466話 姫君への恩返し15
少し落ち着いた様子を見せていた騎士達が、再び慌しく動きを見せた。どうやらエリザヴェータの状況に変化があったらしいと、俺は屋外浴場の方へと目を向ける。
丁度その時、通路の向こうから女性騎士と共に、エリザヴェータが出てきた。入る前と装いが異なるところは、皇族らしいというべきだろうか。冒険者だと、そのあたり無頓着だからな。
エリザヴェータは俺達の方へは向かわず、先にヴィクトルの元へと向かった。話をする順番としては妥当だろうな。
彼女に付き従う侍女二人は、随分と心配した様子だった。主が氷化している姿を見ているのだ、元に戻ったとはいえ体調に不安はあるだろう。それでも俺の見たところ、エリザヴェータは体をしっかりと暖めたようで、足取りもしっかりしたものだ。
それからエリザヴェータは、ヴィクトルと何事かを話し始めた。会話の内容は聞こえないものの、身振り手振りを見る限りでは、壁の中の氷化した騎士達について話をしているようだ。
しばらくその様子を見守っていたところ、不意にヴィクトルがこちらへと目を向け手で示した。それを追ってこちらを振り向いたエリザヴェータと目が合う。なんだろう、手でも振った方がいいのか。
それから二人は、連れだってこちらへと歩いてきた。見知った間柄とは言え、相手は皇族だ。座ったままで話は出来ないと、俺はベンチから腰を上げる。
「皆様!」
たたっと駆け寄ってきたエリザヴェータが、俺の前で足を止める。風呂上がりだからか、少し頬が紅潮しているようだ。
豊かな金の髪を持つ少女は、俺達へと華が開いたような笑顔を見せると、その場で勢いよく頭を下げる。
「お話は伺いました! この度は私のことを助けていただき、ありがとうございます!」
動きに合わせ、長い筋の髪がふわりと舞い上がる。先程まで氷化していたとは思えないほどに元気な様子に、俺は安堵の息を吐きだした。
「エルザを助けられてよかったよ」
「エルザさん、体調はどうですか?」
「大丈夫……だと、思うんですが」
小首を傾げたシャルロットの問いに、エリザヴェータは一度自信ありげに答えたが、握った拳を力なく下ろす。
「先に助けていただいた騎士の方も、今のところ体調は問題ないということですが、正直なところはわかりません」
そう言って、眉尻を下げて見せた。
エリザヴェータ達からすると、氷龍の息吹を浴び、こうして助けられた者がどんな状態なのかはわからないのだ。これから先、不意に倒れるようなことがないのか、不安になるのも無理はない。
とは言え、そのあたりのことは既に俺達が把握しているのだった。少女の不安を拭う意味でも、情報は共有しておいた方がいいだろう。
「今のところ大丈夫そうなら、悪化することもないと思うぞ。もちろん、無理は禁物だが……」
「フィーだって平気だったの。エーちゃんもきっと大丈夫なの」
たったの一例でしかないが、参考にはなるだろう。
もちろん、冒険者として日頃から鍛えているフィリーネとエリザヴェータの体力とを同列に語ることは出来ないだろうが、氷化が解けた直後がもっとも衰弱しているはずだ。こうして動くことが出来るのであれば、それほど心配する必要もないだろう。
俺の言葉にエリザヴェータとヴィクトル、それにイヴァンを始めとした使用人たちが、一様に安堵の表情を浮かべた。
「……そう言えば、ジークハルトさん達もあの場にはいたのですものね。と言うことは、ジークハルトさん達も氷龍の被害に?」
「あぁ、フィナがそうだ。あの場で無事だったのは、俺とクリスだけだな。だからこそ、こうしてエルザを助けることが出来たってわけだ」
もしもあの場で、俺とクリスティーネも凍り付いていれば、どうなっただろうか。
その時は、いつまでも帰ってこない俺達を心配して、シャルロット達も探しに出ていたことだろう。それで氷化した俺達を見つけられたとしても、それが氷龍の息吹を浴びたためだとはわかるまい。原因がわからなければ、元に戻す方法もわからなかったはずだ。
いや、そもそもその時は俺達も騎士達と一緒に、壁の中へと隔離されることになるだろうな。果たして、シャルロット達に俺達の行方がわかっただろうか。
その場合でも、何れは皇族のおまけとして助けられた可能性はある。だがその時は、第三皇子に捕らえられる結果となっていただろうな。俺達の間の因縁が、解決したわけではないのだ。
それを思えば、俺とクリスティーネが氷化しなかったのは、本当に幸運だった。もちろん、フィリーネが身を挺して庇ってくれたというのもあるだろうが、それだけで氷龍の息吹を完全に防げたとは思えないからな。
それとも、何か他に要因でもあったのだろうか。
「あの、ジークハルトさん」
エリザヴェータの声に、考えを巡らせていた俺は現状へと復帰する。
「その、他にもいろいろと聞きたいことがあるのですが、皆様をお城に招いても構いませんか? お礼もしたいですし……」
「そうだな……わかった、招きに応じよう」
これがただの城からの使いなどであれば、罠ではないかと警戒もするのだが。ついて行った結果、周囲を取り囲まれ、捕らえて情報を聞き出される、と言うのは些か考え過ぎだろうか。
そこのところ、エリザヴェータからの招待であれば、悪い結果にはならないだろう。少なくとも、この少女には俺達を害する気など、微塵もないことはわかっている。
こうして、俺達は帝国の城へと、再び足を踏み入れた。
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




