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416話 行き倒れの半龍少女12

 レイが堂々と言い放った言葉に、俺はますます首を傾げる角度を増した。

 この少女は、いきなり何を言い出すんだろうか。


 確かに、半龍族というのは龍に似通った特徴を持つ種族ではある。その翼も尻尾も、大きさは違えど姿かたちは龍のそれと同じものだ。

 けれど、それは多少似ているというだけの話で、生物としてはまったく異なるものである。


 改めて、レイの姿を見てみよう。

 翼を広げ、片手をこちらへと突き出した姿はどこか勇ましさを感じさせるが、それよりも可愛らしさの方が上回る。サイズの合わないクリスティーネの上着を着ているのも理由だろう。

 翼や尻尾の色合いから、氷龍に近しくはあるのだろう。それでも、その小柄な姿は龍のそれからは程遠かった。


 俺達の反応が鈍かったためか、レイは腕を下ろして不満そうに眉根を寄せた。


「何じゃ、もう少し驚いたらどうなのじゃ?」


「驚くって言っても……ねぇ?」


 レイの言葉に、クリスティーネが俺へと振り向き、同意を求めるように小首を傾げて見せる。彼女も俺と同意見のようだ。驚く驚かないという話ではなく、この子は何を言っているんだろうと言いたげだった。

 俺は溜息を洩らしつつ、レイの方へと歩み寄る。レイは腰に手を当てて、俺の事を見上げた。


「氷龍じゃぞ、恐れ崇めよ!」


「はいはい、わかったから」


 適当な言葉を返しながら、俺は目の前の少女へと両手を差し伸べる。そのまま脇の下へと手を入れ、ひょいっとばかりに抱き上げた。

 驚いたように声を上げたレイが、慌てた様子で俺の首へと両手を回す。


「い、いきなり持ち上げるでない!」


「よしよし、いい子だから」


「子供扱いもするでない!」


「わかったわかった」


 そのままぱしぱしと俺の方を叩くレイを軽く揺すりながら、クリスティーネ達の方へと歩み寄る。こうなったら、一度クリスティーネに上方から周囲を見てもらった方がいいかもしれない。

