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420話 氷龍の少女の頼み事1

 洞窟内へと場所を移した俺達は、奥に土魔術で岩の椅子を生み出し、そこに腰を下ろしていた。俺の隣にはレイが腰掛け、同じく生み出した岩のテーブルの向かい側に、クリスティーネとシャルロットが腰掛ける形だ。

 本音を言えば、レイには離れてもらっていた方がいい。少女の姿をしているとは言え、先程俺達へと襲い掛かってきた氷龍でもあるのだ。そこにどのような意図があったのかは未だ不明だが、警戒は必要である。


 けれど、それを口に出すのは憚られた。近寄らないでくれ、などと言われればレイだっていい気はしないだろうし、機嫌を損ねて再び襲われるのも避けたい。

 そんなわけで、それとなく俺の隣に誘導したのだった。クリスティーネやシャルロットの隣に座らせるよりは、俺の隣の方が何かあった時に対処がしやすいだろう。


 レイは俺の思惑には気が付いた様子はなく、笑みを隠さずに茶菓子へと手を伸ばしている。どうやら大層気に入ったようだ。

 こういった甘味も旅には必要だろうと、わざわざ持ってきた甲斐があるといったものである。


「それでレイ、いくつか聞きたいことがあるんだが、いいか?」


「うむ、構わぬぞ。申してみよ」


 俺の問いに、レイは口元をもごもごと動かしながら答える。何とも気の抜ける様子だ。

 まず一つ、レイには確かめなければならないことがある。


「レイ、レイは今の姿と氷龍の姿、どちらが本当の姿なんだ?」


 わからないのは、本来のレイがどちらに属しているのかということだ。氷龍に姿を変えられる半龍族の娘と、人に化けられる氷龍とでは、今後の対応がまるで変わってくることになる。

 レイは口元に運んでいた紅茶のカップをテーブルへと戻すと、俺の方へと顔を向けた。


「龍の方じゃな。今の姿は、魔術で変えている仮の姿というわけじゃ」


「……なるほどな」


 その答え自体は、想定していたものだった。元々、レイは先程氷龍の姿になる前に、自らを氷龍だと言っていたのだ。であるならば、真の姿が氷龍だというのは、予め想定が出来た。

 ただ改めてそう聞くと、やはり信じられないという思いはある。

 思わず両腕を組んだ俺に対し、向かいに座るクリスティーネが俺の顔を覗き込んだ。


「ジーク、まだびっくりしてる?」


「あぁ、正直に言うとまだ信じられない」


 何せ、氷龍が半龍族の姿を取り、俺達と言葉を交わしているのだ。龍にそんなことが出来るなどという話は、これまでの生涯で聞いたこともないし、どの書籍にも記されてはいなかった。

 もしも前例があるのであれば、広く知られていたとしてもおかしくはない。何しろ、魔物の常識が覆るのだ。人に化けられる龍の話など聞けば、その道の研究者は卒倒することだろう。


 だが、そんな風に思い悩む俺に対し、クリスティーネとシャルロットには、そこまで驚いた様子は見えない。


「クリスとシャルは、思った以上に落ち着いてるな?」


「えっと……自分の目で、見ましたから」


「ん~、龍ってそういうものなのかなって」


 俺の言葉に、二人は揃って頷きを見せる。

 二人が冒険者となったのは、俺と知り合ってからである。そこそこの冒険者歴となってきただろうが、まだまだ熟練者と言うには程遠いくらいだ。


 そのため、魔物に関する知識も未だ、中途半端なところがある。よって、変に先入観がなかったことで、却って目の前の現実を受け入れやすかったのだろう。

 対して、俺の冒険者歴は二人よりも長い。しかも、日頃から魔物の知識を出来るだけ得るようにしている。俺の中の常識で言えば、レイの存在は非常識なのだった。これまでの知識が、音を立てて崩れて行く気がする。


 そして、聞きたいことはまだまだあった。

 レイの言ったことが、龍の中でも共通なのかということだ。


「なぁレイ、龍って言うのは、誰でも人に化けられるものなのか?」


 問題はそこだ。

 いや、厳密に言うと問題というわけではないが、知識としては知っておきたいところである。

 もしも龍が例外なく人に化けられたとすれば、大問題だ。ただでさえ強力な魔物だというのに、人に化け、人の言葉を解すとなれば、今知られている以上に厄介な存在だと言えるだろう。


 いや、考えようによっては、人に化けられた方が都合が良いとも考えられる。

 何しろ、意思の疎通が可能なのだ。対話が出来るのであれば、手を取り合って生きていくことだって可能だろう。

 今も人と龍とは互いに干渉しないような生活圏となっているが、明確に協定を結ぶことだって出来るかもしれない。


 そんな期待を抱いた俺だったが、レイは新たなクッキーへと片手を伸ばしながら、ゆるゆると首を横に振って見せた。


「いや、そんなことはないぞ? 我以外に人に化けられるのは、如何に龍と言えども母くらいのものじゃ」


 そう言って、手に取った二枚のクッキーを纏めて口へと放り込む。少女はさらに、「もっとも、やり方さえわかれば他の龍でも可能じゃろうがな」と続けた。

 レイの母というのなら、その者もまた氷龍なのだろう。確か、レイの話では随分と前に別れたきりだと言っていた。


 さすがに、すべての龍が人に姿を変えられるというわけではないらしい。レイとその母龍だけが、特別なのだろう。

 そうでもなければ、いろいろと大変なことになるだろうからな。レイのことですら、人にはおいそれと伝えられない。


「この魔術……そうじゃな、人化の魔術とでも呼ぶべきか。それと人の言葉も、母から教えられたものじゃ」


 どうやら俺達がこうしてレイと話が出来ているのは、レイの母親の働きがあってこそのもののようだ。


「ねぇレイちゃん、レイちゃんのお母さんは、どこでそれを覚えたの?」


「さてな、そこまでは聞いておらん。じゃが、母は龍の身でありながら、人のことが好きなようでな。あの……帝都と言ったか、人の住む町にも足を運んでおった。我も、何度かついていったものじゃ」


 どうやらレイとレイの母親は、帝都に潜り込んだこともあるらしい。龍の身であれば、ここから帝都までもそうかからないだろう。

 それにしても、随分と好奇心旺盛なことだ。もしも帝都内に龍が入り込んだことが知られれば、町は大変な騒ぎになっていたことだろう。そんな話を聞かなかったあたり、正体が露見するようなことはなかったようだが。


「それで、よく今までバレなかったな?」


「うむ、人化の魔術では、見ての通り翼と尻尾までは隠せなくてのう。じゃが、どうやらクリスティーネと同じ種族に見えるらしくてな。少し声を掛けられることもあったが、氷龍じゃと知られるようなことはなかったのう」


 それはそうだ、町中に人の姿をした氷龍がいるなどと、考える人などいるわけがない。俺だって、レイのことはずっと半龍族の少女だと思っていたのだ。それくらい、外見の特徴としてはクリスティーネに類似している。

 しかし、そうなると人化の魔術というものに、少し興味が湧いて来る。それを研究していけば、人が龍の姿になることだって出来るのではないだろうか。


 最も、それにはレイの協力が不可欠となるのだろうが。

 夢はあるが、俺達は魔術の研究者ではない。いつまでもこの場に留まり、そんな研究をしている時間はないのである。

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