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406話 行き倒れの半龍少女2

 そこに倒れていたのは、半龍族の少女だった。クリスティーネが銀の翼なのに対し、この少女は氷龍のような水色の翼を持っている。

 髪色はシャルロットに近い薄水色で、歳の頃も同程度だろう。瞳は閉ざしているために、その色はわからない。


「可哀想に、魔物に襲われたのか」


 少女の体のあちこちには、魔物に付けられたのだろう傷がいくつも見える。おそらく、先程のホワイトウルフに襲われるよりも前に、別の魔物に襲われたのだろう。

 何とかここまで逃げてきたのだろうが、ここで力尽きたというわけだ。


「いや……」


 果たして、本当にそうだろうか。

 この少女は、どう見ても冒険者には見えない。いや、それを言えばシャルロットもそうなのだが。

 少なくとも武器は持っていないようだし、近接職ではないだろう。もし冒険者だとすれば、仲間がいるはずだ。


 だが、周囲を見渡してみても、他に人影は見当たらない。考えられるとすれば、この少女を見捨てて他の仲間は逃げた、などか。

 だが、こんな少女を置いて逃げるだろうか。どちらかというと、先に仲間が他の場所で力尽き、少女だけがここまで逃げてきた、というくらいか。


 いや、そもそもこの少女が冒険者だというのが間違いなのではないか。どう見ても普通の少女にしか見えないのだ。

 しかし、一般人がこんなところを歩いているとは、到底思えない。あるとすれば、地図にも載っていない半龍族の住む村が、この近くに存在するという可能性だ。


 だが、それを探すのは難しいだろう。見たところ、少女は何も持っていないようなのだ。所持品から、身元を割り出すようなことは出来そうにない。


「ジーク、どうしたの?」


 声と共に、クリスティーネが空から降りてきた。どうやら魔物を仕留めて駆け付けたらしい。

 そこへ、少し離れたところで待たせていたシャルロットもやって来た。氷精の少女は、膝を曲げた俺の隣へと身を寄せる。


「あぁ、半龍族の女の子が倒れていてな。魔物に襲われたんだろう」


 これ以上、わかることはなさそうだ。

 せめて埋葬くらいはしてあげようと、俺は少女へと手を伸ばした。そうして少女の体に手を触れたところで、違和感に気が付く。


 てっきり氷のような冷たさを感じると思っていたのだが、仄かに暖かいのだ。

 まさか、と思い脈と呼吸を確認してみれば、どちらも弱々しいものの、確かな鼓動を感じた。


 何という生命力だろうか。

 この少女は、まだ生きているのだ。


「クリス、シャル! この子、まだ生きてるぞ!」


「本当ですか?!」


「助けられるかな?」


「何とか頑張ってみよう」


 俺はその場で、クリスティーネに治癒術を使うよう指示を出す。何よりもまず、少女の傷を癒すことが先決だ。

 もちろん治癒術なら俺も使えるわけだが、俺には他にやることがある。この風雪の中にいつまでも佇むわけにはいかないので、いつものように土魔術で拠点を作るのだ。


 その間に、シャルロットには倒した魔物の処理をお願いしておいた。時間がないので、素材の剥ぎ取りはせずに雪で魔物の死骸を埋めてもらう形だ。

 埋めてしまえば、この天候だ、他の魔物が寄ってくるようなことも早々ないだろう。


「どんな様子だ、クリス?」


 ひとまず周囲と天井を魔術で生み出した岩で塞いだところで、クリスティーネへと声を掛けた。周りを囲む岩には空気の通り道を設けており、そこを風雪が通り抜け高い音を立てる。ひとまず直接風を受けることはなくなったが、まだまだ寒い。

 岩壁の内側の地面からは雪を取り除き、土が顔を出している。魔術具の明かりが照らす中、魔物の処理を終えたシャルロットが、背負い袋から薪を取り出していた。


 俺の声を受け、クリスティーネは仰向けに寝かせた少女に治癒術を施したまま、こちらへと顔を向けた。


「んん、それが、ちょっと利きが悪いみたいなの」


「そうなのか?」


 クリスティーネの言葉に、俺は膝を曲げて少女の様子を眺めた。そうして、片手を伸ばし少女の腕を軽く持ち上げる。

 本来であれば、クリスティーネの治癒術によって、傷は既に癒えているはずだった。だが、少女の負った傷はいくらか塞がっているものの、未だその多くが小さな体に刻まれたままだった。


「確かに、あまり治ってないな……体質か?」


 炎や水を出すような魔術とは異なり、人に作用するような魔術というのは、その効力に振れ幅があることがあるのだ。


 人は誰しも、多かれ少なかれ魔力を持っているものである。それは、魔術の使えない者であっても例外ではない。

 その内在魔力と魔術を使用した者との魔力の相性が悪いと、こんな風に魔術が効き辛いことがあるのだった。


 とにかく、傷を治さないことには始まらない。俺は魔力を練り上げると、クリスティーネと二人して少女の治療を始めた。

 そうすると、多少時間を要したものの、少女の治療が完了した、


 傷は癒えたものの、少女が目を覚ます気配はない。呼吸は多少落ち着いたものの、その体は少々冷えている。

 このままでは衰弱してしまうだろう。俺は背負い袋から大きな毛布を取り出すと、少女の体を包み込んだ。


 そうして少女をクリスティーネへと任せ、シャルロット共に手早く天幕を建てる。中で暖房の魔術具を稼働させれば、簡易的ながらも快適な空間の出来上がりだ。

 追加の毛布を複数枚敷き詰め、その上に少女を寝かせる。


「傷は治したし、後はこの子の体力次第だな……シャル、この子を見ていてもらえるか?」


「はいっ、任せてください!」


 そうしてシャルロットを少女と共に天幕の中へと残し、俺はクリスティーネと共に外へと出るのだった。

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