400話 氷龍の情報を求めて4
「こいつもハズレか……」
思わず言葉を溢しながら、俺は深い溜息を吐いた。それから、今まで読んでいた本を閉ざすと、テーブルの上に積まれた本の一番上へと置く。
これらはすべて、二日前に帝都を回って購入してきた本だ。
周囲を見渡してみれば、クリスティーネを始めとした少女達が、各々楽な姿勢を取って本を読む姿が目に入る。これが、ここ二日間の主な風景である。
それから俺は、本を読む少女達から広間の端の方へと目線を映した。そちらには、大きく翼を広げた少女の氷像が置かれている。
俺達の仲間の一人である、フィリーネだ。氷龍の息吹を浴びて以来、氷漬けとなった白翼の少女に変化はない。その場から身動き一つせず、ガラス玉のような瞳を俺達の方へと向けていた。
彼女を元に戻す方法を知るべく、俺達は手分けして様々な本を調べている。けれど、今のところ成果は一つとして得られていなかった。
「はぁ……なかなか見つからないね、ジーク」
声の方向へと目を向ければ、俺の隣でシャルロットと身を寄せていたクリスティーネが、テーブルの上へと上体を投げ出すところだった。
彼女はアメリアのように、本を読むよりも体を動かすほうが性に合っているらしい。朝から続く読書の時間に、ちょっと飽きているようだ。
「そうだな」
「むぅ……ちょっと肩凝っちゃった」
そう言って、軽く首を回して見せる。そのまま背筋を伸ばしていたクリスティーネは、唐突にがばりと体を起こして立ち上がった。
「ジーク、ちょっと外の空気吸ってくるね! そうだ、シャルちゃんも一緒に行こう!」
そう言って、隣に座った小柄な少女の体を、後ろから抱き締めた。
「えっ、あのっ、クリスさ――」
驚いた様子のシャルロットを抱えたまま、クリスティーネは広間の出口へと向かう。俺は特に止めることもせず、それを見送った。
本気で嫌なら、シャルロットも抵抗するだろう。ずっと洞窟の中というのも気が滅入るし、気分転換に外に出るのも悪くはない。
二人を見送った俺は、テーブルの上へと視線を戻した。石造りのテーブルの上には、目を通した本と未読の本が雑然と積まれている。
次の本を読もうと片手を伸ばしたところで、ふと一冊の本に目が止まった。
「……そう言えば、これがあったな」
呟きながら、その本を手に取った。それは、随分と古い一冊の本だ。帝都で本を探していた際に、本屋の店主から譲り受けたものである。
店主の話では、この本には龍に関する話も書かれているということだった。折角譲り受けたのだし、少なくとも一度は目を通しておいた方が良いだろう。
そうして俺は本を破らないようにと気を付けながら、古びた紙を捲り始めた。
どうやらこの手記は、アレクセイ・ヴェセローヴァなる人物の残したものらしい。今から大体、百年程前の人物のようだ。
その頃にはまだ、冒険者というのは存在していなかった。ただ、魔物を狩って、その素材を売ることで生計を立てるということは、その時代でも既に行われていたことだ。アレクセイも、そんな暮らしをする一人だったらしい。
百年程前も、帝都は帝国の中心であったようだ。アレクセイは、帝都を中心に活動をしていたらしい。
本には、アレクセイが実際に体験したのであろうことが、時系列に従って淡々と記載されていた。時折、本人の感想が書かれていたり、余白に覚書のようなものが書かれている。物語のようなものではなく、どちらかというと記録を読んでいる感じだ。
前半部分は、特筆すべき様なことはなかった。ただ、アレクセイはかなりの実力者のようで、今でも強力とされる魔物の討伐に関する記録は、なかなか参考になった。
そうして、手記の中盤に差し掛かった時だ。並ぶ文字の中に氷龍という単語を見つけたことで、俺は姿勢を正した。
俺は少しだけ文章を遡り、注意深く読み進めていく。それによると、どうやら今回のように、氷龍が帝都の近くに姿を見せたことがあるそうだ。
それも、一度ではなく何度も現れたそうで、結構な被害が出たようだ。事態を重く見た当時の皇帝によって、討伐隊が編成されたという。アレクセイも、氷龍の討伐に参加した一人と言う事だった。
戦いは熾烈を極めたようだ。
特に厄介だったのは、氷龍があの巨体ながら空を飛べることだという。アレクセイは剣士だったようで、空を飛ぶ龍には手出しが出来なかったそうだ。
だが、討伐に参加した魔術士達の活躍により、何とか龍を地に縫い留めることが出来た。地に落とせば、龍と言えども手が届く。そこから近接職も混ざっての戦闘が始まった。
飛べなくなったとはいえ、龍の抵抗は激しく、戦いは丸二日に及んだそうだ。人々は多大な犠牲を払いつつも、龍を打ち倒すことに成功したという。
氷龍との戦闘では、踏み潰されたり爪で引き裂かれたりと、死んでしまったものが多くいたそうだ。それ以外にも、今回のように氷龍の息吹で氷漬けにされた者もいたようだ。
そして、人々は氷にされてしまった者を助けようと、薬の研究を始めたという。
「……そうして数年にも及ぶ研究の結果、ついに氷龍の息吹の被害者を救う薬が完成した」
俺はそこに書かれていた一文を読み上げた。
どうやら百年程前には、既に氷龍の息吹に対して効果のある薬を作り出すことには成功していたようだ。一般的な薬学の本に載っていないのは、その薬があまりにも特殊すぎるためだろう。
「……万が一のことを考えて、その薬の作成方法をここに記す」
そんな一文に続き、薬の素材と調合方法に関して書かれていた。俺はそこを指で指し示しながら、ゆっくりと頭の中で読み上げていく。
薬の素材の大半は、聞き覚えのあるものだ。いくつか珍しい素材もあるが、既に手持ちにあったり、町で購入可能な範囲のものである。
ただ、最後に記されている文字のところで、俺の手が止まった。
「……氷龍の鱗、か」
そこに記されていたのは、入手難易度が最高峰とされる、龍の素材だった。
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