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430話 氷龍の少女と対龍訓練7

 雪を巻き上げ迫る破壊の権化に対し、俺は斜め方向に跳び上がった。足元すれすれを氷刃が斬り裂き、巻き起こす風を身を捻ってやり過ごす。

 そのまま中空で体勢を立て直すと、俺は落下の勢いを利用し氷龍へと虹色に光る剣を振り下ろした。


 鋼を打ち付けたような反動が剣を握る手へと返るが、その代わりのように氷龍の鱗が数枚、その身から剥がれ宙へと舞った。


「えーい!」


 氷龍を挟んで反対側、龍の胴と地面の隙間から、向こう側で剣を振るうクリスティーネの姿が垣間見える。剣を振り切った態勢を見るに、上手く鱗のある部分を避けたようだ。


「『大氷拳アイス・グロース・ファウスト』!」


 鈴の鳴るような声と共に、氷龍の体が大きく揺れる。

 突如として地面から生えた巨大な腕が、氷龍の首の付け根あたりを強かに打ち付けたのだ。

 強烈な打撃に、さしもの氷龍もくぐもった声を漏らす。


 今のシャルロットの魔術も、受けた氷龍であるレイの助言に基づいている。

 曰く、氷龍の力は俺達人とは比べ物にならないほどに強い。初めて戦った時のように魔術で四肢を抑えようとしても、容易く割り砕かれるという事だった。


 狙うべきは首か、鱗のない腹側が有効的だという。だが、鱗がないとはいえ氷龍の皮膚は強靭で、俺やクリスティーネのようにミスリル製の剣でもなければ、魔術で傷をつけることは難しい。

 そこで提案されたのが、大質量による打撃だった。それならば、氷龍の肉体にも衝撃を伝えることは可能だということだ。


 氷の拳を受けた氷龍は、大きく後方へと羽ばたき俺達から距離を取る。そうして鎌首を持ち上げ、翼を広げて見せた。

 龍圧の予備動作だ。


 俺は瞬時に体内の魔力を練り上げる。これも、連日の訓練のおかげで、各段に速度が上がっている。

 そうして氷龍が龍圧を放つと同時、俺も魔力を解き放った。


 不可視の圧力が、俺の体に圧し掛かる。いくら俺が龍圧もどきを扱えるようになったとは言え、本物の龍には遠く及ばない。氷龍の放った龍圧を相殺しきることは叶わず、それは俺の身を襲うのだ。

