407話 行き倒れの半龍少女3
「さて、今日は大分時間があるな……」
時刻は昼を少し回ったところ。普段であればまだまだ移動中の時間だ。とは言え、土魔術で生み出した壁の向こうは吹雪だし、先程拾った少女は目を覚まさないので、ここを動くことは出来ない。
あの少女のことは心配ではあるが、治療はした以上、後は少女の生命力に期待するほかにない。彼女のことは、シャルロットに任せておけば大丈夫だろう。
「ジーク、何してよっか?」
「ひとまず、火を熾すのが先だな」
俺は天幕から離れ、囲いの中心へと歩み寄った。そこには、背負い袋から取り出された薪が、無造作に置かれている。シャルロットが火を熾そうと取り出していたものだが、中途半端に置かれていたのだ。
俺は薪を組み上げ、魔術によって火をつけた。渇いた薪はすぐに燃え上がり、小さくぱちぱちと音を立て始めた。手を翳せば、何とも安心する温かさが伝わってくる。
次いで、土魔術で長椅子代わりの岩を生み出す。そこに厚めの布を敷けば、簡易的ながらも快適なベンチの出来上がりだ。
面倒な時は地面に直接座ることもあるが、ここは雪国だからな。そのまま座れば、さすがに尻が冷える。
そうして長椅子の上に、クリスティーネと並んで腰かける。空気の通り道は空けているが、直に焚火の熱で暖まることだろう。
「さて、何をするからな。道具の確認は毎日してるし、武器の手入れは欠かしていないし、そもそもあまり手入れもいらないからな……」
基本的に、毎日旅に必要なものの確認はしているので、こんな風にまとまった時間が出来てもやることはないのだ。以前は本を読むことも多かったが、今回は先を急ぐことになるため、拠点で待つアメリア達が暇だろうと、そのほとんどを置いて来ていた。
さすがに訓練が出来るほど広くはないし、旅の途中に余計な体力も使いたくはない。
「魔力操作くらいなら出来るだろうが……」
現実的なのは、魔術の練習くらいだろうか。それなら動く必要もないし、そこまで疲れることもない。
とは言え、基礎的なことは既にやり尽くしている。何か効果的な練習方法でも思いつけばよいのだが。
ううむ、やることがない。いっそのこと、風呂でも作るか?
「今日の晩御飯でも考える?」
「気が早くないか? まぁ、いいか。クリスは何が食べたい?」
人里から遠く離れたところへ向かうということで、旅に出る前日に帝都で食料はたっぷりと買い込んでいる。水は俺とシャルロットが魔術で出せるし、途中で狩った獲物を調理しているので、予定よりも食材は潤沢だ。
あまり凝ったものは作れないが、時間はあるのだし、多少手を加えても良いだろう。
俺の言葉に、半龍の少女はんー、と顎先に指を当てて見せる。
「何にしようかなぁ……いつもみたいにパンとスープと……ううん、寒いしシチューがいいかなぁ?」
少女の口から、ぽつりぽつりと希望が漏れる。それは段々とスケールが大きくなり、やがてここでは作れないような料理名まで飛び出してきた。
そろそろ軌道修正を試みようかと考えたところで、クリスティーネが「そうだ!」と両手を打ち鳴らす。
「ジーク、さっきの鳥!」
「鳥って言うと……あぁ、グラーゲルか」
思い当たるのは、先程クリスティーネが倒した白い怪鳥だ。
俺の言葉に、半龍の少女はぶんぶんと首を縦に振って見せる。
「そう! あれ、美味しそうじゃない?」
「まぁ、魔物と言っても鳥肉だからな。少なくとも、ベイサーボーラよりは美味いんじゃないか? 確かに、あれを食うのは良さそうだな……よし、取ってくるか」
そう言って腰を上げれば、クリスティーネがこちらを見上げた。
「一緒に行こうか?」
「いや、一人で大丈夫だ。クリスはここで待っててくれ」
「ん、わかった」
くしゃりと銀の髪を撫でれば、少女は小さく顎を引いた。大したことでもないし、クリスティーネには暖かいところで待っていてもらおう。
岩壁に魔術で出口を作り、外へと出る。向かうのは、先程魔物達と交戦した辺りだ。
魔物の死骸は、シャルロットの魔術で雪の下に埋まっている。とは言え、上から雪を被せただけなので、怪鳥の場所はすぐに知れた。
魔物を背に担ぎ、クリスティーネの元へと戻る。解体は岩壁の中へと入ってからだ。
「おかえり、ジーク」
「ただいま。それじゃ、処理していくか」
まずは血抜きだ。怪鳥の首を落とし、逆さに吊り下げ魔術で掘った穴に血を流していく。
