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411話 行き倒れの半龍少女7

 翌朝になると吹雪も降り止み、少し雲のかかった空の下、新雪がキラキラと光を反射していた。朝食を済ませた俺達は、周囲に魔物の影がないことを確認し、魔術で生み出した岩の囲いを取り払う。

 そろそろ旅立とうかと、天幕の片づけをしようとしたところで、ふと気になることがあった。


「レイ、寒くないか?」


 天幕の金具を外そうと膝を曲げていた俺は、傍らの少女へと話しかけた。

 レイは今日の進行方向である北側の山脈を眺めていたが、俺の声にこちらを振り返る。そうして、軽く首を横に振って見せた。


「いや、平気じゃ」


 そう口にする少女に身を震わせる様子はないものの、その装いは室内で過ごすのに適したくらいの服装でしかない。とてもではないが、緩やかに雪降る外を歩くような状態ではなかった。

 今までは暖房の魔術具の効いた天幕の中だったり、岩で囲まれた中で焚火を熾して過ごしていたので、そこまでは気にならなかった。だが、これから雪原を歩くのであれば、防寒具は必須だろう。


 そんな風に考えていると、隣にいたクリスティーネが何かに気付いたように首を傾げて見せた。


「あれ? そう言えばレイちゃん、服、直ってるね?」


「……本当だな」


 あまりにも自然過ぎて気にならなかったが、レイの服装には傷一つとしてついていなかった。見る限りでは汚れもなく、真新しいものである。

 当然ながら、治癒術で服は元には戻らない。あれは魔術で体内へと働きかけて傷を癒すもので、生物以外には効き目はないのだ。


 レイを助け出した直後は、間違いなく服も破れていた。魔物に襲われて傷を負っていたのだから、当然の話だ。

 服の裂け目には血だって付着していたはずだが、今ではそれすら見えない。


「あー、これは……」


「もしかして、自己修復の付与付きか?」


 原因に思い当たり、言い淀むレイの言葉へと重ねる。


「自己修復の付与って言うと、壊れても元通りになるっていう、あれですよね?」


「あぁ、異種族加工みたいなものだな」


 自己修復の付与というのは、無機物に付与する魔術の一種である。大気中に含まれる魔力を源に、壊れたものを自動で元の状態に戻すというものである。

 服に施す異種族加工みたいなものと言えばわかりやすいだろうか。あれよりももう少し複雑で希少な術である。本来であれば、元に戻るまでにはもっと時間がかかるものだったと記憶しているが、随分と強力に掛けられているのだろう。


「そう、じゃな。まぁ、そのようなものじゃ」


 レイがどこか歯切れ悪く答える。

 だが、自己修復の付与がされているのであれば、また一つ納得できることがある。


「ってことは、体温調節の付与とかもされているのか?」


 わざわざ自己修復の付与がされているのであれば、それ以外にも付与があってもおかしくはない。レイは半龍族なのだから、少なくとも異種族加工はされているだろう。

 そこに、体温調節機能が備わっているとすれば、レイが寒がっていないことにも納得が出来る。


「あー、まぁ、そんなところじゃ」


「なるほどな、それなら寒さも気にならないかもしれないが……ただ、やっぱり上に何か羽織った方がいいだろう」


 レイは少し曖昧な様子で頷いた。確かに、体温調節の付与がされているのであれば、今の装いでも雪道を進むことは可能だろう。

 だが、見ているだけで少し寒く感じる。それに、例え体温調節が付与されているとはいえ、風が吹けば冷たさは感じるはずだ。


 少なくとも、手袋くらいは欲しいところである。

 剣を扱う俺ですら、握りの邪魔にならない程度の厚さの手袋をしているのだ。戦うことのないレイであれば、そのあたりを気にする必要もない。


「レイさん、翼と尻尾は隠せますか?」


 こちらへと歩みより、小首を傾げたシャルロットがレイへと問いかける。

 シャルロットとレイは、体格がほとんど同じくらいである。レイに服を貸すのであれば、シャルロットのものを貸すのが一番適しているだろう。


 だが、シャルロットは精霊族ではあるが、胸の精霊石以外に人族と大きく異なる身体的特徴はない。そのため、持っている服も軒並み異種族加工がされていないものである。

 そのままレイがシャルロットの服を着ようとすると、どうしたって翼と尻尾が邪魔になるのだ。だが、クリスティーネが町に入る時のように、翼と尻尾を隠せば、その問題もなくなるわけである。


 しかし、シャルロットの問いに、レイはふるふると首を横に振って見せた。


「むぅ、悪いがそれは無理だ」


「そうか、まぁ覚える機会がないとな」


 異種族の全員が、身体的特徴を隠蔽する魔術を習得しているわけではない。原理的には身体強化と同様に、誰でも使用できる魔術ではあるが、生まれつき使用できるわけではないのだ。

 習得難易度は比較的低いと聞くが、覚えようとしなければ覚えられるものではない。レイのように、人里から離れたところで暮らしているのであれば、尚更だろう。火兎族の隠れ里だって、子供達は使えなかったわけだしな。


 しかし、そうなると残す選択肢は一つである。

 そう考えて顔を向けた時には、既にクリスティーネは背負い袋から自らの服を取り出していた。


「それならレイちゃん、これを着るといいよ!」


 そう言って広げて見せたのは、クリスティーネの持つ白の外套である。首周りにふかふかの毛がたっぷりとあしらわれたそれは暖かく、冷気を妨げてくれるだろう。身に纏えば、この雪原では保護色にもなる。


「いや、じゃから平気じゃと……」


「いいからいいから!」


 両手を突きだし遠慮するレイの後ろへと、クリスティーネは素早く回り込む。そうして少女の手を取り、自らの服を着せて見せた。レイは渋々といった様子で、クリスティーネにされるがままに腕を通した。

 レイの前へと再び回り込んだクリスティーネは、世話を焼くように胸側のボタンを留めて見せる。


「これでよし! どうかな、レイちゃん?」


「ほぅ……暖かいものだな」


 軽く屈み込んだクリスティーネの言葉に、レイは感心したように吐息を漏らした。どうやら気に入ったようだ。

 ただ、やはりと言うべきか、少々服が大きいようだ。クリスティーネは背が高い方ではないが、シャルロットやレイよりは高いからな。


 クリスティーネが着た時は、外套の裾は膝丈くらいだったが、レイが着ると脛くらいまではある。袖も余ってしまっているので、クリスティーネが手首まで捲ってあげていた。


「レイさん、それからこれを」


 そう言ってシャルロットが差し出したのは、雪の結晶の意匠が縫い込まれた手袋だ。彼女の持つ予備の手袋の一つである。

 レイはそれを受け取ると、物珍しそうに眺めた。それから両手に手袋をはめると、指をにぎにぎと動かし、次いで両手を広げた。


「おぉ……これも暖かいな!」


 そう言って、控えめな笑みを見せた。どうやらこちらも気に入ったようだ。

 そんな少女の頭へと軽く片手を乗せれば、レイは上目でこちらを見返す。


「どうだ、この方がいいだろう? わかったら、観念して大人しく俺達に送られるんだな」


「まったく、仕方ないな……わかった、お前さん達に任せよう」


 レイは小さく溜息を吐くと、どこか嬉しそうに苦笑を見せた。

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