470話 説明と交渉4
来たか、と俺は気を引き締める。ヴィクトルが最も気になっていたのは、氷龍の鱗の在庫があるのかどうかだろう。
もしもまだ氷龍の鱗があるのなら、解氷薬が作れるということだ。それなら、氷化してしまった第三皇子や騎士達を救うことが出来るのだ。ヴィクトルが聞いてくるのは当然である。
目的についてはわかっているが、もう少し向こうの出方を窺いたいところだ。こちらから、第三皇子や騎士達を助けるために使ってくれ、とは言う必要がない。
「そうだな、氷龍の鱗はそれなりの量を手に入れることが出来た。だからこそ、エリザヴェータを助けようと思ったってわけだ」
「そういうことでしたか」
俺の言葉に、納得したようにエリザヴェータが頷きを見せた。俺達にとって最優先はフィリーネだったが、余裕があるのならエリザヴェータを救うことも吝かではなかったのだ。もっとも、危うく忘れそうだったことは秘密なのだが。
そんな風に話しているところへ、ヴィクトルが身を乗り出す。
「それなりの量と言うことは、まだ余分があるのですね? そちらを譲っては頂けないでしょうか」
「そうだな……」
俺は即答せず、考えるような素振りを見せる。
ヴィクトル達城側からすると、何としてでも氷龍の鱗は確保したいところだろう。氷龍を狩りに冒険者達が向かったとは言え、確実に氷龍の鱗を持ち帰る保証などないのだ。
それならば、せめて第三皇子を助けられるだけの素材は、手に入れておきたいはずだ。
後は、ヴィクトルが俺達に対してどういった対応を見せるかによって、こちらの動きも変わってくる。
俺の態度をどう受け取ったのか、ヴィクトルは言葉を続ける。
「もちろん、それなりの報酬をお渡しします。皆様とレオニード様との関係についても存じておりますので、そちらも何とか致しましょう。何卒、お力添えを……」
そう言って、テーブルに両手をつき頭を下げた。
城側にしても、切羽詰まっているのだろう。俺達から氷龍の鱗を貰えなければ、第三皇子達が元に戻れる保証はないのだ。向こうにとってはせっかくの機会だ、逃す手はない。
それでも、力や権力に訴える様子はなさそうだ。てっきり、多少は脅しの類を受けるものだと思っていたのだが。
俺達が先んじてエリザヴェータを救ったことも関係しているのかもしれないな。
「私からもお願いします。どうか、お兄様達を助けてください」
そう言って、エリザヴェータが頭を下げた。俺達のことで第三皇子と衝突している様子だったが、嫌っているというわけではないようだ。
俺がクリスティーネを始めとした少女達の顔を順に眺めれば、少女達からは頷きが返った。皆としても、氷龍の鱗を渡すことに忌避感はないらしい。
正直なところ、断るという選択肢もあるのだ。その場合でも、これまでの様子を見る限りでは、捕らえられるようなことはないだろう。王国へと戻ることを考えれば、断った方が話は早い。
ただその場合、第三皇子との確執は残ることになる。そうなると、これから先、帝国へ来ることは難しくなる。少なくとも、帝都に入ることは出来なくなるだろう。
先の事を考えるのであれば、ここで恩を売って、少なくとも俺達に手出しをできないようにしておいた方が何かと都合が良い。第三皇子が納得するかはわからないが、如何に皇子とは言え、一人の意見が通るということもないだろう。
これでヴィクトルが第三皇子のように高圧的な態度を取るようであれば、俺も拒んでいただろう。だが、彼の振る舞いは、今のところ実に紳士的なものだ。ヴィクトルのことであれば、多少は信用しても良いだろう。
「氷龍の鱗を渡してもいいが、幾つか条件がある」
「お聞きしましょう」
氷龍の鱗を渡す場合も、条件については事前に皆と話し合っている。
「まず、氷龍の息吹を浴びて氷像と化した人数と、必要な氷龍の鱗の数を教えてくれ」
第一に、どのくらいの人数が犠牲となり、それを救うのにどれだけの鱗が必要となるのかを知りたいところだ。手持ちの量で足りるのかがわからない。
それに、いくら人命が掛かっているとはいえ、渡すのは他でもないレイの鱗なのだ。出来ることなら、全て渡さずにいくらかは手元に持っておきたい気持ちがある。
俺の言葉に、ヴィクトルは一つ大きく頷きを見せた。
