46話 いなくなった少女4
扉の隙間から見えた光景は、雑然とした部屋の様子だった。その部屋に窓はないようで、周囲すべてを壁に囲まれている。壁際には木製の棚が並べられているが、そのほとんどは空であった。
部屋の天井には魔術具の明かりが灯されていたが、出力を調整しているのか、部屋の中はやや薄暗い印象だ。部屋の中央にはテーブルがあり、五人の男がカードを使った遊技に興じている。そのうちの一人が、口を開いた。
「それで、あの方はどこにいったんだ?」
「聞いていなかったのか? 今日捕まえたガキの様子を見に行ったんだよ」
「あぁ、あの水色の髪のガキか。ハッ、つくづく運のないガキだな。折角魔物から生き延びたっていうのに、こうしてまた捕まるとは」
「何を他人事みたいに言っている。そもそも、お前が誤ってあのガキを魔物の囮なんかにしなけりゃ、あの方の手を煩わせる必要もなかったんだぞ! あのガキが一体いくらで売れると思ってるんだ!」
「へいへい、それについては謝ったじゃないか。こうして俺達の元に戻ったんだし、もういいだろう?」
男達の話の内容から推測するに、水色の髪の子供というのは、シャルロットのことで間違いないだろう。そうすると、やはりこの男達がシャルロットの両親を殺し、シャルロット本人を攫った人攫いに間違いない。そこまでわかれば、もう十分である。
俺は扉から目を離すと、向かいで俺と同じように部屋の中を覗き見ているクリスティーネへと声を掛ける。風魔術を使用しているため、俺達の声は部屋の中の男達には聞こえないはずだ。それでも一応、声を潜めることは忘れない。
「シャル、制圧するぞ。いいか?」
「わかったわ、大丈夫」
クリスティーネも覚悟はできているようだ。
俺が扉の前に立ち、クリスティーネはいつでも飛び込めるようにと隣で身構える。それを確認して、俺は扉を勢いよく蹴り開けた。
「なんだ?!」
テーブルに座る男達が一斉に振り返り、突然部屋へと入った俺の姿に驚きを見せる。
俺はその反応に構わず、最も近くにいた左側の男の顔面を身体強化した右手で以て殴り抜けた。ガツンという衝撃音と共に、椅子に座っていた男は椅子の足を支点とし、その勢いのままに後方へと倒れ、後頭部を床に打ち付ける。その一撃で意識が飛んだようで、男は白目を剥いていた。
身体強化の使える冒険者というのは、一般人から見れば全身が凶器である。高ランクの冒険者にもなると、その拳だけで岩をも割り砕くという。さすがに、俺はそこまでの芸当はできないものの、男の意識を一瞬のうちに刈り取るくらいは朝飯前である。
さらに、その奥にいる男が立ち上がったところへと、回し蹴りを放つ。回転の勢いを乗せた俺の左足は男の胴体へと突き刺さり、男の体を中空へと浮かせる。そのまま吹き飛んだ男は後ろの棚へと背中をしたたかに打ち付け、その場に崩れ落ちた。
「てめぇら!」
もっとも奥に座っていた男が椅子を倒しながら立ち上がり、俺へと向かってくる。その手には掌ほどの刀身を誇るナイフが握られていた。男は身体強化でも使っているのか、動きはなかなか早い。
俺はナイフを躱しながらも、剣を抜くか判断に迷う。剣を使用すればより安全に立ち回れるだろうが、勢い余って殺してしまうかもしれない。相手が殺しに向かってくる以上は、こちらがやり返したところで文句など言えないだろうが、できれば殺さずに捕らえたいところだ。
幸い、身体強化の練度では俺が勝っているようだ。狭い室内でナイフを躱しながら、俺は男の隙を探す。
その時、男がナイフを持った腕を俺の方へと一直線に伸ばしてきた。俺はナイフを躱すと、男の伸ばした腕を掴む。そのまま男に背を向けると、腰を落とし腕を引き、男を背中の上に乗せる。流れるような動作で、男に背負い投げをお見舞いした。
男は一回転し、背中を激しく床に叩き付けられた。その衝撃はかなりのもののはずで、実際に男は体を動かすことはできないようだが、それでも意識はあるようだった。俺がそんな男の顔面に右の拳を叩き付けると、男は大人しくなった。
少々やりすぎな気もするが、確実に無抵抗にするにはこの方法が最適だろう。俺達には治癒魔術もあることだし、これが一番早かった。
俺はクリスティーネの方へと目線を移す。時を同じくして、クリスティーネも二人の男を打ち倒したようだ。クリスティーネの足元では、二人の男が床で伸びていた。
ひとまずは全員の意識を奪うことに成功したようだが、いつ目を覚ますかもわからない。何か縛るものでもないかと部屋を物色していると、棚に置かれた箱の中にどこかで見たような枷が入っているのを見つけた。
この枷は、捕らえられた子供達が嵌められていたものと同じものなのだろう。丁度良いと拝借し、俺はクリスティーネと二人して、倒れた男達の手足に枷を嵌めていくのだった。
「ふう。後は、子供達を助けるだけね!」
「あぁ……いや、待てよ」
俺は手足に枷を嵌められ、床に並べた男達を見下ろす。その男達の顔は、何れも見覚えのないものだった。
「クリス、奴がいない」
俺は警戒するように呼び掛けた。
その中には、俺達がここまで追いかけてきた人物の姿はなかった。つまり、少なくともあと一人は、この建物の中に人攫い達の仲間が残っているのだ。
「気を付けろ、まだ――」
「動くな!」
――いる、と続けようとしたところで、後ろから声を掛けられた。
その声に俺は後ろを振り向く。部屋の入口には、まさに今探していた、俺達の追いかけていた人物がいた。その男の手元にはナイフを突きつけられ、手足に枷を嵌められて身動きの取れない水色の髪の少女、シャルロットがいた。
シャルロットは首元にナイフを突きつけられた恐怖からか、今にも泣きだしそうな表情だ。潤んだ瞳が、俺達の姿を映していた。
「フォルカー司教……」
俺はシャルロットへとナイフを突きつけた男の名を呟いた。




