438話 氷龍の少女と黒龍戦7
俺が戦場へと舞い戻った時には、状況は変化していた。
先程まで暴れ回っていた黒龍は、その体を地に縫い留められている。
黒龍の黒い体躯を、透明な氷が包み込んでいるのだ。
手足の動きを封じられた黒龍は、抵抗するようにレイへと大きく口を開く。だが首の動きだけでは氷龍まで届かず、空を切った牙が大きく音を立てた。
黒龍はレイを跳ね除けようと尻尾を動かすが、そちらも氷龍までは届かないようだ。
そこへ、レイが追い打ちをかけるように、息吹を浴びせかける。
白い霧に包まれた黒龍は、その身をますます凍てつかせる。やはり龍は息吹に耐性を持っているのだろう、帝都の外れの騎士達のようにその身を氷へと転じることはなかったが、それでも黒龍の身動きは封じられた。
俺は助力に走り出したところで、龍達から少し離れた場所にいるシャルロットの姿が目に入った。氷精の少女は、雪の上に座り込んだ格好で黒龍へと片手を向けている。
まさか負傷したのではあるまいか。俺はシャルロットの様子が気にかかり、そちらへと足を向けた。
「シャル、大丈夫か?」
間近で見るシャルロットの様子は、特に外傷は見られないものの、疲労のためかその表情ははっきりと青褪めて見えた。
俺の声に、シャルロットは黒龍へと片手を向けたまま、こちらへと顔を向ける。
「あっ、ジークさん……クリスさんは?」
「大丈夫だ、避難させた。シャルは平気か?」
「はい、平気、です。少し、魔力を使いすぎただけなので……」
そう口にするシャルロットの足元には、蓋の開けられた筒が転がっていた。どうやらシャルロットも、俺達と同じように強魔水を口にしたらしい。そうでなくては、黒龍の動きを封じるほどの氷塊を生み出すことは出来なかっただろう。
ただ、それだけの魔力を扱うのは、シャルロットにとっても負担が大きいようだ。その場に座り込んだシャルロットは肩で息をしており、そこから動けない様子だ。
「シャル、もう少し頑張れるか?」
「はい、頑張り、ます!」
「よし、頼むぞ」
氷精の少女の頭を軽く一撫でし、俺は再び腰の剣を引き抜く。そうして、争い会う二頭の龍へと向かっていった。
息吹を吹くレイに対し、黒龍も息吹で対抗をしている。
そうして俺の視界の中、レイの吐く白い霧が黒い奔流に呑み込まれた。
『くぅっ!』
堪らずといった様子で、レイが黒龍から距離を取る。黒龍の息吹を浴びたレイの頭部からは黒い残滓が立ち昇り、ところどころ鱗が剥げ出血が見られた。
「大丈夫か、レイ!」
『問題……ないわ!』
剣を構えながら氷龍の横に並んだ俺に言葉を返しながら、レイが黒龍へと尖爪を振るう。黒龍は腕を覆う氷を割り砕き、その一撃を受け止めた。
黒龍はその膂力で氷塊の拘束を割り砕いていくが、今だ下半身は囚われたままだ。今しばらく、その場から動けそうにはない。
『今のうちじゃ! 我もシャルも、もうあまり長くは持たんぞ!』
「わかってる!」
応えながら、黒龍へと向けて駆ける。
既に今までの攻防で、黒龍の体には無数の傷が付いている。何れも致命傷にはなっていないが、それなりに消耗した頃合いだろう。
俺は黒龍の腹側へと回り、斬撃の雨を浴びせかける。
黒龍も焦っているのだろう、息吹を吐く回数が格段に上がっている。けれど、黒龍の注意はレイが引いてくれているおかげで、俺やシャルロットが標的になることはない。
レイも息吹や爪で対抗し、なんとか黒龍の息吹の直撃は避けていた。それでも、完全に躱しきることは出来ず、次第に負傷を増やしている。
やはり龍と言うのは相当にしぶといようで、クリスティーネが欠けた分、またレイが少し押されているようだ。このまま戦闘が長引けば、黒龍が去るよりも先にレイが倒れてしまうだろう。
ちまちま削っていても埒が明かない。
ここは一発、でかいのをぶち込もう。
黒龍から若干の距離を空け、俺は剣を構える。
足を開き、剣を片手に、反対の手を刀身へと添えた。
魔力を練り上げ注ぎ込めば、剣からは虹色の光が溢れ出る。
強魔水の働きで、練り上げる魔力は普段の比ではない。
溢れる輝きは太陽の如く、伸びる虹光は幅広の大剣と化した。
俺の背丈ほどにもなる魔力の刃は、普段以上に制御が難しく剣を握る手が震える。
強い魔力と言うのは、得てして魔物を引き寄せるものだ。
これまでは黒龍の注意を引かないようにと、魔力を抑えて戦っていたのだが、俺の魔力を脅威と見たか、黒龍が俺の方へと顔を向けた。まぁ、単に虹色の光がただ眩しかった可能性もあるが。
注意の逸れた黒龍へとレイが爪を振るうが、漆黒の龍は片腕でそれを受け止める。そのままレイの方へは向かわず、俺の方へと首を伸ばしてきた。
黒龍の大顎が俺へと迫る。
剣に注ぎ込んだ魔力の制御に集中している俺は、その場から動けない。
だが、これは好機でもある。
ただ黒龍の鱗の上から斬撃を浴びせたところで、効果は薄い。
危険はあるが、龍の口内を直接攻撃できれば、絶大な効力を発揮するだろう。
迫る灼赤の絶望を前に、剣を腰だめに構えた俺は、
「――おぉっ!」
裂帛の気合と共に、剣を一閃させた。
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