410話 行き倒れの半龍少女6
レイの言葉に、俺は思わず眉根を寄せた。その答えはさすがに無理があるだろう。
道に迷う以前に、このあたりにはまず道がないのだ。あたりは普通の人がまず踏み込まないような魔物の領域で、その先にあるのは山ばかりである。
町からも遠く離れ、一体どこに行こうというのか。
「うんうん、迷っちゃうよね? どこ見ても真っ白だし!」
食事を続けながら屈託なく笑うクリスティーネは、レイの言葉を微塵も疑っていないらしい。この少女は、もう少し人の事を疑うことを知るべきだ。
「えっと……」
躊躇いがちな表情で俺の事を上目で見つめるのは、はす向かいに座るシャルロットだ。彼女はレイの言葉を嘘だと見抜いているのだろう。
さて、どうしたものか。レイの事を正確に知ろうとするのであれば、本当の理由を追及するべきだ。本人も苦しい言い訳であることはわかっているようだし、追求すれば本当の理由を教えてくれる可能性はある。
ただ、理由をはぐらかしたということは、何か俺達に知られたくない事情があるのだと考えられる。そのレイに対して、理由を追及するのは正しいのだろうか。
少女の反応を見るに、ここまでレイ一人で来たという言葉自体は、嘘ではないのだろう。そうであるならば、この何の目印もない雪原の中で、レイ以外の人達を探す必要はないわけだ。
俺達が考えなければならないのは、レイをどこに送り届ければいいのかということだ。
「レイ、レイはどこから来たんだ? まさか帝都じゃないよな?」
ここから帝都までは、おおよそ十日弱ほどかかるのだ。いくら何でも、レイが一人で帝都からここまで来たとは考えられない。
俺の言葉に、レイは眉根を寄せる。
「むぅ……何と言えばいいのじゃ」
「口では説明し辛いか……よし、ちょっと待ってろ」
俺は席を立つと、一度天幕の中へと入る。隅に置かれている背負い袋の中から地図を取り出すと、それを手にテーブルへと戻ってきた。
そうしてテーブルの上へと地図を広げて見せる。
「これでどうだ、レイ?」
俺の言葉に、レイは尚も難しそうな顔を見せる。
「これは地図という奴じゃな……えぇと、お前さん……」
「ジークハルトだ」
「そうじゃった、ジークハルトよ、ここはどのあたりじゃ?」
「大体、このあたりだな」
レイの問いに応えながら、俺は地図の上に小さな円を描いて見せた。氷龍が棲むという領域を、大きな赤い円で囲ったうちの一画である。
俺の言葉に、少女はほぅほぅと小さく首を動かす。
「なら、我の住処は……このあたりじゃな」
レイは俺が指した箇所を指で示すと、そこからつつっと地図の上方へと動かした。そうして指し示したのは、ここから北に聳える山々の真っ只中だ。
ここからだと、大体二日くらいの距離だろうか。それを見て、俺は思わず両腕を組んだ。
「帝都よりは余程近いが……まさか、こんなところに人が住んでいるとはな。地図に載らないほど、小さな村ってところか」
まさか、龍が棲むという領域に人が住んでいるとは思わなかった。あれか、半龍族だからだろうか。龍を信仰しているという風習があったとしても、おかしくはない。
自分達から龍に干渉しなければ、細々と生きていくことは可能なのだろう。きっと、人が通れるくらいの通路が入り組んだ地形だったり、洞窟を利用していたりするに違いない。
そんな風に考えていると、「ところで」とレイが俺へと声を掛けてきた。
「お前さん達……ジークハルト達こそ、何用でこんなところに来たのじゃ? この辺りで人を見かけることなど、滅多にないぞ?」
「あぁ、俺達はちょっと、氷龍を探しにな」
「……氷龍を?」
俺の言葉にレイはピクリと体を揺らし、少しその氷の瞳を鋭利にさせた。
そこへ、ようやく食事を終えたらしいクリスティーネが話しかける。
「そうなの! このあたりに氷龍がいるって聞いたんだけど……レイちゃん、見たことある?」
「……確かに、見たことはあるな」
小さな声でそう溢すと、レイは俺達の顔を順番に眺める。
それから、再び俺へと向き直った。
「氷龍を見つけ出して、何とする? やはり名誉か、それとも財宝が目的か?」
