403話 氷龍の棲む地へ1
氷龍の鱗を手に入れるため、帝都北西へと向けて旅立つ日がやってきた。この日も俺は、いつものように誰よりも早く目を覚ました。
上体を起こし、周囲で眠る少女達の様子を目に入れる。一人減った寝室は、それだけで随分と広く感じた。
俺の片腕を抱き抱えるクリスティーネの長い銀髪を軽く撫で、俺は寝室を後にし広間へと足を踏み入れた。その足で広間の角へと向かい、照明と暖房の魔術具を稼働させる。
普段であればそのまま外へと向かうところだが、俺はその前にと、広間の片隅へと歩み寄った。
そこは、氷龍の息吹により氷像と化した、フィリーネが安置されている場所だ。白翼の少女は、龍の息吹を浴びた時と変わらず、両手と翼を広げた格好で固まっている。そこには、毛先程の変化も見られなかった。
俺は小さく溜息を吐き、少女の方へと片手を伸ばす。綿のようにふわふわだった白髪も、今は硬く冷たい感触が返るばかりだ。己の体温を分け与えるように頬へと手を当ててみても、些かも溶ける様子はない。
まるで作り物のように綺麗な姿だ。芸術品のような美しさだが、いつまでも見ていたいものではないな。この姿を見れば、どうしたって己の無力さを思い知らされる。
俺はフィリーネの体に埃などが積もっていないことを確認し、広間の入口から洞窟の外へと向かった。
その後のことは、いつもと変わらない。軽く外の空気を吸ってから、シャルロット共に朝食の用意だ。食事が出来上がるころに起きてきた皆と共にテーブルを囲み、軽く雑談をしながら朝食を取った。
朝食後、いつもであれば少し時間をおいて訓練をするところだが、今日はクリスティーネ、シャルロットと共に荷物の確認だ。前日のうちに準備は済ませているので、それも軽い確認だけで終わった。
そうして俺達は荷物をテーブルの上へと乗せ、ここに残ることになる三人へと向き直った。
「それじゃ、行ってくるよ」
「ジークさん、気を付けてね。クリスちゃんもシャルちゃんも、風邪ひかないようにね?」
「大丈夫! 私、風邪ひいたことないもん!」
心配気なエリーゼへと、クリスティーネが胸を張って応える。
最近の気温は、数日前よりは少し高くなったようだ。もしかすると、冷え込んでいたのは氷龍が近くにいた影響だったのかもしれない。それが立ち去ったために、気温も以前と同程度へと戻ったのだろうか。
とは言え、依然として十分に寒いのは変わっていない。しかも、これから北へと向かい、さらには山にも登ることになるのだ。体調には十分に気を付ける必要があるだろう。
「基本的には、昨日決めた通りに行動してくれ。忘れないでくれよ?」
「四十日よね、わかってるわよ……気が進まないけど」
俺の問いに、肩を落としたアメリアが応える。
今回、俺達が旅に出るにあたって、一つ取り決めをしていた。それは、例え目的を達成できなかったとしても、少なくとも四十日以内には、ここへと帰ってくることだ。
もちろん俺にそんな気はないが、旅先で遭難したり、最悪命を落としたりなどで、ここへと帰ってこられないということもあり得るだろう。
もしもそうなった場合、ここで待つアメリア達が、いつまでも帰らない俺達を待ち続けるというわけにはいかないのだ。彼女達にだって、自身の人生というものがある。
そのための期限として、四十日という基準を設けた。この期間を決めるにあたって、昨夜はなかなかに議論が白熱したものである。
まず、片道を多めに見て十日、往復で二十日は最低限必要だ。そこから氷龍を探して、首尾よく鱗を入手するには、少なくとも十日は必要だろうと見積もった。そこへ、もしものトラブルを考えて、十日を上乗せした形だ。
この考えに対して、アメリアはいくらでも待つと主張していた。けれど、さすがに何年も待たせるようなわけにはいかない。この洞窟で暮らしていくのも、限界があるのだ。
一応、所持している物資や金銭については、大半を残していくことになる。少なくとも、四十日をここで暮らし、その後王国にある火兎族の隠れ里へ向かうには十分だろう。
その場合、イルムガルトを王都まで連れていくことは出来なくなる。それでも、アメリアとエリーゼの口添えがあれば、火兎族の里で暮らしていくことは出来るはずだ。故郷へ帰ることは出来ないが、少なくとも安全に生きていくことが出来るだろう。
ただ、そうなった時に気掛かりなのは、フィリーネのことだ。その場合、彼女はこの洞窟に残していく他に手はないだろう。俺達を欠き、アメリア達三人だけとなってしまえば、フィリーネを助けることはまず不可能なのだ。
ただ、それも最悪の場合の想定だ。そうならないためにも、出来るだけ余裕を持って行動するつもりである。
例え目的を達成できなかったとしても、四十日以内には戻ってくる予定だった。その頃になれば、また帝都での情勢も変わっていることだろう。情報を集め直せば、また何か氷龍についてもわかるかもしれない。
「わかってるけど……出来るだけ、早く帰ってきてよね」
アメリアは少し俯き、小さく声を溢した。その大きな赤毛に覆われた耳は、力なく垂れさがっている。
俺は少女の柔らかな癖毛へと、軽く片手を乗せた。アメリアは俺の手を振りほどくことなく、上目でこちらを見つめ返す。
「あぁ、すぐに氷龍の鱗を手に入れて帰ってくるさ。それまで、フィナの事を頼む」
「任せて、ちゃんと護っておくから」
俺は少女の答えに軽く頷きを返し、軽く赤髪を撫でる。それから、部屋の隅に佇むフィリーネへと目線を移した。
最後に、その美術品のような姿を目に納める。
そうして、俺は鞄を拾い上げ、背中に背負った。
「よし、行くぞ、クリス、シャル」
「うん! それじゃ皆、またね!」
「えっと、行ってきます」
少女達と共に、この場に残るアメリア達へと軽く手を振り、俺達は洞窟を後にした。
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