421話 氷龍の少女の頼み事2
「ねぇレイちゃん、人の姿になるのって、他にも変わることってあるの?」
俺が人化の魔術について考えていると、クリスティーネがレイへと問いかけた。
その言葉に、レイは軽く頷きを返す。
「うむ、あるぞ。まず、龍の力がなくなることじゃな。魔力自体は変わらぬが、今の我の力自体は、見た目通りのものじゃ」
どうやら人化の魔術を使用すると、その弊害として体力が大きく落ちるようだ。確かに、ここまで来る途中でレイは何度も肩で息をしていたし、俺も何度も背負って運んでやった。
到底、疲れた演技には見えなかったが、今のレイの体力は子供のそれと同程度、ということである。
しかしそれが本当だとすると、今の姿のレイを抑え込むこと、それ自体は容易いということだ。やろうと思えば、剣の一振りで首を飛ばすことだって可能だろう。
だというのに、レイが人の姿を取ったということは、それくらいには俺達の事を信用してくれているということなのだろう。
「その代わりというか、その場から動かなければ体力の消費が抑えられるな。ほれ、我がお前さん達に助けられた時に人の姿を取っていたのも、それが理由じゃ。あとは、食事の量が少なくて済むという利点もあるな」
どうやら怪我を負ったレイは、それ以上の消耗を抑えるために、人の姿へと己の身を変えていたようだ。そこへ、俺達が通りかかったというわけである。レイ曰く、龍の姿のままでは命を落としていただろうということだ。
食事の量についても、俺達と共に食べた際は、シャルロットと変わらない量を口にしていた。本来、龍が口にする量と比較すれば、比べるべくもないだろう。
レイは「それから」と言の葉を溢しつつ、テーブルへと片手を伸ばし、新たにクッキーを一枚手に取った。
それを、見せつけるように俺達の方へと掲げて見せる。
「何と言っても、味覚が変わることじゃな!」
「……へぇ、味覚が?」
少し意外な変化だが、ここまで姿形が大きく異なるのだ、そういうこともあるだろう。
レイは俺の言葉に軽く頷きを返すと、実に嬉しそうな表情でまた一つ、クッキーを口に含んだ。
「人の作る食事というのは、まっこと良いものよ! これを味わえただけでも、人の姿になった甲斐があったというものじゃ!」
どうやらレイは、人の作る料理を大層気に入っているらしい。
確かに、俺達人の食べる食事というのは、一般的な生物と比べてもかなり特殊な代物だろうからな。少なくとも、自然界の中ではおいそれと口にできないものだろう。
「普段、レイさんは何を食べているんですか?」
「獲物の肉じゃな。まぁ、それ自体も悪くはないのじゃが……ちなみに、一度だけ人の姿で食らいついてみたが、食えたものではなかったのう」
「そりゃそうだろうな」
レイの言葉に、俺は苦笑を返す。
普段、氷龍が仕留めた魔物の肉を食らっているというのは、想像通りだ。しかし、それに人の姿で食らいつくとは、レイもなかなか思い切ったことをする。
そりゃあ、俺達だって生肉を口にする機会くらいは多少ある。とは言っても、基本的には火を通してから食べることが多いのだが。
その生肉にしたって、適切に処理をしてから食べるものである。それに対し、間違いなくレイは血抜きなどもせずに、肉へと噛みついたことだろう。それでは、獣臭くてかなわないはずだ。
「さて……」
俺は一度紅茶で喉を潤し、一息つく。いろいろと知れたのは良かったが、少々本題からそれてしまったようだ。そろそろ、話題を修正した方がいいだろう。
レイに聞きたいことは、まだまだある。
「それでレイ、レイが氷龍だということを、俺達に隠していたのはどうしてだ? いや、もちろん、ただ言われただけでは信じなかっただろうが」
俺達はここ数日、レイと行動を共にしていたのだ。自らが氷龍だということを打ち明ける機会は、いくらでもあっただろう。
話を聞いただけでは信じられなかっただろうが、こうやって実際に目にしてみれば、信じざるを得ない。だが、レイはここに来るまで、俺達に正体を隠していたのだ。
隠していたのには理由があるだろうし、ここに来て明かしたのも、何か思うところがあったのだろう。そのあたり、知っておいた方がいい。
俺の言葉に、レイは小さく頷きを見せる。
「うむ、ジークハルト達に助けられ目覚めてからしばらくは、体力が戻っていなかったからな。あの場で龍の姿に戻ることは出来なかったのじゃ」
やはり、救出直後のレイは弱っていたらしい。最低限の体力を戻すために、人の姿を維持していたというわけだ。
「それで、話を聞けば氷龍の鱗を探しているというではないか。そんな中では、龍の姿に戻れば驚かせると思うてな。飛び去ったとしても、お前さん達は追いかけてきたじゃろうし、助けてもらったお前さん達と争うのは避けたかったのじゃ」
なるほど、レイは俺達に配慮してくれていたらしい。こうやって話も出来ているし、何とも話の分かる氷龍である。
だが、わからないことはまだある。
「それで、何だってここに来て話す気になったんだ? それも、正体を明かした途端に襲い掛かってきたのは、どうしてだ?」
「お前さん達に打ち明けたのは、お前さん達が信用できると思ったからじゃ。先を急ぐ旅じゃというのに、このような怪しげな幼子を送り届けようというのじゃからな。共にいたことで、お前さん達の人となりというのも、多少は分かった。あとは、単に我の寝床についたという理由もある」
「なるほどな……それについてはわかるが、何も戦う必要はなかったんじゃないか?」
実際にはギリギリのところで止めてくれたわけなのだが、そうなるよりも前、氷龍の姿へと戻ったところで、あの声を伝える術で呼びかけてくれていれば、剣を交える必要もなかったのではないだろうか。
「うむ、その事なのじゃが、説明をするには我が死にかけた理由から話す必要があるのう」
レイは今の見た目通り、氷龍としてはまだ幼いのだろう。それは、氷龍の姿が以前帝都の外れで見かけた個体よりも、二回りほど小さかったことからも窺える。
けれど、幼いとはいえ氷龍だ。生半可な魔物では、戦ったところで傷一つ負わせることが出来ないだろう。
だが、俺達がレイを見つけた時には、その全身に傷を負っていた。あの傷は、明らかに外敵によって付けられたものである。
つまり、ここからある程度の距離には、氷龍であるレイを追い詰めることが出来るほどの魔物がいるということである。
その第一候補は、やはり他の氷龍だろう。縄張り争いなどでもあったのだろうか。
そう考える俺の前で、レイはこちらへと顔を向け、真剣な表情を作った。
「実は、お前さん達に頼みたいことがあるのじゃ」
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