その言葉には、少し剣呑な響きがあった。
やはり、レイ達の一族は氷龍を信仰しているのだろう。信仰対象である氷龍に俺達が手出しをしようとしているのを知って、警戒しているようだ。
俺は若干の逡巡の末、素直に答えることにした。俺達の事情を知れば、理解を示してくれるかもしれない。
この近くで暮らしているのだ、もしかしたら、レイの住む村には氷龍の鱗なんかもあるかもしれない。交渉次第で、譲ってくれる可能性もある。
「いや、俺達は氷龍の鱗を探しているんだ」
「氷龍の……鱗?」
俺の言葉に、レイは少し呆けたような顔を見せ、小首を傾げて見せた。
その様子に対し、俺は軽く頷きを返す。
「あぁ、実は俺の仲間の一人が、氷龍の息吹を浴びて氷に変えられてしまったんだ」
「氷龍の息吹……あぁ、あれのことか」
どうやら思い当たる節があるらしい。こんなところで暮らしているのだ、氷龍が息吹を吹いているところを見たことがあってもおかしくはない。
「それでね、治療するためには氷龍の鱗が必要みたいなの。私達、それを探しに来たんだ!」
「ほぅ……あれは、治療できるものなのか」
クリスティーネの説明に、レイは俯きがちに小さく言葉を溢した。
それから少女はしばらくの間、何事かを考えるようにテーブルへと視線を落とす。やがて再び顔を上げ、俺へと真剣な瞳を向けた。
「鱗だけでよいのか? 龍殺しの名誉はいらぬのか?」
「あぁ、鱗だけで十分だ。そもそも、俺達に氷龍を倒せるとは思えないしな」
全属性の剣技であれば、例え龍の鱗と言えども斬ることは可能だろう。剣を肉や骨まで届かせることも出来なくはないだろうが、その分危険が増す。俺が捨て身で挑んだところで、相打ちにすら持っていける想像が出来ないのだ。
そんな風に説明すれば、レイは理解できないと言った表情を見せる。
「それがわかっていながら、何故龍になど挑む?」
「仲間が待っているからな」
「ふむ……」
俺の言葉に、レイは考え込むように顎先へと片手を当てて見せる。
続いて、クリスティーネとシャルロットへと目を向けた。
「お前さん達は、それでよいのか?」
レイの問いに、二人は揃って首を縦に振って見せた。
「もちろん! フィナちゃんを早く元に戻してあげなくっちゃ!」
「ジークさんを、信じていますので……」
「……なるほど」
二人の答えを聞いて、レイは何故だか安堵したように小さく吐息を吐いた。
「安心しろ。氷龍を探すよりも先に、レイを村まで送ってやるから」
レイが指し示した場所までは、歩いて二日ほどの距離だ。こんな雪原の真っ只中で、レイのような少女を放り出すことなど出来るはずもないし、寄り道は必須だろう。
幸い、そこもまた龍の棲むという領域に含まれているので、別に遠回りというわけでもない。何なら、氷龍に関する情報だって聞けるかもしれないのだ。
もしそこに行くまでに氷龍に出会ったとしたら、どうするべきか。俺達の事情にレイを巻き込むのは気が引けるが、折角出会った氷龍をみすみす見逃すというのも難しい。
まぁ、その時のことはその時に考えればいいだろう。どちらかと言うまでもなく、氷龍に出会えない確率の方が高いのだ。
「それには及ばぬ。一人で帰れるからのう」
「無理に決まってるだろ。遠慮するな、ちゃんと護ってやるから」
「むぅ……そこまで言うなら、仕方ない」
レイは何故だか渋々といった様子で頷きを見せた。送ってやると言っているのに、何故こうも嫌がる様子を見せるのだろうか。
もしかすると、村の決まりで部外者を連れてきてはいけない、などと言われているのかもしれない。こんな辺鄙なところに住んでいるのだ、厳しい戒律なんかがあってもおかしくはない。
その時は、村の入口まで近付いてから、レイを送り届ければいいだろう。出来れば村の中へと入りたいところだが、拒まれた場合は潔く諦めよう。
ひとまず、明日からの方針は決まった。後は明日に備えようと話を打ち切り、俺は腰を浮かせる。
「……氷龍の鱗、か」
テーブルから離れる際、レイの小さな声が聞こえた。
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