423話 氷龍の少女の頼み事4
石造りのテーブルの上に、湯気を立てる料理が並ぶ。
ここは、氷龍であるレイの住処の洞窟、その奥に新たに設けた、小さな洞窟の中だ。
黒龍を追い払うために、龍と戦えるよう訓練をする必要があるのだが、そんな力が一朝一夕で身につくはずがない。そんなわけで、レイの棲み処に俺達の居住スペースを作り上げたというわけだ。
そこまで長く滞在する予定はないので、用意したのは食事と寝るための部屋を兼用で一室、それに風呂と用を足す場所だ。
そうして生活の場を整えた俺達は、日が暮れたところで夕食を取ることにした。
この場でテーブルを囲むのは俺の他にはクリスティーネとシャルロット、それから何故か氷龍であるはずのレイである。
「なぁレイ、氷龍であることは明かしたんだから、何も俺達と一緒に食べる必要はないんじゃないか?」
レイの正体が氷龍であることは、既に話した通りである。それなら、レイも本来の姿でいる方が、体調的には楽なのではないだろうか。まぁ、俺達としては威圧感を感じない、少女の姿の方が接しやすいが。
食事にしたって、普通の龍が口にするような、魔物の肉を食べるのが自然ではないのかと思うのだ。
だが、そんな俺の言葉に、レイはパンを千切りながらむむっと眉根を寄せて見せる。
「別に良いではないか! 肉は好きじゃが、我は人の作る料理というものも好きなのじゃ!」
「まぁ、レイがそれでいいのなら構わないが……」
「ご飯はみんなで食べる方が美味しいもんね!」
食料にはまだまだ余裕があるし、氷龍の姿ならばともかく、今のレイが口にするくらいの量ならば何の問題もない。今から一人で狩りに行って食ってこい、と言うのも冷たすぎるしな。
まぁ、食事の面に関しては、まだ理解が出来る。
そこで俺は、「だが」と言葉を漏らしつつ、匙を持つ手を止めテーブルの右手へと目を向ける。
「何も、一緒に寝る必要はないんじゃないか?」
視線の先は部屋の片隅、毛布が纏めて置かれている個所だ。今日からしばらく、俺達はこの部屋の一角で雑魚寝する形となる。寝心地は決して良くはないだろうが、寝台など持ち運べないのだから仕方がない。
だが、問題はレイも一緒に寝ると言い出したことだ。
確かに、ここ数日はレイも同じ天幕の中で寝起きしていた。だがそれは、レイが氷龍だと知らなかったためである。
言うまでもないことだが、野生の龍は人の姿に化け、毛布に包まって寝たりなんかはしない。精々、寝心地をよくするためか防寒のためか、木屑や藁なんかを集めるくらいで、実際に通路の向こうにあるレイの寝床はそんな感じだった。
氷龍であることを打ち明けた以上は、本来の寝床で寝るのが筋というか、自然なのではないかと思ってしまうのだ。
しかしレイは、俺の言葉に普通の少女らしく少し頬を膨らませて見せる。
「何じゃ、我と共に寝るのが嫌と言うのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
これで、人化したレイの姿がクリスティーネくらいの年齢であれば、嫌が応にも意識させられていただろう。だが、実際の姿はシャルロットくらいの少女なわけで、特に意識するような必要もない。
もう何度か一緒に寝たわけで、今更である。正体が氷龍と言うことで少々落ち着かないところはあるが、寝首を掻こうと思えばいくらでもできたわけで、そう言う意味では警戒も不要だろう。
「……折角一緒にいるというのに、一人で寝るのは寂しいではないか」
ぽつりと、レイが小さく言葉を崩す。
話を聞いた限りでは、レイは俺よりもずっと長生きをしているようだが、それでも龍としてはまだまだ子供らしい。精神的にも見た目通りであるのならば、こんなところにずっといては心細くもなるだろう。
「ジークさん、レイさんも一緒じゃダメですか?」