「そちらは当然ですね。人数と必要な素材については、既に計上しています。後ほどお教えしましょう」
どうやら改めて計算する必要もないようだ。まぁ、氷像となった人数は当の昔に数えているだろうし、必要となる薬の量も把握しているのは当然の話だろう。
俺は男の言葉に頷きを返し、言葉を続ける。
「必要な量がわかったら、その分だけ氷龍の鱗を渡そう。薬を作るのはそっちでやってくれ」
「かしこまりました」
俺達が渡すのは薬の素材で、薬自体ではない。何せ、数十人分の量が必要となるからな。俺が作るのは面倒でしかない。
城側にしても、調合済みの薬を渡されるよりは、自分達で作る方が信頼できることだろう。中身を取り換えられる心配もないしな。
「それから、氷龍の鱗を無償で渡すわけにはいかないからな。買取と言う形にしてくれるか?」
一枚だけでも高価な氷龍の鱗だ。それを何枚も渡すとなれば、相応の見返りがあって当然である。
これが、レイから労せずただ譲り受けただけなら後ろめたさも感じたかもしれないが、実際には黒龍を相手に戦ったのだ。危険な橋を渡った正当な成果なので、対価を求めるのは当たり前の話だ。
俺の言葉に、ヴィクトルはすぐに力強く頷きを見せた。
「もちろんでございます。まさか、氷龍の鱗を無償でなど頂けません。買い取る分と姫様を救って頂いた分、きっちりと釣り合うだけの対価をお渡しすることをお約束します」
「大丈夫か? かなりの金額になると思うが……」
「まったく問題ありません。元々、事態が発覚した段階で予算は組んであります。お金でレオニード様達が元に戻るのであれば、安いものです」
氷龍の鱗を何十枚も買い取るとなれば、かなりの金額になる。それだけの金を用意できるのかと言うのが懸念だったのだが、どうやら既に用意は出来ているようだ。
俺達が鱗を持ち込まなくても、冒険者達が持ち帰ったものを買い取る用意があったのだろう。それが早まっただけだと考えれば、おかしなことはないな。
これで、ひとまず通常の取引を交わすだけの条件は整ったとみてよいだろう。素材の代わりに金銭を得るのだ、通常の売買と異なるのは、金額の大きさくらいなものである。
さらに、俺はここに一つ条件を提示する。ある意味、一番大事なのがこの条件だ。
「最後になるが、元に戻した第三皇子が、俺達を追わないようにしてくれ」
この条件が、俺達にとっては最も重要となる。以前、第三皇子と会話した時の様子を思えば、元に戻したところでクリスティーネに執着することだろう。
そうなれば、王国へと戻るのに支障が出る。そんなことになるくらいなら、氷龍の鱗を渡さずに、第三皇子には氷漬けになっていてもらった方がマシだ。
果たして、城側はこの条件を飲むだろうか。
緊張に見つめる俺の視界の中、ヴィクトルはあっさりと頷きを見せた。
「えぇ、構いませんよ」
あまりの呆気なさに、俺は一瞬息を詰めた。
「……それは、その、いいのか? 正直、俺達の取った方法は褒められたものではないと思うんだが……」
それ以外に方法がなかったとはいえ、事実だけを言えば第三皇子の所有物を奪ったのだ。そのこと自体に後悔はないし、同じことが起これば同じような行動をするだろうが、多少なりとも渋られるものだと思っていた。
そんな俺の言葉に、ヴィクトルは軽く首を振って見せる。
「そんなことよりも、レオニード様を救う方がよほど大切ですから」
そう言ってヴィクトルは笑みを見せるが、本心なのだろうか。案外この男、第三皇子のことが嫌いなのではないだろうか。
帝都の外で薬が一つしかないことを伝えた時も、迷わずエリザヴェータを救うことに同意したしな。もちろん、あの時には他にも氷龍の鱗があることに、既に感づいていたからこそなのだろうが。
とは言え、俺達にとっては都合がいい。第三皇子が俺達を捕らえようと動けなくなるのであれば、帝国内を普通に歩くことが出来る。
氷漬けのままにしてやりたい気持ちもあるが、どうせその間の記憶はないのだ。何れ氷化が解かれることを考えれば、恩を売る方が利点がある。
「わかった。全部の条件が守られるのなら、氷龍の鱗を渡そう」
こうして、俺達は城側との間に取り決めを交わすこととなった。
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