424話 氷龍の少女と対龍訓練1
『それで、ジークハルトよ。まずどちらから始めるのじゃ?』
見上げるほどの頭上から、頭の中へと直接声が響く。レイの寝床である洞窟の外、俺達の前には氷龍へと姿を変えたレイの姿があった。
レイが氷龍だということが分かった、翌日のことだ。俺達は今日から早速、黒龍に挑むための訓練を始めることになった。洞窟の中では、さすがに氷龍が自由に動き回れるほどのスペースはないので、外へと出てきたというわけだ。
先程のレイの問いは、俺に対して何をするのかと言う問いだ。
俺達がしなければならない訓練として、大きく分ければ二つある。
一つは、純粋な戦闘訓練である。普段仲間内でやっている模擬訓練を、氷龍であるレイを相手にやろうという試みだ。
いつもクリスティーネ達を相手にした訓練と言うのは、つまりは対人戦である。腕を磨くのに効果はもちろんあるだろうが、魔物を相手にした戦い方とは、少し異なる。
それと比較すれば、氷龍と戦うと言うのは良い経験になるだろう。実際に龍と戦う他に、大型の魔物を相手にした時のことも想定できるというわけだ。
そしてもう一つは、龍圧に耐える訓練である。
龍圧と言うのは、龍の放つ魔力を利用した威圧だ。放出された魔力は広範囲に及び、回避も防御も極めて難しい。
龍圧を浴びた者は、そのあまりの魔力の濃さに、体の動きを止められる。そこを狙われれば、どんな熟練の冒険者だろうがひとたまりもないだろう。
黒龍と戦う際には、間違いなく龍圧も使ってくるだろう。それに耐えられなければ、黒龍と戦うなど夢のような話だ。
通常の戦闘訓練と龍圧に耐える訓練、どちらから始めるのか。
俺の答えは前以て決めていた。
「まずは、龍圧の訓練から始めよう」
その理由は、もちろんある。
単純な話、龍圧に耐えるというのがどういうことなのか、わからないからだ。
龍を相手にした戦闘訓練というのは、大体何をするのかは想像できる。丁度、昨日レイと戦ったようなことを繰り返すわけだ。
何度も戦えば、龍を相手にした戦い方と言うのも身につくだろう。レイに傷を負わせるようなことが出来れば、黒龍を相手にしても太刀打ちできるはずだ。
だが、龍圧に耐える訓練と言うのは、いまいち想像が出来ない。ただ全身に力を入れたり、身体強化を張り巡らせれば耐えられるというものでもないだろう。
そもそも、俺達に龍圧を耐えることが出来るようになるのかもわからないのだ。なので、訓練を始めるのであれば早い方が良いと考えたのだ。
『うむ、よかろう。では、まずは我が龍圧を試みる。何度も受ければ、多少は慣れるじゃろうて。昨日と違い、本気で行くから覚悟せい』
「ちょっと待て、昨日は手を抜いていたのか?」
『うむ、多少な』
レイの言葉を聞き、ますます不安が募る。俺達は全力ではないレイの龍圧を受けて、動けなくなっていたのだ。だというのに、全力の龍圧を受けても大丈夫なのだろうか。
「危険はないか?」
『まぁ、大丈夫じゃろうて。物は試しじゃ。ほれ、行くぞ!』
心の準備をするよりも早く、レイが翼を広げて一声吠える。
その途端、俺の体は冷水を浴びせかけられたように凍り付いた。
ずっしりと圧し掛かる重圧に、膝が折れかける。息が詰まり、心臓が直に掴まれているような感覚だ。
何とか体を動かそうとするものの、指先一つとして動かない。そのまま、ただ時間だけが過ぎていく。
やがて、レイが龍圧を解いたのだろう、身に襲い掛かる重圧がふっと消え去った。
俺が思わず息を吐きだすのと同時、隣にいたクリスティーネがその場に崩れ落ちた。
俺は慌てて少女の傍へと身を寄せる。
「大丈夫か、クリス?」
「うん、平気だよ。ただちょっと、腰が抜けちゃって……」
どうやら濃すぎる魔力に当てられたようだ。クリスティーネは額に汗を掻き、少し息を乱している。無理に立たせるよりも、息を整えるまではそのままでいさせた方が良いだろう。
それから俺はもう一人の少女、シャルロットの方へと目を向けた。
「シャルは大丈夫か?」
「はい、なんとか……」
そう口にするシャルロットも少し表情が青褪めて見えるが、クリスティーネのように座り込むことはないようだ。その様子を見ると、どうもクリスティーネよりも龍圧に耐えているように見える。少し意外な結果であった。
もしかすると、内在魔力量の差かも知れない。龍圧は魔力の塊を放出するものだ、受け手側の魔力量によって、与える影響が変わってもおかしくない。
シャルロットは、俺達の中では最も多くの魔力を有している。ひょっとすると、俺達の中で一番に龍圧に耐えられるようになるのは、シャルロットかも知れないな。
俺自身も魔力は多い方だ、シャルロットに可能ならば、次いで俺も龍圧に抵抗が出来るようになるだろう。
その反面、クリスティーネの魔力量は一般人よりも多いものの、冒険者としては並くらいだ。今の様子を見ても、少女には少し負担かも知れない。
『ほれほれ、さっさと立たぬか! こんな調子では日が暮れてしまうぞ?』
氷龍の姿のレイが、急かすように両腕を動かす。本人にとっては小さな動きかも知れないが、俺達にとってはそれすら驚異的だ。あまり動かないでもらいたい。
「わかってるが、少し時間をくれ」
「私なら大丈夫だよ、ジーク! ほら!」
俺の言葉に重ねるようにクリスティーネが声を上げ、膝に手を当て立ち上がって見せる。半龍の少女は勢いあまって少しふらついたものの、倒れることなくその場に立って見せた。
そうして、問題ないことを主張するように、両手と翼を広げて見せる。
「無理はしてないか、クリス?」
「平気だよ! まだまだ頑張れるんだから!」
「そうか……体調が悪くなったら、すぐに言うんだぞ?」
「うん!」
ひとまず、クリスティーネも持ち直したようだ。この様子であれば、まだまだ訓練は続けられそうである。
「それじゃレイ、もう一度頼む」
『うむ、よかろう。行くぞ!』
それからしばらくの間、俺達はひたすらレイの放つ龍圧を全身に浴びるのだった。
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