表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

404/685

404話 氷龍の棲む地へ2

 利き手に握った剣を、勢いよく袈裟懸けに振り下ろす。

 狙い澄ました一撃は、今まさに俺へと爪を振り下ろそうとしていた熊型の魔物、ベイサーボーラの首を綺麗に撥ね飛ばした。俺は素早く魔物から距離を取り、切り口から噴き出す鮮血を躱した。


 ベイサーボーラが前のめりに倒れ込むのを尻目に、俺は呼吸を整えるほどの時間もとらず、右手へと視線を振った。そうして、すぐに剣を持つ手から力を抜く。

 そちらでは、今まさにクリスティーネが同種の魔物の心臓を貫いたところだった。少女の操る光剣技の光の軌跡が、魔物の背中から空へと抜けている。


 氷龍の息吹をその身に浴び、体を凍てつかせたフィリーネを救うため、氷龍の鱗を求めて旅立ってから今日で六日目となった。ここまでは、天候にも恵まれ予定通りに進めている。

 魔物の生息域に足を踏み入れているのだから当たり前だが、徐々に魔物と遭遇する頻度が増えている。今回俺達の前に立ちふさがったのは、二頭のベイサーボーラだった。


 俺にはこの魔物の雌雄を区別することはできないが、おそらく(つがい)だったのだろう。

 森などでの狩りであれば魔術で事前に察知できるが、旅の移動中にずっと魔術を維持するのはさすがに厳しい。そんなわけで、ばったり出くわしてしまったというわけだ。


 俺は一頭をクリスティーネとシャルロットの二人へ任せ、もう一頭を受け持った。ベイサーボーラはホワイトバンキーのように力の強い魔物だが、動き自体はさほど早くはない。

 俺は魔物の攻撃を余裕を持って躱し、こうして無事に仕留めたのだった。


「怪我はないか、クリス、シャル?」


 雪の上に倒れ込んだ魔物の前、二人の方へと早足で駆け寄る。油断なく鋭い目を魔物へと向けていたクリスティーネは、俺の声にぱっと笑顔を浮かべた。


「うん、大丈夫! ね、シャルちゃん?」


「はい、クリスさんが抑えてくれたので」


 離れていた場所で魔術を使用していたシャルロットはもちろん、クリスティーネも傷を負ってはいないようだ。どうやら、上手いこと対処をしたらしい。

 皆が無事なら早々に処理してしまおうと、俺達は手分けして解体に移った。とは言え、今回の旅ではあまり丁寧に素材を剥ぎ取ることはしないと決めている。


 いくらマジックバッグのおかげで容量に余裕があるとはいえ、仕留めたすべての魔物の素材を残らず採取していてはキリがないのだ。それよりも、今は先を急ぐことが先決である。

 そのため、剥ぎ取る素材は魔石の他に、高値で売れる希少な素材のみ、後は少々の肉だけと決めている。この肉は売却用ではなく、俺達の食用である。これだけ人里から離れていれば、魔物が人を食っているということもないだろう。


 ちなみに、ベイサーボーラの肉は二日前にも食している。少々大味だが、しっかりと調理すればそれなりに美味しく頂けた。

 何より、量があるからな。手持ちの食料を消費しなくていいし、クリスティーネも満足な食事が取れるというわけだ。


 そうして手早く必要な素材を手に入れた俺達は、魔物の死骸の処理を済ませ、少し離れた場所で野営をすることにした。

 帝都へ向かう旅をしていた時のように、天幕の周りと天井を、土魔術で生み出した岩でぐるりと取り囲む。多少傾斜のある地面だって、魔術で土を生み出せば平らな床の出来上がりだ。