 空を飛ぶ魔物に襲われる心配もあるが、それを差し引いても何かわかることもあるだろう。


 そう考えていると、シャルロットが何かを思いついたように両の掌を打ち鳴らした。


「ジークさん、わかりましたよ!」


「何がだ、シャル?」


 突然のことに少々驚きつつも、俺は小柄な少女へと問いかけた。何か気が付いたことでもあるのだろうか。シャルロットであれば、突拍子もないことは言いださないだろう。


「『龍の恩返し』ですよ!」


「『龍の恩返し』って言うと……童話のあれか?」


 明るい声を上げた少女へ、俺はそのまま問い返した。

 『龍の恩返し』と言うのは、有名な昔話の一つだ。俺達が帝都で氷龍の事を調べる際に、本屋で購入した中にもあった。簡単に説明すると、次のような話である。


 あるところに、木こりの青年がいた。

 青年はある日、いつものように木を切ろうと山へと入った。

 そこで、見事な銀の鱗を持つ、一頭の龍に出会ったという。


 青年は大層驚いた。

 それでもすぐに逃げ出さなかったのは、龍が動けないほどの深い傷を負っていたからだ。

 己へと近寄る青年に、龍は威嚇するように唸り声をあげる。

 それでも、青年は臆さなかった。


 傷ついた龍を不憫に思ったか、青年は龍を甲斐甲斐しく世話し始めた。

 薬を与え、食事を運び、その大きな体に苦戦しながらも洗ってやった。

 やがて動けるようになった龍は、最後に青年を一瞥し、北の空へと飛び去ったそうだ。


 その翌日のことだ。

 青年の元に、一人の美しい女が訪ねてきた。

 その女は、銀に輝く翼と尻尾を持っていたそうだ。


 女が言うには、何故ここにいるのか、どこから来たのかもわからない。

 記憶を取り戻すまで、泊めてはくれないかと言う事だった。

 心優しい青年は、それは大変だ、好きなだけ泊っていくといいと、女を招き入れた。


 それから、二人での生活が始まった。

 女は青年と共に山へと入り、青年の仕事を手伝ってくれた。

 女は思いのほか力が強く、青年の倍ほどの木を軽々と運んだそうだ。


 他にも食事を作ったり服を選んだりと、何かと青年の世話をしてくれた。

 女との生活は楽しかった。

 こんな日がずっと続けばいいと、青年は思った。


 そんなある日のことだった。

 いつものように女と共に山へと入った青年の前に、山のように大きな魔物が現れた。

 青年は女を己の背に庇い、魔物へと斧を向ける。


 けれど、魔物の巨体に対して、それはあまりに小さすぎた。

 やがて家程に大きな魔物の腕が、青年達へと振り下ろされる。

 潰されると、青年がそう思った時だ。


 突如として、銀に輝く龍の腕が、魔物の巨体を受け止めた。

 龍は大きく咆哮を上げると、山のような魔物を投げ飛ばす。

 巨体の魔物はその重量でありながら宙へと浮かび、やがて地響きを立てながら地を滑る。


 それだけでは終わらない。

 龍は倒れた魔物へと追い縋り、大きく息を吸い込んだ。

 一拍の後、龍の口腔より紅蓮の業火が吹き荒れる。


 それは瞬く間のうちに魔物の体を包み込み、激しく燃え上がった。

 魔物は恐ろしい叫び声をあげるが、それもしばらくのことで、ついにはその命を儚く散らした。


 それらの様子を呆然と見ていた青年の方へと、銀の龍が振り返る。

 そうして、青年の方へとその大きな頭を近づけた。

 食われる、と思った青年だったが、龍は口を開くことなく、その鼻先を青年へと擦り付けた。


 戸惑う青年の前で、銀の龍は翼を広げ、北の空へと飛び去った。

 しばらく硬直していた青年だったが、ふと我に返り、傍に居た女を探し始める。

 けれども、いくら探しても女の姿は見当たらない。


 そこで青年は気付いた。

 先程の龍こそが女の正体で、それも以前己が助けた龍だったのだ。

 と、まぁそんな話だ。昔話としては、良くある話の一つだろう。

 それがどうしたというのだろうか。


 首を捻る俺の前で、シャルロットは言葉を続ける。


「ジークさんが助けたレイさんは、氷龍が人に化けた姿だったということですよ!」


「うむ! その通りじゃ、シャルロットよ!」


 シャルロットの言葉に、同意するようにレイが胸を張って見せる。

 その言葉を受け、俺は小さく息を吐く。それからレイを片手で抱え直すと、反対の手をシャルロットの頭へと乗せた。


「シャルは可愛いな」


「え、えっと……」


「ああいうのは作り話なんだ。本当は、龍が人に化けるなんてことは出来ないんだよ?」


 戸惑うシャルロットへと、俺は夢見る子供に言い聞かせるように言葉を掛けた。

 確かに、人に化ける魔物と言うのは、いないわけではない。けれど、そう言った魔物と言うのは、元々人に近い形をしているのだ。


 クリスティーネが翼や尻尾を隠せるように、姿を変える魔術と言うのは一般的に存在している。けれど、それは体の一部を変化させるもので、全体を作り変えてしまえるようなものではない。

 つまり、龍が人の姿を取ることなど出来はしないということだ。


 もしもそんなことが可能だとすれば、龍についてももっといろいろなことがわかるだろう。言葉が交わせるだけでも、人と龍は争うことなく共存だって出来るはずだ。


 第一、おとぎ話と比較するにしたって、状況がまるで違う。

 俺達が助けたのは行き倒れていたレイであって、龍ではない。龍に恩返しをされるような心当たりなどないのだ。襲われたことならあるが。


「そ、そうですか……」


 俺の言葉に、シャルロットは肩を落とす。少し夢を壊してしまったかもしれないが、こればかりは仕方がない。

 とにかく次の行動に移ろうと顔を上げる俺だったが、腕の中でレイが動きを見せた。


「ええい、もうわかったわ!」


 そう言って俺の腕を振りほどき、地面へと降り立つ。そうして、俺達から少し離れたところへと駆けて行った。周囲に魔物の気配はないが、危ないのであまり離れないで欲しいのだが。

 追いかけようかと足先を向けたところで、レイはこちらへと振り返り、俺の事をびしっと指差す。


「折角、驚かさないようにと説明してやったと言うのに! もう良いわ!」


「わかったわかった、俺が悪かったから落ち着け」


 何やら憤慨した様子のレイへと、落ち着かせるように言葉を掛ける。これは、子供の癇癪のようなものだろう。実際、レイはまだ子供だからな。ストレスでも溜まっていたのかもしれない。

 それでもレイは怒ったように眉を吊り上げたまま、ますます頬を膨らませて見せる。


「とくと見るがよい! これぞ、我が真の姿!」


 叫び声に併せ、少女が天へと片手を伸ばす。

 それと同時、突如として少女を中心に氷雪が吹き荒れた。

 俺は咄嗟に腕で顔を庇い、氷の嵐を堪える。


 やがて吹き付ける風が収まり、俺はゆっくりと瞼を開いた。


「無事か、レイ――」


 真っ先に眼前の少女へと呼びかけた俺は、目の前の光景に言葉を飲み込んだ。

 先程まで少女が立っていた場所には、一頭の氷龍が佇んでいた。

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