4話 半龍族の少女2
「助かったわ! もう丸一日何も食べてなかったの!」
銀の長髪に銀の翼、さらには銀の尻尾を持つ少女は、満面の笑みを浮かべてそう言った。その頬には少々の食べかすが付いている。
二体のオークを倒した俺は、空腹を訴える少女に食事を振舞っていた。外傷はないが腹が減って動けないという少女を、街道のど真ん中に放置して立ち去るわけにはいかなかったのだ。
少女に与えているのは、たった今倒したばかりのオークの肉を焼いたものである。図体の割にそこまで可食部が多くはないオークだが、腹周りの肉はそれでも結構な量がある。
魔術で火をおこし、鉄板で焼いた肉に少々の調味料で味付けしただけの簡素な焼肉だったが、目の前の少女は美味い美味いと次々に肉を口へと運んでいく。
あまりの食べっぷりに、魔術で生み出した水をもとに作ったスープに堅パンを合わせて渡したところ、涙を流すほど喜ばれた。
結局、オーク半頭分の肉を平らげるまで少女の手は止まることはなかった。
「ありがとう! あなたは命の恩人だよ!」
「そりゃどうも」
ようやく食事の手を止めた少女は、ニコニコと感謝を告げてくる。数人分の食材をあっという間に食い尽くした少女に、俺は内心で呆れつつも答えた。ようやく話を聞けそうだ。
改めて向かい合うと、容姿の整った少女だと改めて思う。
腰まである長い銀髪は陽の光を浴びて輝き、意志の強そうな金の瞳はキラキラと光って見えた。桜色の唇は、肉の油で艶めかしく光っている。
今は座っていてわからないが、先程見た限り背丈は俺より拳二つ、三つほど低いだろうか。全体的に線が細く、華奢な印象だ。
身に付けている黒を基調とした衣装は、軽く見ただけでも上等な代物で、少女の長い銀髪と対照的でよく似合っていた。
その場に佇んでいるだけでも絵になりそうな少女の姿だが、膝下まであるロングブーツが少々汚れているところにひどく現実感がある。
「それで、君は……半龍族であってるか?」
俺は少女の背に目を向けつつ訊ねた。
少女の背から大きく広がる銀の翼膜を持つ翼と、臀部から伸びていると思しき銀の尾は、どちらも龍のそれによく似ている。その特徴を持つ人型の生物など、大昔に人と龍が交わって生まれたとされる半龍族以外に該当しなかった。
俺の質問に対し、目の前に座る少女は素直に首肯を返した。
「うん、半龍族のクリスティーネだよ。クリスって呼んでくれると嬉しいな」
そう言って半龍族の少女、クリスティーネは笑顔を浮かべた。
「やはりそうか……俺はジークハルト。ジークでいいぞ」
俺達はここにきてようやく自己紹介を交わした。クリスティーネが食べてばかりで、じっくり話などできなかったからな。
「それで、クリスは何だってオークなんかに追われていたんだ? そもそも、半龍族ってここから随分と離れた場所で暮らしているって聞いた気がするんだが……」
そう、具体的にどこにあるのかまでは知らないが、半龍族達が集まって暮らす半龍族の里という場所がどこか遠くにあるそうだ。
半龍族はそれほど多くなく、ほとんどが里で暮らしており、外に出てくることは滅多にないという話だった。俺自身、半龍族をこの目で見たのは今日が初めてのことだ。
俺の質問に、クリスティーネは「そうなんだけど……」と答えつつ、言葉を続けた。
クリスティーネは今16歳なのだそうだが、それまで半龍族の里で何不自由なく育ってきたらしい。
しかし、変わらない毎日、変化のない日々に飽きが来て、つい先日に里を飛び出してきたそうだ。なんとなく、俺が冒険者に憧れて故郷を飛び出した時のことを思い出す。
そうして里を飛び出したクリスティーネだったが、当然行く当てなどどこにもない。それどころか、近くにある町すら知らなかったそうだ。
そうしてしばらく空を飛んで人里を探していたが、いつまで経っても町は見つからなかった。そうこうしているうちに里への方角もわからなくなり、ついに魔力も気力も尽きて森に下りてしまったという。
それから食べ物を探して森を歩き回っていたところ、オークに見つかって追われたようだ。
「お腹さえ空いてなければ、オークなんかには負けないんだから!」
外見上ではどう見ても弱そうにしか見えない少女は、それでも自信満々といった様子でそう主張する。
実際、身体強化や魔術さえ使用できれば、クリスティーネのような細腕でもオーク達魔物とは互角以上に渡り合えるこの世界だ。
オークに追われていた際は体内の魔力が尽きていたようで、逃げる以外に選択肢がなかったらしい。まぁ、話半分くらいで聞いておいた方が良さそうだな。
「それで、クリスはこれからどうするんだ?」
ひとまずの危機は脱したのだし、これからの計画などはあるのだろうか。
「世界をいろいろ見てみたいけど、まずは町に行ってみたいわ!」
何でも、勢いで里を飛び出してきたものの、具体的な目的があるというわけではないらしい。強いて言えば、世界を巡って多くを経験し、見聞を広げることだという。
その言葉自体は立派だが、どうにも漠然としているように思えてならない。まぁ、俺が冒険者を目指して村を飛び出した時も大概ではあるのだが。
俺のクリスティーネに対する印象としては、今のところ大食いの世間知らずと言ったものだ。
正直、このまま半龍族の里に帰った方が本人にとっては良さそうなのだが、当人は何やらやる気のようだし、水を差すのは野暮というものだろう。
人生の選択など、自身が責任を持って選ぶべきだ。
思えば、故郷を飛び出した頃の俺自身もこんな感じであった。いや、今でも目標は一流の冒険者になるということだし、あまり変わっていないだろうか。
「それなら、俺と一緒に来るか? 割と近くに町があるんだが」
「えっ、いいの?!」
驚くクリスティーネに対して頷きを返す。
このまま、はいさようならとすることもできるのだが、それではあまりにも可哀そうだろう。というか、ここで別れてしまうと今度こそ命を落とす事態になりかねない。
どちらにせよ俺自身、ネーベンベルクの町を目指しているのだし、クリスティーネが町を探しているというのなら、案内する程度は手間にもならない。
ここからなら王都グロースベルクにも向かえるのだが、クリスティーネの目的が王都に限らず町に行くことなら、これから行くネーベンベルクの町でも問題ないだろう。
「別にそれくらい構わないさ。俺も町への移動中だからな」
「それならお願い! 私を町に連れて行って!」
「任せとけ。それじゃ、早速出発するか」
俺は腰を上げ、料理に使用した道具などを水魔術で手早く洗浄する。このくらいは二年の冒険者生活で手慣れたものだ。
火の始末をし、背負い袋を背負えば移動の準備は完了である。
それから一度、後方へと目を向けた。そこには先程倒したオークの姿はすでにない。
必要な部位を取った後は、地面に土魔術で穴を開けてオークの死体を放り込み、上から土を被せているのだ。
こうしておけば、森から魔物がオークの死体を求めて出てくるようなこともないだろう。
「よろしくね、ジーク!」
「あぁ、よろしくな」
そうして俺は、笑いかけるクリスティーネを連れてネーベンベルクの町へと歩き出した。