415話 行き倒れの半龍少女11
「まだ付かないのか、レイ?」
「うむ。もう少し先じゃ」
俺はレイを背中に背負ったまま、雪の降り積もった緩やかな斜面を進んでいる。周囲には疎らに針葉樹が立ち並び、見通しはあまり良くない。
時刻は陽が丁度、中天に差し掛かる頃。そろそろレイが地図上に指し示した地点へと辿り着くはずだ。
俺の言葉に、レイは俺に顔を寄せたまま力強く頷きを見せた。その様子に迷いはなく、どうやらこのあたりは見知った土地らしい。時折、俺の肩越しに片手で前方を指し示している。
やがて、木々が途切れて視界が開けた。そうして前方に見えてきたのは、二、三十歩ほど先に高く聳える岩肌だ。茶色の壁が、左右に延々と続いていた。
「ジーク、行き止まりだよ?」
「本当だな。レイ、こっちで合ってるのか?」
「うむ、ここまで来ればもう少しじゃ。ここからは……あっちじゃな。壁伝いに進んでくれ」
そう言って、レイは右手方向を指差した。そちらへと顔を向け目を細めてみるが、人工物のようなものは見受けられない。本当に村があるのだろうか。
だが、そう言われた以上はそちらに向かうより他にない。俺達はレイの言う通り、崖を左手に進み始めた。
けれど、行けども行けども何も見えてはこない。やはりレイの記憶違いではないかと考え、一度クリスティーネに上空から偵察を頼もうかと思った頃だった。
「おぉ、そこじゃそこじゃ!」
そう言って、背中のレイが前方を指差した。
その方向を見つめ、俺は思い切り眉根を寄せる。
「そこ、って言っても……」
少女の指差した先では、茶色の岩肌にぽっかりと大穴が空いているのが見えた。ここがレイの目的地だというのだろうか。
レイの住む村というのが洞窟の中という可能性は、考えなかったわけではない。こんな龍が棲むと言われる山奥で生活しているのだ、普通に家を建てるよりも洞窟の中の方が、頭上を守れて安全ではある。
だが、いくら何でも入口に何も建てられていないということはないだろう。これではただの岩穴と変わらないし、何よりも外からの魔物の侵入を防ぐことが出来ない。
首を捻りつつも、俺達は穴の方へと歩いていった。洞窟の入口は、俺が両手を広げたよりもずっと大きなものだ。そうして穴の縁から顔を覗かせ、中の様子を窺い見る。
洞窟の中は入口よりもさらに大きく削り取られ、広い空間が口を開けていた。中に光源のようなものはなく、深い影を落としている。陽の光の残滓に照らされ、洞窟奥の壁が見えた。
俺は洞窟の左右、それから天井へと目を向ける。一面は岩肌に覆われ、奥へと続く通路のようなものは見受けられない。
あるのはただ、半円状の洞窟の中央に集められている、木屑や藁の山だった。
「えっと……ジークさん、ここって……」
「どう見ても、魔物の棲み処だな」
それも、大型の魔物の巣にしか見えなかった。シュトゥルムスネイクあたりの魔物が棲み処とするのに、丁度良い大きさなのではないだろうか。真ん中にあるのは寝床だろう。
当然というべきだろうか、そこには人の暮らしているような痕跡は見当たらなかった。
「レイ、村はどこだ? この先に仕掛けでもあるのか?」
考え辛いが、洞窟の先に仕掛けを用意し、村への入口を隠しているというのであればまだわかる。その場合でも、明らかに使われているであろう魔物の寝床を片付けないところは引っかかるが。
周囲の状態を軽く見ただけでも、この魔物の棲み処は最近も使用されているとわかる。この場でうかうかとしていては、ここに棲む魔物が戻ってきてしまうだろう。
俺の言葉に、背中のレイは俺の方をぱしぱしと軽く叩いて見せる。
「そんなわけなかろう。そもそも、我は村があるなどとは一言も言っておらんぞ?」
そう言って下ろすように主張するので、俺は軽く膝を曲げた。レイは俺の背中から地面へと降り立ち、洞窟の入口へと立って見せた。
そうして俺達の方を振り向き、両手を広げる。
「ここが、我の棲み処じゃ」
「ここって……レイちゃん、こんなところで暮らしているの? それもたった一人で?」
クリスティーネの問いに、レイは力強く頷きを見せた。
そうですか、で済ませられるような話ではない。俺達だって洞窟暮らしをしているが、それは魔術で中を整備し、いろいろと必需品を持ち込んでいるからこそ成り立っているのだ。
ここには何一つ、人が暮らしていくのに必要なものが見当たらない。あるのは岩と砂と砂利。それから木屑に藁の束だ。
水を溜める容れ物も、火を熾す竈も、毛布の一枚もない。こんなところにいては、一夜すら越えられないだろう。
「どういうことだ、レイ? 説明をしてくれ」
レイは俺達に嘘を吐いたのだろうか。だとすると、何のために。
ここにレイの暮らす村がないことは確かだ。では、何故俺達をここへと連れてきたのか。
魔物に襲わせるためか。いや、それこそ何の意味があるのだろうか。仮に俺達の荷物を奪うのが目的だったとしても、俺達を蹴散らすような魔物からレイが逃げられるとは到底思えない。
ダメだ、レイの目的がわからない。
「説明か……さて、どこから話したものか」
そう呟きながら、レイが俺の視界を横切る。俺はその場から動かず、少し警戒をしながら少女の姿を視界に収めた。
それから少女はぴたりと足を止め、こちらをくるりと振り返った。
「ところで、お前さん達は氷龍を探しているのじゃったな?」
「……やはり、氷龍か?」
考えられるのは、俺達が氷龍を探しに来たことに何か関係があったのか、ということだ。レイたちの一族が氷龍を祀っているとするなら、そこに危害を加えようとする俺達を見過ごすことは出来ないだろう。
そこで、この場所へと俺達を案内して……いや、それで一体どうしようというのか。レイが他の者と連絡を取るような暇はなかったし、今のところ周囲を囲まれたりもしていない。
尚も首を捻る俺の前で、レイは驚いたような表情を見せた。
「ほう、気付いておったか。さすがじゃな、御名答じゃ」
何やらレイは感心しているようだが、俺の言葉のどこに感じ入る部分があったのだろうか。気付くも何も、未だ何もわかっていないのだが。
訝しむ俺達の前で、レイはうむうむと頷きを見せる。
それから、ばっとばかりに氷の両翼を広げて見せた。
「よくぞ見抜いた! 我こそが、お前さん達が探している氷龍じゃ!」
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