401話 氷龍の情報を求めて5
重い沈黙が辺りを支配する。
テーブルを囲んで座る皆は、一様に考えを纏めるように、少し俯いていた。
その沈黙に耐えられなかったように、イルムガルトが吐息を漏らす。
「まさか、フィナを元に戻すためには、氷龍の鱗が必要とはね」
その言葉に、俺は小さく唸りを上げた。
俺が古い手記から読み取った情報を共有したのは、つい先程のことだ。何度読み返してみても記述内容が変わるようなことはなく、その前後を読んだうえで、それ以上の情報は得られないことがわかった。
そこで一度皆を集め、手記に書かれていた内容を共有したのだ。
その内容に、ある者は天井を見上げ、またある者は両腕を組んで俯いた。
「でも、氷龍の息吹に効くのが、氷龍の鱗から作った薬って言うのは、何となくわかるかも」
イルムガルトの言葉を受け、エリーゼが納得したように言葉を漏らした。確かに、少女の言う事には一理ある。
龍の息吹というのは、極めて魔術的な効力を含んでいる。それを解除しようと思うのであれば、その薬もまた、龍の素材から作れるというのは、何らおかしな話ではない。
「でもジーク、ここに書かれてるのって、本当なのかなぁ?」
シャルロット共に古びた手記を読んでいたクリスティーネが顔を上げ、小首を傾げて見せる。彼女は本の記述内容を疑っているようだ。
何せ、百年程前に実在したという、アレクセイなる人物が書いたに過ぎない代物なのだ。その内容に誤りがある可能性は、十分にある。
だが、俺は半龍の少女の問いに頷きを返した。
「あぁ、信じていいと思う。冒険者ギルドで聞いた内容とも一致するしな」
アレクセイなる人物が稀代の変人でもなければ、わざわざでたらめな薬の調合方法など、書き残さないだろう。もちろん、この情報が間違っている可能性はあるが、現状これ以外に手掛かりがないという現実もある。
それに、冒険者ギルドでも薬の材料としては龍の素材が必要だという話を聞いている。その素材というのが氷龍の鱗だったと考えれば、辻褄はあっているのだ。
そう説明すれば、クリスティーネは小さく頷きを返した。
「そっかぁ……ねぇジーク、私の鱗は使えないかなぁ? フィナちゃんのためなら、ちょっとくらい痛いの我慢できるよ?」
そう言って少女は己の尾を抱いて見せた。クリスティーネの尾は、銀に輝く鱗に覆われている。
だが、その言葉に俺は首を振って見せる。
「クリス、気持ちは嬉しいんだが……龍と半龍族は違う生き物だからな、代わりの素材にはならないよ」
でなければ、龍の素材を求める者達に、半龍族の者が襲われることになってしまう。もしも半龍族が龍の素材の代わりになるのであれば、半龍族はとっくの昔に絶滅しているだろう。
「ダメかぁ……」
落ち込んだ様子の少女の頭へと、俺は慰めるように片手を乗せた。
そこへ、アメリアが言葉を重ねる。
「それでジーク、どうするのよ? 氷龍の鱗なんて、そう簡単に手に入るようなものじゃないんでしょ?」
「そうだな、難しいと言わざるを得ない」
アメリアの言葉に、俺は両腕を組んで頷きを返した。
氷龍の素材など、それがどの部位にしろ、そうそう市場に出回るようなものではない。それに、もし売りに出たとしても、俺達が手に入れるよりも先に、権力者の手により押さえられてしまうことだろう。
「でもジークさん、冒険者ギルドでは、氷龍を狩りに行く人を集めてましたよね? それなら、そのうち討伐されて、素材も売りに出されるんじゃないですか?」
「シャル、それがいつのことになるかはわからないんだ。人が集まらず、討伐に行かないってことも考えられる」
龍の討伐など、文字通り命懸けなのだ。いくら冒険者の中には命知らずな者がいるとはいえ、龍の討伐に参加したいというものが、どれほどいるのかはわからない。
それに、討伐に行くとなればかなりの冒険者が必要となるだろう。それだけの冒険者を集めたのであれば物資だって必要だし、綿密な計画を立てる必要がある。実際に出発するのは、かなり先の話だろう。
「それに、もし討伐が成功したとしても、龍の素材が売りに出ることはないだろう」
「えっ、そうなんですか?」
俺の言葉に、シャルロットが目を丸くした。だが、仮に氷龍が討伐されたとしても、俺達がその素材を手に入れることは出来ないのだ。
まず、氷龍の鱗はその大半が、帝国に持っていかれるはずなのだ。最優先となるのは氷龍の被害に遭った皇族のはずで、その薬を作るために、多くの素材が国に買い上げられることになるだろう。
それに、言うまでもなく龍の素材というのは希少なものだ。龍の生態に関しても未だ謎が多く、研究用としても使われることになるだろう。
その他、余った素材があるのであれば、討伐に参加した冒険者が確保するはずだ。龍の素材など、欲しがらない冒険者などいないのだから。
「むぅ……どうすればいいのかなぁ。フィナちゃんを早く元に戻してあげなきゃいけないのに」
そう言って、クリスティーネはテーブルに体重をかけ、部屋の隅に置かれているフィリーネの氷像へと目を向けた。
少女の言葉に、皆が考え込むように顔を俯かせた。
そうして少々の沈黙の後、俺は口を開いた。
「俺達が氷龍の素材を手に入れるのに、確実な方法が一つある」
俺の言葉に、皆がこちらへと一斉に顔を向けてきた。
その表情は、疑問を含んでいたり、緊張した様子だったりと様々だ。
やがて、眉根を寄せた表情でアメリアが口を開いた。
「ジーク、まさかとは思うんだけど……」
彼女は大体見当がついているようだ。そして、その考えはおそらく間違っていないだろう。
俺は赤髪の少女へと、深い頷きを返した。
「あぁ……俺達自身で、氷龍の素材を取りに行くんだ」
評価およびブックマークを頂きました。
ありがとうございます。
「面白い!」「続きを読みたい!」など思った方は、是非ともブックマークおよび下の評価を5つ星にしてください。
作者のモチベーションが上がります。




