457話 姫君への恩返し6
カン、カン、と模造刀を打ち合う音が洞窟の中へと響く。俺は左右から迫りくる連撃を、後方へと退きながら軽く捌いていった。
眼前では、綿のような白髪を揺らす少女が、キリリと眉を立てて両手に握る双剣を振るっている。
そうして、白翼の少女が勢いよく冗談から振り下ろした二刀を、俺は剣の腹で受け止めた。身体強化した体で衝撃を受け止めれば、少女の剣は打ち込んだ箇所から動くことなくその場に縫い留められる。
それを確認し、どちらからともなく肩の力を抜く。
「よし、こんなところだな……思った以上に動けてるぞ、フィナ」
そんな風に声を掛ければ、白髪の少女、フィリーネは大きく息を吐きだした。そうして、ぐぐっと解すように体を捻って見せる。
「んん、フィーとしては、不本意なの。一晩経ったら、体が硬くなってるの」
そう言って、不満そうに唇の先を尖らせた。その様子を見て、俺は思わず苦笑を溢す。
「仕方ないだろ? フィナにとっては一晩でも、実際には何十日も経ってるんだから」
この少女は、氷龍の息吹を浴びて数十日間、全身を氷へと変えられていたのだ。つい先日、ようやく元に戻ったばかりで、以前とまったく同じように動けるわけがない。
とは言え、俺が事前に予想していたよりは遥かに動きは俊敏で、振るう剣にも迷いがない。この分であれば、すぐに前と同じように動けるようになるだろう。
俺の前で、フィリーネはぐっぐっと両膝を曲げ伸ばしして見せる。それなりに打ち合ってみたものの、まだまだ体力にも余裕がありそうだ。
「ジーくん、どうなの? フィー、旅に出ても大丈夫そうなの? フィーはあんまり違和感ないけど……」
「そうだな、遅れて症状が出るかもしれないから、もう少し様子見をしたいところだが……フィナが大丈夫そうなら、出発を早められるかもな」
氷龍の息吹を浴びたことを考えれば、フィリーネのためにもあまり無理はさせたくはない。この娘を助け出して、まだ二日だ、体調にはよくよく注意する必要があるだろう。
とは言え、今のところはフィリーネに変わった様子はない。このまま少女の体調に変化がなければ、体力はそれほど衰えていないのだ、すぐに旅に出ることが出来るだろう。
そのように俺がこれからの予定を考えていると、フィリーネが「それにしても」と呟きを漏らした。
「ジーくん、また強くなったの? 打ち合いが前よりもずっと余裕があるの!」
「何しろ、氷龍のレイと特訓してたからな。かなり実力は付いたつもりだ」
レイの縄張りに巣食った黒龍を追い払うために、数十日も氷龍を相手に訓練を行ったのだ。嫌でも実力は向上するというものだ。
最近の訓練相手は専らクリスティーネで、彼女も実力が上がっているだけにあまり自覚はなかったが、こうしてみるとちゃんと上達しているようだ。
氷漬けになっていたフィリーネからしてみれば、突然俺の実力が跳ね上がったように見えるのだろうな。この様子なら、しばらくの間は教師役となれそうだ。
そう思っているところへ、クリスティーネが近寄ってくる。
「ふふん、フィナちゃん、強くなったのはジークだけじゃないんだよ? わたしもすっごく強くなったんだから! 今なら、フィナちゃんとアメリアちゃんを一緒に相手にしても、負けないかも!」
そう言って、腰に手を当て豊かな胸を得意げに張って見せる。
その言葉を受け、フィリーネはむむっと頬を膨らませた。
「さすがにそこまでの差はないはずなの」
「そうね、聞き捨てならないわ」
俺達の会話が聞こえたのか、アメリアがこちらへとやって来た。俺達の傍まで来ると、憮然と腕を組んで見せる。
「クリス達がいない間だって、訓練をさぼっていたわけじゃないんだもの。凍っていたフィナはともかく、私とは互角のはずよ」
「フィーだって、別に弱くなったわけじゃないの! 二人掛かりなら負けようがないの!」
「それじゃ、試してみよっか?」
「望むところなの!」