血が流れ切るまでに、土魔術で生み出した岩の器に、魔術で湯を入れていく。普通の鍋では、この大きさは入らないからな。
そうして血が流れ切ったのを確認してから、獲物を湯の中へと浸ける。こうすると、羽が抜けやすくなるらしい。大きさが大きさなので、かなりの重労働だ。
適当なところで湯から出し、再び逆さまに吊るす。
「次は羽だな」
「ねぇジーク、この羽って売れるかな?」
「一応売れるな。取っておくか」
クリスティーネと二人してぶちぶちと羽を毟り、袋へと入れていく。怪鳥の羽を抜ききるころには、小さな袋はぱんぱんになっていた。
取り切れない細い毛は、火魔術で軽く焼いてしまう。ここまで処理してしまえば、最早見慣れた肉の形だ。
「それじゃ、捌いていくぞ」
新たに土魔術で岩の台を生み出し、そこに怪鳥を寝かせてナイフで切っていく。市販の鳥肉よりは随分と大きいが、油も乗っていて美味しそうだ。
「えへへ、美味しそうだなぁ……見てるとお腹が空いちゃうね」
「何なら、食べててもいいぞ?」
「えっ、いいの?」
俺の言葉に、クリスティーネは俄かに瞳を煌めかせた。
昼食を口にしていないわけではないが、こんな雪原では気軽に休めるはずもなく、日中はどうしても携帯食料を口にすることになる。クリスティーネ何かは、よく干し肉やドライフルーツを齧っていた。
あれでは、彼女でなくても腹が空くだろう。
「あぁ、あんまり食べ過ぎると晩飯が……まぁ、クリスなら平気か」
まだ夕食まではしばらく時間がある。この怪鳥を丸々一匹食べきるわけでもないし、クリスティーネであれば多少つまみ食いをしたところで、夕食が入らなくなるようなこともないだろう。
俺の言葉に、クリスティーネはとてもいい笑顔を浮かべると、早速とばかりに背負い袋から鉄串を取り出し、切り分けた鳥肉に刺して焚火で炙り始めた。
グラーゲルを解体する俺の隣、クリスティーネはリラックスした様子で、焼けた鳥肉を口に運び始めた。
その様子を眺めながら、俺はふと言葉を溢す。
「それにしても、久しぶりだな」
「そうだね、あんまり鳥型の魔物ってこの辺じゃ見かけないから、鳥肉を食べるのって――」
「いや、そっちじゃなくてな」
もぐもぐと食事を続ける少女に、俺は思わず苦笑を漏らした。本当に、この子の頭は食べ物のことでいっぱいである。
「クリスと二人になるのは、珍しいなって」
「……えっ?」
俺の言葉に、クリスティーネは呆けたように食事の手を止めた。
「ほら、いつもは誰かしら一緒にいただろう?」
共同生活をしていたのだから当たり前だから、俺達は常に複数人で行動していたのだ。一緒に帝都に行った時もフィリーネが一緒だったし、こんな風に二人きりになるのは、一体いつ以来のことだろうか。
とは言え、布一枚隔てた向こうには、シャルロットがいるのだが。
「クリスと二人きりって言うのは、ちょっと落ち着くな」
何せ、付き合いは仲間の中で一番長いのだ。所謂、気の置けない相手という奴である。
最近は大所帯で、別にそれが嫌というわけではないし揉め事があったわけではないが、気疲れすることもあるのだ。それに比べれば、ここにいるのがクリスティーネだけというのは、何とも落ち着くものである。
「二人っきり……」
何やらクリスティーネは小さく呟いたかと思えば、そわそわと落ち着かない様子を見せる。先程まで肩の力を抜いていたというのに、一体どうしたというのか。
解体を進めながら横目で様子を窺えば、少女は何やら鳥肉を刺した鉄串を持ったまま、ふよふよと手を彷徨わせる。
さらに、目が合ったかと思えばびくりと体を震わせた。今更、俺を相手に緊張しているということもないだろうが、クリスティーネが何を考えているのかわからない。
「ね、ねぇ、ジーク……」
どうしたのか、と声を掛けるより先に、クリスティーネが口を開いた。続く言葉を待つが、少女は言おうか言うまいか悩んでいるように、口元を小さく動かして見せる。何か言いたいことでもあるのだろう、俺は静かにその言葉を待った。
やがて、意を決したような表情で、クリスティーネが俺を正面から見つめた。
そこへ――
「ジークさん、目を覚ましました!」
沈黙を破るように、少女の声が聞こえた。
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