442話 氷龍の少女と別れ3
『この辺りじゃったな』
頭の中に氷龍となったレイの言葉が響くと共に、徐々に目線が下がっていく。
今俺達は、レイの背中に乗って空を飛んでいた。どうやら目的地にたどり着いたようで、レイが高度を下げ始める。
そうして降り立ったのは、つい昨日に黒龍と戦った場所だった。あれから雪も降らなかったので、周囲は戦った当時のまま、あちこちに争った跡が見えた。見る限りでは、野生の魔物も通りかかってはいないようだ。
そんな光景をレイの上から眺めた俺は、シャルロットを抱えたまま雪原へと降り立った。その隣へ、翼を軽く羽ばたかせたクリスティーネが並び立つ。
「よし、それじゃ探し始めるか」
そんな風に、俺はクリスティーネとシャルロットへと話しかけた。
ここへと来た目的は、黒龍の素材を回収するためだ。俺達との戦闘によって剥がれ落ちた黒龍の鱗は、この付近に散らばっているのである。折角の龍の素材だ、回収しない手はない。
「なんだか宝探しみたいだね!」
「頑張って見つけます!」
クリスティーネは何やら楽しそうな様子で、シャルロットも気合十分と言った面持ちだ。
二人とも、今朝はまだ体が重そうな様子だったが。午前中はしっかりと休んだおかげで、かなり持ち直したらしい。俺自身も、ほぼ普段通りと言った体調だ。
『それでジークよ、我にすることはないのだな?』
「あぁ、レイはそこにいてくれるだけでいいよ」
頭の中へ響いた言葉へと返す。
当初はレイも人の姿となって、黒龍の鱗を探すのを手伝うと言ってくれたのだが、俺が龍の姿でいることを頼んだのだ。何せここは雪原のど真ん中、他の龍に出会うようなことは早々ないだろうが、何時他の魔物に襲われるかもわからない。
だが、レイがいれば話は別だ。わざわざ龍を襲うような魔物などいない。レイがそこにいるだけで、俺達の安全は確保されるというわけである。
『何もすることがないというのも、暇なものじゃな』
そう言って、レイはその場に体を伏せた。
さすがに氷龍の姿では、黒龍の鱗を拾い集めるような細かい作業は出来ない。俺達としてはその場にいてもらうだけで十分に助かるのだが、レイは少し手持無沙汰なようだ。
それから俺達は、手分けして黒龍の鱗を探し始めた。すると、何枚もの黒龍の鱗が容易く見つかるではないか。何よりも、昨日から雪が降らなかったというのが大きいだろう。
黒龍はかなり派手に動き回っていたので、広範囲に鱗が飛び散っていた。さらに、同じくらいレイの鱗も見つかるのだ。もちろん、こちらも丁重に回収しておいた。
「ジーク、牙があったよ!」
「こっちにもありました!」
二人の少女が、ほぼ同時に声を上げる。二人とも、大きな白い塊を抱えてこちらへと駆け寄ってきた。
そうして二人が見せてくれたのは、まさしく黒龍の牙だった。断面が不揃いなことから、俺の斬撃によって切れたのではなく、衝撃によって折れたのだということが窺えた。
既に本体からは切り離されているが、強い魔力を感じる。たとえ龍の牙だとわからなくても、相当強い魔物のものだということが、誰にでもわかるだろう。
「おっきいね! それに、とっても強い力を感じるよ!」
「あぁ、こいつはいいな。武具に使ってもいいし、売れば高い値が付くだろうな。その分、扱いを考える必要があるが……」
「取り扱い、ですか?」
俺の言葉に、牙を重そうに抱えたシャルロットが、小さく首を傾げて見せる。それに対し、俺は頷きを返した。
「なにせ、物が物だからな。売るとすれば、まず足が付くだろう」
「ん~、別に私達、悪いことしてないよ? 知られたとしても、困ることってないんじゃない?」
「基本的には、そうだろうが……」
言いながら、俺は考え込むように両腕を組む。
「まず、金目当てに変な輩に絡まれる恐れがある。こいつを売れば、まず間違いなく大金が入るからな」
一番考えられるのは、金銭絡みのトラブルだろう。龍の素材を売ったのが俺達だと知られれば、金の匂いに釣られた者が近寄ってくる可能性が高い。
そう言う者達は大した実力もないだろうし、襲われたとしても撃退は容易だろう。とは言え、襲われないに越したことはない。
その他、怪しげな押し売りなんかもされることを思えば、安易に龍の素材を売りに出すのは躊躇われるのだった。
そんな風に説明をすれば、クリスティーネが納得した様子で眉尻を下げて見せる。
「う~、それはあるかも……」
「あとは、龍を倒す実力があると勘違いされるのもな……」
「でも、黒龍を撃退したのは本当のことですよ?」
俺の言葉に、氷精の少女が小首を傾げて見せた。そこへ、俺は軽く膝を曲げてシャルロットと目線の高さを合わせる。
「いいか、シャル? 俺達が黒龍を撃退できたのは、レイの働きが大きいってことを、忘れちゃいけないぞ?」
『ふふん、我のおかげじゃ!』
氷龍の姿のレイが、自慢げな声を頭に響かせる。確かにレイのおかげではあるのだが、俺達が黒龍と戦うことになったのも、レイのためだということを忘れないで欲しい。
俺は氷龍の方へと目線だけを振り、言葉を続ける。
「俺達だけで龍に挑んでも、今回みたいな結果にはならないからな。多少手傷は負わせられるだろうが、勝ち切ることはまずできないだろう。今回にしたって、一歩間違えれば大怪我してただろうしな」
特に、黒龍を退かせる原因となった俺の最後の一撃については、勝算はあったものの博打の要素が強かった。
あれで黒龍の勢いを削げないことも考えられ、その場合は俺も重傷を負っていたことだろう。悪くて相打ちと言ったところである。
クリスティーネは実際に重傷を負っていたしな。治癒術があったので事無きを得たが、治療の間に黒龍を抑えられるような者がいなければ、出来ない芸当だ。
「そう、ですね……また龍と戦うように言われても困りますし……」
俺の説明に、シャルロットも納得してくれたようだ。
俺達が龍の素材を売ったことを知られた場合、他の者から自分も龍の素材が欲しいと声を掛けられることも考えられるのだ。
そんなことを言われても、俺達だけでは龍の素材を手に入れることは難しく、また龍に挑もうとも思わない。龍を倒せる力があると思われ、無理な依頼が舞い込むのも困るのだ。
「どこか遠方で売り払うって手もなくはないんだが……まぁ、そのあたりは追々考えればいいだろう。それより、早いとこ素材を回収してしまおうか」
俺の言葉に、二人の少女は揃って頷きを見せる。それから再び、三人で手分けをして龍の素材を探し始めた。
そうしてしばらく経った頃、俺達の元には一抱え程にもなる黒龍と氷龍の鱗が集まったのだった。
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