391話 帝都からの逃走2
一体何が起きたのだろうか。
突然、頭に激痛が走った。何か硬い物に頭を打ち付けたような感覚だ。
俺は咄嗟に頭を手で押さえた。だが、それと同時に感じたのは、全身を襲う浮遊感だ。
そう、俺は今、クリスティーネに抱えられ、フィリーネ共々空を飛んでいたのだった。
衝撃を受けたのは、クリスティーネも同じなのだろう。羽ばたきも風の魔術も止まり、重力に引かれて地上を目指しているというわけだ。
「クリス!」
振り返りながら呼びかけるが、応えは返らなかった。もしかすると、先程の衝撃に意識を失っているのかもしれない。
首を捻ってみれば、同じように頭を下に、地上へと落下するフィリーネの姿も見えた。
それなりの高さだ、このまま落ちれば怪我では済まないかもしれない。
「くっ――」
俺は中空で身を捻り、クリスティーネの体を内へと抱え込む。この状態で身体強化を全開にすれば、最小限の被害で止められるはずだ。少なくとも、これ以上痛い思いをするのは俺だけで済む。
後はフィリーネだ。ぐんぐんと地上が近付く中、俺は白翼の少女の方へと片手を翳した。
「風よ!」
魔力を練り上げ、一息に放出して周囲の風を掌握する。その風で以てフィリーネの体を包み込むことで、落下の勢いを僅かに弱めた。
俺の魔術により、白翼の少女は辛うじて頭から落ちることだけは避けられたようだ。けれど、受け身も取れずに背中から落ちたので、その衝撃はかなりのものだろう。
何とかなっただろうかと息を吐く暇もなく、次いで俺が地面へと激突する。肩が外れそうなほどの痛みが突き抜けるが、雪がクッションになったのか、想像していたよりは幾らか衝撃は少ない。
そのまま地面へと背中を付けたまま、痛みを堪える。そうして多少息を整えたところで、俺は腕の中の少女へと声を掛けた。
「クリス、無事か?」
「ん……平、気」
クリスティーネは俺の腹に腰を下ろした状態で身を起こし、片手を頭へと添えた。やはり、先程打ち付けた頭部が痛むのだろう。
見る限りでは、クリスティーネの体に外傷はない。上手く守れたようだと、俺はほっと息を吐きだした。
「いたた……庇ってくれてありがとう、ジーク。ジークは大丈夫?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。それより、無事なら退いてくれるか?」
「あっ、ごめんね? 重いよね?」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
クリスティーネが慌てた様子で俺の上から飛び退いた。別に、気になるほどの重さではなかったのだが。クリスティーネ一人くらいであれば、軽いものである。
それから半龍の少女は、上体を前のめりにそろそろと中空へと片手を伸ばした。先程、俺達が向かっていた洞窟の方向だ。
その手が、伸ばしきる前に不自然に止まった。まるで、見えない壁に阻まれたかのようだ。
いや、まるで、ではない。
俺も身を起こして同じように手を伸ばしてみれば、何か硬い物に手が振れる感触が返った。それは局所的なものではなく、上下左右に長々と広がっているようだ。俺達は、この見えない壁に中空で衝突したのだろう。
「ジーク、これ、なんだろう?」
「わからない。わからないが、ひとまず後回しだ」
この見えない壁について思い当たる節はあるものの、クリスティーネの無事を確かめた今、優先すべきはフィリーネだ。白翼の少女は俺達から少し離れた場所に、落下したままの体勢で僅かに身動ぎをしている。
駆け寄ってみれば、地面に降り積もった雪が赤く染まっているのがわかる。そっと抱き起してみれば、綿のような白髪が血に塗れていた。どうやら、頭を打った際に怪我をしたらしい。
「フィナ、大丈夫か?」
声を掛けてみれば、紅の瞳がゆっくりと露わになる。
その目尻には、いくらかの涙が浮かんでいた、
「んん……痛いよぅ」
「待ってろ、すぐに治してやるからな」
俺は自分の治療も後回しで、フィリーネへと治癒術を試みる。俺自身は軽い打撲程度だろう、多少痛みはあるが骨も折れてはいないし、まだまだ動ける。
その間にも、帝都の方から騎士達が馬に乗ってこちらへと駆けてきていた。俺はフィリーネを抱えたまま後退しようとしたが、すぐに背中が透明な壁に阻まれた。
やがて、俺達の前まで辿り着いた騎士達が馬を降り、俺達を半円状に取り囲んだ。クリスティーネは俺とフィリーネの傍へと身を寄せる。
今すぐ逃げ出すことは出来ないらしいと考えたところで、騎士達の中から周囲のものとは異なる装いの一人が歩み出た。
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