 それから焚火を熾して食事を済ませた俺達は、早々に天幕の中へと引っ込んだ。石壁で周りを囲んだとはいえ、外よりも暖房の魔術具がある天幕内の方が暖かいからな。

 七人では寝るだけでいっぱいだった天幕も、三人であればそれなりに広々と使える。その中央に腰を下ろし、俺はシャルロットを抱えて地図を広げていた。


「寒くないか、シャル?」


「えっと、はい……暖かい、です」


 俺の胸に抱えられたシャルロット、少し恐縮した様子だった。少なくとも、嫌がられてはいないので構わないだろう。

 その透き通った水色の髪に片手を乗せ、俺は床に広げた地図へと目線を落とした。


「ジーク、そろそろなんだよね?」


 俺に寄り添うように身を寄せたクリスティーネが、長い銀髪を揺らしながら地図を覗き込んだ。柔らかな甘い香りが、ふわりと鼻を掠める。

 フィリーネほどではないが、最近のクリスティーネは随分と距離が近いように思う。その距離感に、何となく落ち着かない気分だ。


 俺は平静を装いつつ、地図の方へとシャルロットの頭に乗せていた手を伸ばした。


「あぁ、あくまで俺の見立てだが、今はこのあたりにいるな」


 そう言いながら、指先で地図上に円を描いて見せる。指し示したのは地図の左上、帝都から見て遥か北西方向だ。

 明確な目印のようなものがないので大雑把な予測だが、周囲の地形を見る限りでは、そこまで大きく間違っていることもないだろう。


 そして俺の指し示した箇所からさらに左上には、円で囲まれた範囲がある。冒険者ギルドで聞いた、氷龍が棲むと言われる範囲だ。


「この調子なら、明日には龍の棲むという領域に着くと思うぞ」


 目印を付けたあたりまでは、もう少しと言ったところだ。天候に恵まれれば、明日には辿り着くことだろう。


「龍、ですか……」


 俺の言葉に、腕の中のシャルロットがぽつりと呟いた。


「怖いか、シャル?」


「えっと……少しだけ」


 少女は俺の顔を見上げ、少し眉尻を下げた表情で応えた。

 実際に氷龍を目にしたのは俺とクリスティーネ、それにフィリーネだけだ。伝え聞く龍の情報だけでは、正確なところは想像し辛いだろう。あれは、自らの目で見なければ、その脅威は測ることが出来ない。


「大丈夫だよ、シャルちゃん! 私が守ってあげるから!」


 そう言って、クリスティーネはシャルロットへと頬を寄せた。その姿が、俺には少々意外だった。

 クリスティーネは、俺と一緒に氷龍を見ているのだ。あの恐ろしさが、わからない娘ではないだろう。けれど、少女の表情には怯えが見えない。


「クリスは怖くないのか?」


 俺自身、恐れを感じていないわけではない。出来れば龍となど、関わりたくはないのだ。

 俺の問いに半龍の少女は、んー、と顎先に指を当てて見せる。


「やっぱりちょっと怖いけど……でも、フィナちゃんのためにも頑張らなきゃ!」


「……そうだな、フィナのためだもんな」


 恐怖を感じていないわけではないのだろう。だが、洞窟で待つ白翼の少女のためにも、俺達は氷龍に挑まなければならないのだ。


「あの、ジークさん! 私も、頑張ります!」


 そう言って、シャルロットは両の拳を握って見せた。

 龍の恐ろしさは、未だ漠然と鹿理解できていないのだろう。それでも、この心優しい少女は、俺に心配をかけまいと振舞っているのだ。


「あぁ、頼りにしてるぞ、シャル」


 そう声を掛け、透き通った水色の髪を優しく撫でつける。

 元より、必要以上に龍に近寄るつもりはないのだ。遠距離からの魔術による狙撃を行い、後は全力で身を隠せば、少なくとも命の危険は限りなく低いだろう。


 それなら、初めて龍を目にするシャルロットが、身を竦ませたとしても安全なはずだ。多少見慣れるまで、しばらくの間氷龍を観察してもいい。

 俺はこんなところで命を落とすつもりはない。必ず氷龍の鱗を手に入れ、生きて帰るのだ。


 もうすぐ、龍の棲むという土地に足を踏み入れる。

 氷龍と再び相見えるのは、そう遠くない未来だろう。

評価およびブックマークを頂きました。

ありがとうございます。


「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。

作者のモチベーションが上がります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
上記リンクをクリックするとランキングサイトに投票されます。
是非投票をお願いします。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