「構わないさ。しばらくはこの四人で過ごすんだしな」
シャルロットの言葉に、俺は少し表情を緩める。若干、俺は未だ落ち着かないところはあるが、クリスティーネもシャルロットも、レイに対して怯えるような態度は見えない。レイが望み、二人が受け入れているのであれば、俺からとやかく言うつもりはないのだ。
それからは、食事を続けながら翌日のことについて話をし始める。
「それでレイ、具体的にはどんなことをしていくんだ?」
「むぅ、とは言え我も人に対して、龍の狩り方など教えるのは初めてじゃからな。しばらくは、手探りでやる他にあるまい」
「まぁ、そりゃそうだよな」
いくらレイが氷龍とは言え、龍との戦い方を熟知しているわけがない。むしろ、氷龍だからこそ人の戦いなど知らないだろう。
それでも、氷龍の姿のレイと戦闘経験を積めれば、来る黒龍戦でも満足に動くことが出来るはずだ。
「ねぇジーク、明日からはレイちゃんと戦ってみる感じになるかなぁ?」
「そうだな、氷龍と訓練が出来るって言うのは、すごい経験になると思うぞ? 俺とクリスには治癒術もあるし、多少怪我してもいいから実戦してみよう」
氷龍と訓練が出来るような者など、世界広しと言えども俺達くらいなものだろう。前例があったら驚きだ。ここでの経験は、俺達にとってはものすごく価値のあるものになるはずである。
俺とクリスティーネが治癒術を使えるということで、多少無茶が出来るというのも大きい。もちろん、訓練でも気を抜けば死にかねないが、昼に戦った感じを振り返るに、油断さえしなければ即死はしないだろう。
「あとは、龍圧への対策ですね。ジークさんは、どうお考えですか?」
「あれについては俺も詳しくないからな……レイ、そっちはどうする?」
「うむ、基本は慣れじゃな! 我が龍圧を放つから、お前さん達はひたすら耐えてみよ。龍の間では龍圧には龍圧を返すものじゃが……人の身で出来るのかはわからぬ」
「そうか……龍圧も、つまりは高濃度の魔力だもんな」
龍について書かれた本には、龍圧と言うのは龍が持つ膨大な魔力を、外へと放出したものだと書かれていた。つまり、理屈だけで言うのであれば、人にだって同じことが可能なのではないだろうか。
要は、魔術を使う時と同じようなことだ。魔術と異なるのは、より濃度の高い魔力を、魔術以外の形で外へと放出する点だろう。
もしも俺達に龍圧もどきが使えるのであれば、龍の使う龍圧にも対抗できるかもしれない。普段の狩りにだって、獲物の足止めなんかでも使えることだろう。
「それで、龍と戦えるようになるには、どれくらいかかるかなぁ?」
「さてな、時間はかけるだけかけたいところじゃが、お前さん達は先を急いでおるんじゃったな。とは言え、甘く見ても陽が二十度昇ったところで終わらぬじゃろうて」
「二十日か……」
訓練を疎かにして黒龍に殺されてしまっては元も子もないが、あまり時間をかけてはいられないのが現状だ。洞窟で待つアメリア達には、四十日を過ぎたら王国を目指すように伝えてある。
ここに来るまでは旅に出てから十日ほど。戻るのに同じくらいかかるとしても、二十日だ。残った日数を丸々訓練に当てたところで、黒龍と戦うことも考えれば四十日以内には戻れない計算だ。
俺達が氷龍の鱗を手に入れて戻るころには、アメリア達は既に出てしまっているだろう。
それでも、そこにはフィリーネが残されているはずだった。彼女を元に戻すことが出来れば、俺達も改めて王国を目指そう。火兎族の隠れ里まで行けば、またアメリア達にも会えるはずだ。
アメリア達には悪いとは思う。けれど、希望が見えた以上は、一度戻るほどの時間もない。
ままならない現状に、俺は小さく溜息を吐いた。
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