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431話 氷龍の少女と対龍訓練8

 レイの棲み処である洞窟の奥、魔術で作り上げた小部屋の中で、俺は毛布の上へと腰を下ろした。

 辺りが闇へ包まれる時刻、人里離れたこの地では人工の明かりなどなく、雲に覆われた空からは星々の光も届かない。そんな洞窟の中では、明かりの魔術具の光が頼りだった。


 そろそろ、明日に備えて眠らなければ。明日はいよいよ、黒龍へと挑むのだ。寝不足で体が動かない、なんてことになるのは不味い。

 クリスティーネとシャルロットの二人は、身を寄せ合って既に眠りについている。日中の訓練で疲れたのだろう。二人ともますます体力をつけているが、その分訓練も激しくなっているからな。


 そうして横になろうとする俺に、ふと影が差した。

 顔を上げてみれば、俺の前に立ち毛布を胸に抱くレイの姿がある。


「レイ? 起きてたのか?」


「うむ、少しな」


 普段であれば、クリスティーネ達と一緒になって眠っているはずだ。目が覚めたのだろうか。

 その姿は、何か言いたげに少しそわそわとしている。


「どうかしたか?」


「いや……その、傍で眠っても良いか?」


「ん……? そりゃ、構わないが」


 レイの言葉に、首を捻る。

 ここで暮らし始めた当初こそ、レイの正体が氷龍だということで、俺も少し落ち着かないところはあった。だが数日も経てば、すっかりと慣れてしまった。

 確かにレイは氷龍だが、俺達の考え方に近いのだろう。その内面は、外見と同じ少女のそれだった。


「いいぞ、レイ。たまには一緒に寝るか」


「そうか」


 俺の答えに、氷龍の少女は安堵したように息を吐きだした。

 それからレイは俺の傍へと潜り込み、同じ毛布をかぶる。そうして俺の服を軽く握り、胸元へと頭を擦り付けた。


 たまにシャルロットの見せる、甘えるような仕草だ。氷龍と言えど、まだ子供だということだろう。

 俺は丁度良い場所にあるレイの頭へと、軽く片手を添えた。


「何かあったか、レイ?」


「……いや」


 声を掛けるも、レイはどこか言うのを迷っているように、もぞもぞと体を揺らした。

 それから、俺の腕の中からこちらをちらりと見上げる。


「その……ジーク達は、黒龍を追い払ったら、どうするのじゃ?」


「そうしたら、仲間のところに帰らないとな。フィナを助けてやらないと」


 フィリーネを助けるための氷龍の鱗は、訓練中に十分な量が集まっている。これがあれば、きっとフィリーネを助けることが出来るだろう。

 ただ、その時にはアメリア達は、拠点としていた洞窟を離れ王国を目指していることだろう。それでも、フィリーネはその場に残しておくよう伝えてあるので、洞窟に戻れば彼女を救うことが出来るはずだ。


「そう……じゃよな」


 俺の言葉に、レイはどこか落ち込んだように顔を伏せた。

 その様子に、俺は首を捻る。


「レイ? それがどうか……あぁ、そうか」


 言いながら、思い至った。

 俺達がここを発つということは、レイと別れるという事なのだ。

 そうすると、レイはこの雪山に一人きりになってしまう。


 レイとしばらく過ごして分かったが、この子は氷龍でありながら、とても人懐っこい子だ。俺の作った料理を実に美味しそうに食べ、眠る前には人の世界の話をせがみ、クリスティーネやシャルロットと身を寄せ合って眠る。

 氷龍だということを知らなければ、普通の子供とそこまで変わらない子だ。


 氷龍と言うのは、あまり仲間意識の強い魔物ではないらしい。群れることはなく、個々の縄張りを持ち、一頭で生き、一頭で暮らす。

 そんな氷龍の中では、レイはかなりの変わり者だろう。まぁ、人に姿を変えられることから、普通の氷龍でないのは明白なのだが。


 この娘は少々、人に近すぎる。

 この氷龍の少女は、この先たった一人きりで、果たして生きていけるのだろうか。


「って言ってもな……」


 だからと言って、軽々しく「一緒に来るか?」とはとても言えない。いくらレイが人の姿になれるとはいえ、その本質は氷龍なのだ。

 そりゃあ、共に帝都に行くくらいは可能だろう。人に姿を変える魔術はそこまで魔力を消費しないようで、龍の魔力からすれば微々たるもの。現に、俺達に正体を明かす前は数日間、人の姿を維持していたのだ。


 けれど、それが可能なのは限られた期間だけだ。レイと一緒に旅をするようなことは出来ない。人のいるところで龍の姿になど、戻ることは出来ないからな。かと言って、ずっと人の姿でいることは、レイにとっては窮屈だろう。

 それに、気候のこともある。ここのような雪国で生まれ育ったレイには、王国の気候は暑すぎるだろう。


「ごめんな、レイ。一緒にいてやることは出来ない」


 軽く氷色の髪を撫でれば、氷龍の少女はこちらを上目で見返す。


「……わかっておる。今までだって、一人で生きてきたのじゃ。これからだって平気じゃ」


 レイはクリスティーネ達を起こさないよう、声を潜めながら明るい声を出す。だが、その言葉にはどこか隠し切れない寂しさが窺えた。

 それから氷龍の少女は、「ただ……」と顔を伏せる。


「……お前さん達と一緒にいられたのは、本当に楽しかった」


「俺も楽しかったよ。強くもなれたしな。レイのおかげで、フィナを助けてやれる」


 レイのおかげで、俺達は龍とも多少は渡り合えるようになった。訓練中に得た氷龍の鱗があれば、氷像と化したフィリーネのことも、救い出すことが出来るだろう。

 それに何より、レイと一緒にいるのは楽しかった。とても好奇心が旺盛で素直な氷龍の少女は、俺達の話に耳を傾け、表情をころころと変えたものだ。


「それに、別に明日が最後ってわけじゃないだろ?」


 黒龍を追い払う準備が整ったとはいえ、その所在はわからないのだ。明日から黒龍を探しに行くとは言え、首尾よく見つけられるとは限らない。

 もしかすると、黒龍は既にこの地を去っている可能性もあるしな。その場合は、戦うことなく目的達成だ。黒龍と戦うために訓練を重ねたとはいえ、戦わないに越したことはないからな。


「黒龍を追い払ったって、その日のうちに帰るわけでもないしな。一日くらい時間を取って、休んでいくさ」


「そうか……そうか、そうじゃな」


 俺の言葉に、レイは俺の胸元で数度頷きを見せる。

 それから氷龍の少女は再び俺を見上げ、実に嬉しそうに笑みを見せた。

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