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413話 行き倒れの半龍少女9

 石壁に周囲を囲まれた中、岩の上に腰を下ろした俺は、軽く首を回して見せる。続いて肩を動かしてみれば、骨の擦れるような鈍い音が鳴った。

 陽が地平線の向こうへと消えようとし、周囲が闇へと包まれていく。頼りになるのは魔術具の照明と、脇でパチパチと爆ぜる焚火の炎だ。


 完全に暗くなる前に歩みを止めた俺達は、いつものように魔術を使用して本日の拠点を作り上げた。そうして、今は丁度、夕食を済ませたばかりである。

 そこへ、俺の左に腰掛けたレイが、少し眉尻を下げた表情で俺の顔を覗き込む。


「や、やはり疲れたのではないか? 重かったじゃろう?」


 どうやら俺の身を気遣ってくれているらしい。

 実際、俺は普段よりも少しばかり疲労を感じていた。何せ、軽いとはいえ少女を背負ったまま、雪道を半日ほど歩き続けたのだ。体力には自信があるが、さすがに疲れた。


 それでも、俺は少女へと笑みを見せ、軽く首を横に振って見せた。


「いや、大丈夫だ。何なら、まだまだ行けるぞ」


 その言葉に嘘はない。確かに疲れたが、仮にレイを背負ったままだとしても、俺はまだまだ歩けるだろう。

 もちろん、レイに心配をかけまいという気持ちが、多分にあっての言葉だが。


 そんな俺の言葉に、レイはあからさまに安堵の表情を見せた。


「そうか、それならよかったのじゃが」


 今日一日を共に過ごしたことで、大分レイは俺達にも慣れてくれたようだ。少なくとも、事ある毎に一人で帰れるとは言い出さなくなった。

 もちろん、自身の体力のなさを痛感したこともあるのだろうが。


「ねぇジーク、予定通り明日には着きそう?」


 そう言って、クリスティーネが小首を傾げて見せる。艶のある銀の髪が、さらりと肩から零れ落ちた。


「いや、少し遅れているからな。着くのは明後日の昼になると思う」


 レイの歩みに合わせたり、背負ったりしているので、どうしたってペースは遅くなる。それも半日程度のことなので、誤差のようなものだ。

 それでもやはりレイは気にしたようで、少し眉尻を下げた表情で身を小さくし、俺の顔色を窺うように上目で見つめてきた。


「す、すまぬ、我のせいで……」


「気にするなって。ただ、出来るだけ早く行かないとな。レイの家族だって心配してるだろうし」


 結局、レイが雪原の真っ只中で倒れていた理由は不明なままだが、この歳の娘が数日も行方不明なのだ。レイの両親は今頃、気が気ではないだろう。

 だが、俺の言葉にレイは呆けたような顔を見せ、次いで軽く小首を傾げて見せた。


「いや、我に家族は、今はいないぞ?」


「そうなのか? ……その、両親や兄弟は?」


 あまり個人の事情に踏み込むのは躊躇われたが、聞かずにはいられなかった。家族がいないとは、レイはどうやって生活していたのだろうか。

 俺の言葉に、レイはしまった、とでも言うように両手で口元を抑えて見せた。それから、氷の瞳を彷徨わせる。


「あー、我に兄弟はおらぬ。母はいたが……随分と前に別れ、それっきりだな」


 そう口にするレイはそこまで悲しんでいるようには見えないが、一抹の寂しさのようなものを感じさせた。少なくとも、母親に関しては好感を持っているらしい。


「それじゃ、普段は他の半龍族の方と一緒なんですね?」


 そう言って、シャルロットが首を傾げて見せる。レイのような子供が、日頃から一人だけで暮らしているとは到底考えられない。

 しかし、俺の思いとは裏腹に、レイはゆるゆると首を横に振って見せた。


「いや、同族と話すことなど滅多にないことじゃ」


「そいつは……」


 レイの答えに、俺は自然と両腕を組んだ。では、レイは普段から一人きりで暮らしているというのだろうか。何というか、それはなかなか厳しいものがあるのではないだろうか。

 俺の故郷の村にも一人、親を亡くした子供がいたが、いろいろと周りの大人たちが助けてやっていたのを覚えている。そのあたりは、文化の違いだろうか。


 俺はこの場でその辺の事情を知っていそうな、もう一人の方へと顔を向けた。


「クリス、半龍族って言うのは、そういうものなのか?」


 同じ半龍族のクリスティーネであれば、彼女達の文化にも詳しいだろう。

 そう思って問いかければ、クリスティーネはぶんぶんと首を横に振って見せた。


「そんなことないよ! 私は家族とも仲良かったし、友達だってたくさんいたもん!」


 確かに、以前会ったクリスティーネの兄であるヴィクトールも、クリスティーネとの仲は良いように見えた。何しろ、いなくなった妹を自ら連れ戻しに、わざわざ遠方まで来るほどだからな。妹のことが大切でなければ、わざわざそんなことはしないだろう。

 他にも、クリスティーネから故郷の話を聞くことはそこまで多くはないが、友人達と川遊びをした話なんかも聞いたことがある。


 やはり、レイの事情は特別なのだろう。それを考えると、レイのことが可哀相に思えてくる。


「大丈夫か、レイ? 俺達に出来ることはあまり無いだろうが……そうだな、もし帝都に行きたいのなら、氷龍の鱗を手に入れた後になら連れて行ってやれるぞ?」


 俺達がレイと共にいられるのも、あと数日のことだ。たまたま知り合っただけの相手に、そこまで多くの事をしてやるのは無理である。当然、冒険者でもないレイを、この先連れていくことなど出来ない。

 出来るとすれば、帝都まで連れていってやることくらいだろう。それくらいなら、寄り道をするわけでもないので十分に可能だ。多少歩みは遅くなるだろうが、それも許容範囲だ。


 そんな俺の提案に、レイは慌てたように首を振って見せた。


「いやいや、必要ないぞ! 我は今の生活に満足しているからな」


「……そうか」


 レイの言葉に、少女の表情をまじまじと観察するが、特に嘘を言っているようには見えない。少なくとも、現状に満足しているというレイの言葉は本心だろう。

 それならば、無理矢理帝都に連れていくのはレイのためにならない。何より、帝都に連れて行ったところで、そこで生きていけるとは限らないからな。


 俺達に出来るのは、あと数日の間、せめてレイに優しく接してやることくらいだろう。

 そう考え、俺は軽くレイの頭に片手を乗せた。


「わかった。ただ、あと二日は一緒だからな。何か困ったことがあれば、すぐに言うんだぞ?」


「むぅ……わかった」


 俺の言葉に、レイは少し不思議そうな表情を見せる。やはり子供扱いされるのが不服なのだろうか。

 それでも少女はしばしの逡巡の末、素直に頷きを見せた。

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