何やらあっという間に、三人で戦うことになってしまったようだ。とは言え、別に喧嘩をしているというわけではないようなので、止める必要はないだろう。
適度な競争も、実力を伸ばすには効率が良いものだ。俺は邪魔にならないようにと、その場から少し離れて見守る体制となる。
ちなみに俺の見立てでは、フィリーネとアメリアに分があると思っている。クリスティーネはレイとの訓練でメキメキと実力を付けたが、流石にこの二人を同時に相手するのは難しいだろう。
一対一なら、クリスティーネが勝つだろうけどな。以前は三人の実力は伯仲していたが、今なら彼女が頭一つ抜けているのは見てわかる。
そうしてフィリーネとアメリアが隣り合い、少し離れた向かいにクリスティーネが立つ。二人の真剣な表情に対し、クリスティーネにはどこか余裕が見えた。
「フィナ、最初から全力で行くわよ?」
「もちろんなの。勝ってジーくんに褒めてもらうの!」
二対一で勝ったところで、あまり褒めるところはないように思うのだが。まぁ、頭くらいは撫でてやっても良いだろう。
そんな風に闘志を燃やす二人に対し、クリスティーネも模造刀を構えた。
「強くなった私を見せてあげる! 行くよ、『光龍鱗』!」
声と共に、少女の体が光に包まれる。
その光景を目にして、俺は大いに慌てることになった。
「ちょっと待て、クリス!」
「ん……? ジーク、どうかした?」
一歩踏み出した俺へ、剣を構えたままクリスティーネが首を傾げる。その様子を見て、俺は足を止めた。
クリスティーネが龍鱗の魔術を使用するのは、黒龍と戦って以来のことだ。そしてあの時、龍鱗を使用したクリスティーネは半ば暴走状態となってしまったのだ。
強魔水との組み合わせが悪かったのではないかと分析しているものの、その原因は未だわかってはいなかった。
そのため、不用意に使用するのは危険だと思っていたのだが、クリスティーネはあっさりと使用してしまったのだ。また暴走するのではないかと、俺が慌てるのも仕方のないことだろう。
だが、俺の器具とは裏腹に、どうやらちゃんと制御が出来ているらしい。その様子を見て、俺は肩から力を抜いた。
「あ~……まぁ、大丈夫ならいいんだが」
後ほど注意と、それから日を改めて検証の必要があるだろうが、今は三人の戦いに水を差す必要もないだろう。俺は踏み出した足を元へと戻した。
「ちょっとクリス、何よその姿!」
「修行の成果だよ! それじゃ改めて、どこからでもかかってこーい!」
「見掛け倒しじゃないでしょうね!」
「後悔させてやるの!」
そうして半龍の少女に向かっていく二人の姿を、俺は遠巻きに眺めるのだった。
結論から言うと、三人の勝負は引き分けに終わった。フィリーネとアメリアの猛攻を、クリスティーネが辛うじて捌ききった形だ。
さすがに反撃はあまりできなかったようだが、この二人を相手にしたことを考えれば、十分に検討したと言えるだろう。心なしか、クリスティーネも得意げな様子だ。
「こんな、こんなはずじゃなかったの……」
「くぅ……鍛え直さなきゃ……」
反対に、フィリーネとアメリアは少し自信を喪失した様子だった。クリスティーネの使用する龍鱗はそれなりに魔力を消費するため、勝負が長引けば二人が勝っていただろう。もっとも、二対一で拮抗していたことを考えれば、慰めにはならないだろうが。
そうは言うものの、別に二人が弱いわけではないのだ。一時とは言え、二人相手に互角に挑めるクリスティーネが、随分と実力を付けたということである。
強くなったクリスティーネは褒めるとしても、二人へのフォローも必要だろう。二人の実力だって、今でも十分なのだ。
しかし、掛ける言葉によっては逆効果になりそうだ。俺は何と声を掛けるべきかと、少女達へと歩み寄りながら言葉を探すのだった。
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