405話 行き倒れの半龍少女1
龍が棲むと言われる領域に足を踏み入れて、二日目となった。今のところ、俺達は龍の尻尾どころか痕跡すら掴めてはいない。
足首まで降り積もった雪を踏みしめながら、荒野の中を歩く。右手には背の高い山脈が長々と聳え立ち、俺達はそれを西へと迂回しているところだ。
ふと、俺は足を止め、その場で天を見上げた。頭上を覆う分厚い雲から、無数の白い欠片が舞い降り始めた。
「雪か……」
それは瞬く間のうちに勢いを増し、俺達の視界を白く染め上げていく。風も勢いを増し、ガクリと下がった体感温度に、俺は思わず身を縮ませる。
まだ吹雪と言うほどではないが、空を見る限りは、天候はますます悪化していくことだろう。
俺の隣を歩いていたシャルロットが、胸の前で両手を組みこちらを見上げる。
「ジークさん、どうしましょうか?」
小首を傾げた小柄な少女に疲れた様子はなく、休みたいというよりは純粋な疑問だろう。
時刻は未だ昼を少し過ぎたあたり。日没まではたっぷりと時間があり、体を休めるには少々早すぎる。
「そうだな、先に進みたい気持ちはあるが……」
拠点である洞窟にアメリア達を残して旅に出てから、そろそろ十日目になる。戻るのにも同じ日数を要することを考えれば、既に二十日は見えているのだ。
アメリア達と約束した期間は四十日。よって、後二十日ほど猶予はある。まだ余裕はあると言えるが、あまり時間を無駄にしたくない気持ちもあった。
どうしたものかと考えたところで、一際強い風が吹いた。シャルロットがフードを片手で抑え、その身をふるりと震わせる。
声を掛けようとしたところで、俺は弾かれたように顔を上げた。見通しの悪い視界の中、何かが高速でこちらへと近付いている。
「クリス、シャル!」
声を上げると同時、両手を二人の少女へと回し、体勢を低くする。
一拍の後、鋭い風が頭上を掠めた。
風圧を凌いで振り返ってみれば、空に白い影が見える。
「グラーゲルか!」
それは、俺が両手を広げたよりも大きな怪鳥だ。風の魔術を使用し人を襲う、鳥型の魔物の一種である。
白い羽毛に覆われた怪鳥は景色に溶け込みながら、空を大きく旋回している。こちらへと戻ってこようとしているのを見るに、俺達を獲物と見定めたのだろう。
俺は剣を抜き放ち身構えた。
空を飛ぶ魔物を相手取るなら、剣よりも魔術の方が効果的だろう。だが、相手が体当たりを仕掛けてくるのであれば、そこを狙うことも可能だ。
だが、それよりも先にクリスティーネが動いた。
「落としてくる!」
言うが早いか、半龍の少女は背負っていた荷をその場に下ろすと、銀の翼を広げて空へと舞い上がった。どうやら彼女は、怪鳥を空中戦で仕留めるつもりらしい。
幸い、グラーゲルはそこまで強力な魔物ではない。クリスティーネ一人だけでも、余裕で落とせるだろう。
俺は剣を納めようとしたところで、右手側に気配を感じて視線を向けた。見れば、三頭のホワイトウルフがこちらへと駆けて来るところだ。
それにしても、雪国の魔物というのはどうしてこうも白いのばかりなのか。
「ジークさん、狼が!」
「休ませてはくれないらしいな。シャル、援護してくれ」
その場にシャルロットを残し、俺は白狼の方へと駆け寄る。
今更この程度の魔物に苦戦していては、龍になど太刀打ちできないだろう。シャルロットの手助けもあり、俺は魔物をさくさくと狩っていった。
すべてのホワイトウルフが地に倒れ伏したところで、一つ息を吐きだす。多少呼吸が乱れた程度で、傷はもちろん一つとして負わず、気温の低さも相まって汗すら掻いていない。
振り返って空を見上げてみれば、曇天の下、半龍の少女が怪鳥を叩き落とす光景が目に入る。どうやらあちらも終わったようだ。
「ジークさん、あっちにも!」
そう言ってシャルロットが指差す方向に目を向ければ、少し離れた場所に一頭のホワイトウルフがいた。
白狼は俺達に向かってくることはなく、その場で何やら前脚で地面を引っ掻いている。
「この群れの残りか? 向かってこないみたいだが、仕留めておく方が無難か……シャル、あまり離れずについて来てくれ」
「はいっ!」
剣を手に、白狼の方へを早足で近寄る。少し後ろからは、付かず離れずといった距離でシャルロットが続いた。
彼我の距離が数歩となったところで、白狼は顔を上げ、一直線にこちらへと駆け始めた。その姿勢は低く、地を滑る速度は雪道でありながら見事なものだ。
けれど、その動きは直線的で、群れならばともかく一頭だけでは脅威にはならない。突進を躱し、擦れ違いざまに剣を振るえば、するりとその首が飛んだ。
小さく息を吐きだせば、白い息が強い風に吹かれて消えていく。先程よりも、少し風雪が強まっただろうか。視界はますます狭まり、先程までは右手に見えていた山脈も、今は白く塗りつぶされている。
「これは、少し厳しいか……」
このまま進めば、裂け目など地形の変化に気が付かないかもしれない。それに何より、今のような魔物の襲撃への対処が遅れてくることだろう。
このまま無理に歩を進めるよりは、明日以降に備えたほうが良さそうだ。
「シャル、今日はこの辺りで――」
「ジークさん、あれは……」
声を掛けたところで、俺の隣に来たシャルロットが袖を引く。見下ろしてみれば、氷精の少女は前方を指差している。
その方向へと目を向けてみれば、そこは先程ホワイトウルフが佇んていた場所だ。目を凝らしてみてみれば、そこに不自然な膨らみがある。
「……何かあるな」
「あれって……人、じゃないですか?」
「こんなところに人がいるか?」
ここは人里から遠く離れた平原だ。このように雪の降る寒さの中、人がいるとは思えない。もしいるとすれば、俺達のような冒険者だろう。
とにかく、確かめておいた方がいいだろう。俺はシャルロットを手で制し、そちらへと慎重に歩み寄った。
それはある程度の時間、風雪に晒されていたのだろう、半ば雪に埋まっていた。動きがないことを確認し、俺は手で雪を払っていった。
そうして、ようやくその姿を確認することが出来た。
「こいつは……」
そこには、龍の翼と尻尾を持つ、シャルロットと同じ歳くらいの少女が倒れていた。
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