 それでも影響を減じることは出来ており、重圧を感じながらも動くことは出来る。それを確認し、俺は剣を握り直した。


「『光龍鱗』!」


 声と同時、視界の端でクリスティーネの体が光る。彼女が龍鱗の魔術を発動したのだ。

 光の鱗に包まれるその姿は、小さな龍にも見える。龍鱗の魔術を使用することで、クリスティーネは龍圧による影響を抑えられるのだった。


 龍鱗の魔術の効果はそれだけでなく、使用している間は身体能力が向上するようなのだ。

 クリスティーネはぐっと屈み込んだかと思えば、弾かれたような速度で氷龍へ向けて飛翔した。その動きは、龍圧の影響をものともしていない。


 半龍の少女の剣が陽の光を反射する。

 煌めく刃は氷龍の首を目掛け、一直線に振るわれた。


 ガツンという重い衝突音と共に、少女の動きが止まる。

 クリスティーネの剣を、氷龍は歯で受け止めたのだ。

 氷龍の歯は鱗以上の硬度を誇り、少女の剣を噛み止めている。


 そのまま氷龍が首を振れば、クリスティーネは成す術もなく、くるくると宙を舞う。それでも銀の翼を広げ、少女は中空で体勢を立て直した。

 もちろん、俺はその間もただ見ているだけではなく、氷龍へと向けて駆けている。この手に握った剣は、まだ虹色に光ったままだ。


 氷龍は首を振った態勢だが、その金の瞳は俺の姿を捉えていた。

 氷龍の大きな爪の伸びる腕が、俺の方へと伸びる。

 軽く触れただけでも大怪我は免れないそれへと飛び込む。


 氷龍の爪の動きを見切り、指の間へと剣を振り下ろす。

 硬い手応えと同時、また数枚の鱗が弾け飛んだ。

 痛みを感じるのだろう、氷龍は声を漏らして腕を引く。

 それに合わせ、俺も後方へと距離を取った。


 そうして再び氷龍と向き直る。

 さて、次はどう攻め込むかと考えていると、ふっと氷龍が力を抜いたのが分かった。

 次いで、頭の中へと声が響く。


『うむ、これだけ出来れば上出来じゃろう』


 氷龍であるレイの声だ。どうやらここまでらしいと、俺も肩の力を抜いた。

 剣を納めれば、クリスティーネとシャルロットがこちらへと近寄ってきた。氷龍であるレイも、のっしのっしと巨体を揺らしながらこちらへとやってくる。


「悪くはないと思うが……レイとしては、このくらいで十分だと思うか?」


『うむ。そろそろ黒龍の奴めを追い払うことが出来よう』


 氷龍を見上げて問いを投げれば、頭の中へと声が返った。

 レイと共に訓練を始めて、二十日余りが経過した。俺達の腕は日に日に上達し、レイを相手にしても一歩も引くことなく渡り合えるようになっている。


 途中からレイとは龍圧も交えて模擬戦闘をするようになったが、俺達はそれにも対応が出来るようになっている。クリスティーネは新たに龍鱗の扱いを会得したようで、向上した膂力で龍の鱗を割り砕くこともできるようになっていた。

 そろそろ、黒龍に挑んでも良い頃だろう。既に旅に出てから四十日以内にアメリア達の元に帰ることは出来なくなってしまったが、早いに越したことはない。


 もちろん、黒龍に負ければ意味もないが、そろそろ腕前の向上も煮詰まってきたところだ。食料も少なくなってきたところだし、黒龍に挑む時期としても適当だろう。


「でも、本当に黒龍に勝てるんでしょうか……」


 シャルロットが俯きがちに、少し小さく声を漏らす。少し自身のなさそうな様子だ。


「ちょっとは戦えるようになったけど、レイちゃんも倒せそうにはないもんね?」


 いつもは笑顔を振りまくクリスティーネも、この時ばかりは不安があるようだ。

 そこへ、実に自信のありそうな声が頭の中へと響く。


『なに、我も共に戦うのだ! 倒せないまでも、追い払うことは出来るじゃろうて!』


「あ、そっか!」


 レイの声に、クリスティーネが両手を打ち鳴らす。

 そう、俺達は三人でレイに挑んでいるのだが、実際に黒龍と戦う際には、そのレイが味方にいるのだ。


 俺達だけではどれだけ頑張ったところで、まだ龍に勝つことは出来ない。多少渡り合うことは出来るようになったとは言え、倒すことはもちろん、追い払うこともできないだろう。

 だが、何と言っても俺達には氷龍であるレイがついているのだ。レイは龍の中では子供だというが、俺達からすれば立派な龍である。


 レイが黒龍を正面から抑えてくれている間に、俺達は横や後ろ側から攻撃を加えれば良いのだ。黒龍にとって、俺達の中で脅威となるのは、間違いなく氷龍であるレイだ。俺達に注意が向くことはほとんどないだろう。

 レイが注意を引いてくれている間に、俺達はただひたすら黒龍を攻撃するのだ。自らの不利を悟れば、黒龍もこの地から立ち去ってくれるはずだ。


「怖いのは、黒龍の息吹くらいだな」


 黒龍も龍の例に漏れず、息吹を使用するらしい。氷龍のように浴びた者を氷に変えるような特殊な力はないようだが、とにかく破壊力があるようだ。レイが前回破れたのも、黒龍の息吹が原因らしい。

 残念ながら、龍の息吹に対する訓練は出来なかった。何せ、レイの息吹を浴びれば氷に変わってしまうからな。訓練で使用するには、危険すぎる。


『黒龍の息吹に関しては、前に話した通りじゃな。奴の死角に入るか、我の後ろに隠れるがよい』


 もしも黒龍が息吹を放ったのならば、とにかく回避だ。横に回り込んだだけでは、黒龍が首を捻るだけで届くので、龍の下か後ろに潜り込むのが安全だろう。

 もしくは、レイを盾とする方法だ。数発であれば耐えられるということだし、レイ自身も息吹で対抗が出来るそうなので、そこは頑張ってもらおう。


 そう考えていると、レイの体が風雪に包まれ、その姿が氷龍から半龍の少女へと転じた。見上げる姿から見下ろすものへと変わった氷龍の少女は、俺の方へと近寄りこちらへと掌を向ける。


「その話はまたするとして、ジークよ、我の怪我を治してはくれぬか?」


 そう口にするレイの指の間には、血が滲んでいる。丁度、俺が氷龍の姿のレイに対して、剣で斬りつけたところだ。

 俺がレイの差し出した手を取れば、ひんやりとした感触が返る。


「あぁ、すぐに治すよ。今日もありがとうな」


「まったく、お前さん達は遠慮と言うものがないのじゃ……まぁ、黒龍の奴めと戦うことを考えれば、手も抜いてはいられぬからのう」


 俺の治癒術を受けながら、レイは俺達の顔を順番に眺める。


「皆、頼りにしておるぞ」


 そう言って、氷龍の少女は自信あり気な笑みを見せた。

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