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395話 少女の氷像1

 あれからどれだけの時間が経過したのだろうか。

 意識が飛んでいたようで、時間の感覚が曖昧だ。

 まるで自分の体が自分のものではないように感じるのは、あまりの寒さに体が麻痺しているからだろう。


 周囲の様子が全く見えないのは、瞼を閉ざしているからだ。

 だが、瞳を開こうとしても、何故だか固く閉ざされ動かない。何かが俺の目を覆っているようだ。

 ただ、胸の前には僅かばかりの暖かさを感じた。


 確か俺は、氷龍の息吹からクリスティーネを護ろうと、彼女を強く抱き締めたのだった。

 では、この手の内側にいるのはクリスティーネだろうか。

 僅かに手を動かしてみれば、指先に柔らかな感触が返った。


 とにかく、この目で確かめなければ。

 俺は腕を動かそうとするが、俺の意思に反して腕は動かない。何か、俺の体を拘束するものが、体の表面を覆っているようだ。

 軽く魔力を流して身体強化を強めてみれば、パキリと軽い音を立てて腕が軽くなった。どうやら俺の腕を覆っていた何かが割れたらしい。


 そのまま俺は自由になった片腕を、己の顔へと近付ける。そうして触れてみれば、何か冷たいものが顔の表面に付着していることが分かった。

 呼吸が出来るということは、少なくとも鼻や口は覆われていなかったらしい。


 それから瞼を覆う何かに触れ、先程と同様に力を籠めれば、やはりパキリと軽い音を立てた。

 眼前を覆う何かが取り払われ、ようやく視界が開ける。

 瞳を開いてみれば、俺の視界を覆っていたのは氷の塊だった。


 否、覆われていたのは視界だけではない。

 俺の体全体を、薄い氷が覆い尽くしていたのだ。道理で、身動きが出来ないわけである。

 身体強化を全身に施して軽く体を動かしてみれば、体の表面に付着していた氷が割れ、雪の上へパラパラと崩れ落ちる。


 自由になった体で、俺は腕の中の少女を見下ろした。

 そこには俺が守ろうとした、半龍の少女の姿があった。

 少女の体は、俺と同じように氷に覆い尽くされている。

 俺は身体強化をした腕で、少女の体についた氷を取り払った。


 クリスティーネの端正な顔が露わになる。その顔は寒さのためかはっきりと青褪めて見えた。少女は意識を失っているのか、少し俯いた状態で目を閉じている。

 俺は己の熱を分け与えるように、少女の頬へと片手を触れた。


「クリス、クリス」


「……ん」


 俺の呼びかけに、少女が小さく言葉を漏らす。軽く銀の髪を揺らし、少女の金の瞳がゆっくりと見開かれた。

 少なくとも、生きてはいる。そのことに、俺は小さく安堵の息を吐いた。


「クリス、大丈夫、か」


 俺自身もかなり熱を失っているのだろう。言葉を発しようとすれば、意図せず歯がカチカチと音を立てた。

 クリスティーネは俺の呼びかけに、腕の中で俺を見上げた。


「ジー、ク……寒い、よぅ」


「少し、待て」


 俺は少しでも熱を逃がさないよう、少女をしっかりと抱き締め直した。

 それから、体内の魔力を練り上げる。大規模な魔術を使用するわけでもないので、必要な魔力はすぐに集まった。


「『熱風(ヴァルム・ヴィント)』」


 使用したのは、暖かい風を生み出す魔術だ。攻撃性はなく、一般家庭などでも寒い日にしばしば使用される魔術である。

 普段は快適な温度に感じるそれは、冷えた体には少々熱く感じた。


 徐々に体の強張りが解けていく。

 足元の雪が水へと変わるころには、すっかりと体が温まっていた。


「ありがとう、ジーク」


 腕の中で、安堵した様子のクリスティーネが笑みを浮かべた。その顔を見て、俺も少し表情を緩める。


「ジーク、さっきの龍は?」


 クリスティーネの言葉に、俺はハッとして顔を上げた。

 そう、問題なのは氷龍だ。俺とクリスティーネが氷に覆われていたのも、氷龍の息吹を浴びたためだろう。

 氷で覆われる程度で済んだのは意外だが、依然として脅威は残ったままなのである。


 俺は背後を振り返り、先程まで氷龍がいたはずの場所へと目を向けた。

 だが、その方向には地平線の向こうまで雪の降り積もった平原が見えるばかりだ。

 周囲を眺め、空を見上げてみても、あの堂々たる姿を捉えることは出来なかった。


「……去ったみたいだな」


「そっか、良かった……」


 俺の言葉に、クリスティーネがほっと息を吐きだす。氷龍がこの場を去ったのであれば、目下の命の危機はなくなったとみていいだろう。

 俺は少女から少し体を離し、その場に立ち上がった。


「クリス、立てるか?」


「うん、平気」


 俺の手を取り、クリスティーネが立ち上がる。

 それから俺達は、ゆっくりと周囲へと目を向けた。


 この場で、動いているのは俺とクリスティーネの二人だけだ。

 俺達の他にも、何人もの騎士達がいるのだが、皆一様にその動きを止めていた。

 それは、動かないのではなく、動けないのだろう。


 ある騎士は、先程まで氷龍がいた方向へと、腰の引けた体勢で剣を構え。

 ある騎士は、雪の上に尻を付け、怯えを隠さぬ表情で。

 ある騎士は、必死の形相で、帝都へと駆け出す体勢で。


 一人一人の反応はまるで統一されていないものだが、ただ一つ共通していることがある。

 彼らが皆、氷の彫刻と化していることだ。


 俺やクリスティーネが氷に覆われていたのとは、また異なるのだろう。

 氷と化した彼らは、一切の身動きをしていなかった。

 これこそが、氷龍の息吹の真なる効力に違いない。


 彫刻と化したのは、何も騎士達だけではない。俺達からそれほど離れていない距離にいた、レオニード達もまた例外ではなかった。

 レオニードは大きく瞳を見開いた状態で、ツェツィーリヤはそんな彼を庇うように抱き着いた状態で固まっていた。その傍では、両腕で顔を庇うようにしたエリザヴェータが立ち尽くしている。


「ジー、ク……」


 名を呼ばれて視線を向ければ、クリスティーネは俺の後ろへと目を向けていた。その瞳は、内心の動揺を表したように揺れている。

 ぎしりと、心臓が疼く。

 目を向けたくはないが、見なければならない現実がそこにはあった。


 俺は徐に後方へと振り返る。

 そこで目にした光景に、俺は思わず下唇を噛んだ。


「……フィナ」


 そこには、俺達を庇うように両手と翼を広げ、物言わぬ氷像と化した、白翼の少女の姿があった。

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