかるようだ。
取引が先送りとなったことで、それまでどう過ごすのかと言う話になるが、エリザヴェータが東館に部屋を用意してくれた。以前、ジークハルト達は滞在したことがあったそうなので、初めてなのは私だけと言うことになる。
そうして城での滞在が決まり、昼食と同じく豪華な夕食をたっぷりと食べた後、入浴をすることになった。浴場には個室と大浴場の二種類があるということで、どうしようかと思ったのだけれど。
「私、皆さんのお話をもっと聞きたいです!」
そんなエリザヴェータの一言で、皆で一緒に大浴場に入ることとなった。今までだって、洞窟のお風呂は皆と一緒に入っていたので、それと変わりはない。
それから私達とエリザヴェータ、それにお付きの侍女たちと共に、城の大浴場へと足を運んだのだが。
「うわぁ……すっごいね!」
私は思わず素直な感想を口にした。
まず何よりも明るさが凄い。
洞窟での入浴は限られた明かりの魔術具の元だったので、若干薄暗かったのだ。それが、この大浴場は光源が潤沢に置かれ、かつ精巧な作りとなっており、全体的に輝いて見える。
そして広い。
ジークハルトが作ってくれたお風呂だって、私達が全員一度に入れるくらいには大きかった。それなのに、この大浴場はあれの数倍の広さなのだ。浴槽で泳ぐことだって出来るだろう。
それに、全体的に美しかった。
洞窟のお風呂は、すべて土魔術で作り上げたものなので、色合いは黒や茶色ばかりだった。ジークハルトが魔術で作った石像なんかがあったりして、それはそれで好きだったけれど、暗めな空間だったことは否定できない。
それに引き換え、この大浴場は白かった。大理石と言う奴だろうか、黒の混じった白色の床や壁が照明の光を反射している。
部屋自体が芸術品のような光景に息を吐いていると、こちらを見上げたシャルロットが笑いかけてきた。
「びっくりしちゃいますよね? 私はちょっと、落ち着きません」
「フィーは慣れたの」
彼女達は、以前ここに滞在した際にも、この大浴場を利用していたようだ。苦笑を見せるシャルロットは大浴場の絢爛さに気後れしている様子で、フィリーネは特に気にした様子はない。こういうところは、この娘はとっても豪胆だと思う。
私も正直、シャルロットと同じ気持ちだ。少し目がチカチカするほどのお風呂は、何度入っても慣れられそうにない。洞窟のお風呂で、皆で身を寄せ合う方が性に合っている。
とは言え、入らないという選択肢はない。服を脱いだ私達は、浴場へと足を踏み入れた。
どうやらエリザヴェータは侍女に体を洗ってもらうようだが、私はきっぱりと拒否した。シャルロット達と洗い合うことはあるが、さすがに慣れない相手に世話をされるのは落ち着かないのだ。
他の皆も同意見のようだ。特にアメリアの応えは早かった。ジークハルトと接することで、以前よりも人族嫌いはなくなったように見えるが、依然として警戒心は強いらしい。
唯一、イルムガルトだけが「あら、それならお願いするわ」と平然とした様子で頼んでいた。意外と、こういうことに慣れているのだろうか。彼女はあまり自分について話さないので、未だに謎が多いのだ。
それから普段通り体を洗い、ついでにシャルロットの髪を洗ってあげたりして、湯船へと体を浸ける。温かい湯に包まれると、自然と息が漏れた。
そのまましばらく体を温めていると、侍女に体を洗ってもらったエリザヴェータが湯船へと入ってきた。一仕事を終えた侍女は、浴場の外へと出たようだ。
「それでは皆様、お話を聞かせていただけますか?」
「いいよ! エルザちゃん、何が聞きたいの?」
やはり龍の話だろうか。氷龍の鱗を手に入れた経緯は、詳しく知りたいところだろう。
ただ、レイのことは秘密なので、全部を正直に話すことは出来ない。人に化けることのできる氷龍がいる、などと人々に知られれば大騒ぎになる。
レイについては良く知っているので、あの子から問題を起こすようなことはないだろう。しかし、人は別だ。間違いなく、レイの事を利用しようとする者が出てくる。
もしかしたら、良い結果になるかもしれない。人と龍が手を取り合うようなこともあるかもしれない。
けれど、やはり悪い結果になる可能性の方が高いだろうと、ジークハルトは考えているようだ。私としても、あの子には安全に暮らしてほしい。
そんなわけで、語るにしても嘘を交える必要があった。さて、何と説明しようかと私が考えていると、エリザヴェータが言葉を続けた。
「えぇと、聞きたいことは色々とありますけれど……そうだ! 皆様は、今までどこでどのように過ごしていたのですか?」
「えっ? 帝都の近くの森だけど……そんなことが聞きたいの?」
てっきり、龍と戦った時みたいな、冒険者らしい話が聞きたいのかと思ったんだけれど。そんな話を聞いても、面白いのだろうか。
聞き返した私の言葉に、少女は頷きを返す。
「えぇ、皆様はお兄様のせいで、町にはなかなか入り辛かったのですよね? 帝国の気候で野宿は大変でしょうし、お詫びも必要かと……」
「別に、エルザちゃんのせいじゃないんだよ?」
悪いのはあのレオ……何とかという第三皇子であって、エリザヴェータではない。エリザヴェータから謝られても、私も困ってしまうのだが。
とは言え、あの第三皇子から謝罪が欲しいわけでもない。そもそも、私は彼の事をあんまり覚えていないのだ。
もちろん、狙われるのはいい気はしないし、彼を助けるところに思うところがないわけでもない。ジークハルト達の話によれば、無理矢理結婚させられそうになっていたとも言うし、どうあっても好きにはなれないだろう。
フィリーネだって、逃走の際に攻撃を受け、重傷を負ったという。彼女がこうして無事でなければ、エリザヴェータはともかくとして、他の者を救うことを良しとはしなかった。
とは言え、ずっと氷漬けになっているというのはあんまりだ。幸いにも、私達は皆元気なのだし、手を差し伸べるだけの余裕はある。
ジークハルト曰く、恩を売っておくという利点もあるそうだ。
と、そんなわけで私としては結構前向きに考えているのだが、エリザヴェータとしては城の者として謝罪は当然で、不自由させた分の賠償も必要だと考えているようだ。
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