39話 半龍族用防具の注文
「ジーク、この後は冒険者ギルドに行くんだったよね?」
「あぁ、そのつもりだったんだが……」
俺とクリスティーネは王都の大通りを歩いていた。教会にシャルロットを預けた直後の事である。まだ時間帯は朝早いため、今から冒険者ギルドに行って依頼を探し、素材採取に出掛けるのには十分間に合う。
しかし、俺はその前に一つ、用事を思い出していた。
「その前に、昨日の鍛冶屋に行こうと思うんだ」
「鍛冶屋に? 何か装備でも買うの?」
「いや、クリス用の防具を注文しようと思ってな」
クリスティーネを横目で見ながら、俺はそう提案した。
現在クリスティーネがその身に付けているのは、半龍族の里から持ち出したという革製の鎧だった。最低限の防御性能はあるものの、これからの冒険者生活の事を考えると、せめて金属製に変えておきたい。
しかし、クリスティーネは半龍族である。通常の人族用の装備とは異なり、特殊な加工が必要になってくる。半龍族はその存在自体が珍しいため、そのあたりの鍛冶屋では半龍族用の防具を取り扱っていないのだ。そのため、求めようと思えば注文が必要となる。
「あの鍛冶屋の親父なら、信用しても大丈夫だと思わないか?」
「そうだね、シャルちゃんの枷も外してくれたもんね」
昨日、俺達の保護したシャルロットの手足に嵌められていた枷を外してくれたのが、今から向かおうとしている鍛冶屋の親父だ。何も言わず、見返りも求めずにシャルロットを助けてくれた親父なら、信用しても大丈夫だろう。
クリスティーネは、街中に入る際は半龍族の証である翼と尻尾を魔術で隠している。半龍族が希少種族故に無用なトラブルを避けるためだ。あの親父であれば、正体を明かしたとしても面倒事には巻き込まれないだろう。
それからしばらく歩き、目的の鍛冶屋へと辿り着いた。中へと入れば、昨日とは異なりカウンターに親父の姿はなかった。その代わり、奥に続く扉から金属を叩くような音が聞こえてくる。
勝手に奥へと入るわけにはいかないだろう。俺はカウンターの隣へと立ち、奥の方へと声を掛けた。
「親父、いるのか?」
返事はない。聞こえていないのだろうか。再度声を掛けるべきかと考えていると、不意に音が止み、こちらへと近付いてくる足音が聞こえた。やがて、少し汗をかいた様子の親父が顔を見せる。
「おう、お前らか。昨日の嬢ちゃんはどうした?」
「教会の孤児院に預けて来たんだ。俺達が預かるにも限界があるからな」
「まぁ、それもそうか。それで、今日は何の用だ?」
「今日は、防具を注文しようと思ってな」
「防具なら、既に出来上がったものが出ているだろう? お前さん、わざわざ注文するほどの腕前なのか?」
鍛冶屋の親父が、訝しむように訊ねてくる。武器や防具をわざわざ注文するのは、上位の冒険者の振舞いである。俺のような冒険者なら、多少手直しを頼むこともあるものの、まだまだ市販の装備品で十分だ。
「いや、俺のじゃなくてだな……クリス、見せてやってくれ」
「うん!」
口で説明するよりも、実際に見せた方が話は早いだろう。そういう意味でクリスティーネを振り返ったところ、俺の意図を理解したようでクリスティーネが頷きを返す。
そうして指を鳴らせば、たちまちのうちに光に包まれてクリスティーネの背後に銀の翼と尻尾が現れた。
突然のことに、鍛冶屋の親父は目を丸くしている。
「こいつは驚いたな。半龍族ってやつか?」
「うん、半龍族のクリスティーネだよ」
クリスティーネが素直に答えると、親父は観察するような視線をクリスティーネの翼へと向けた。それから納得したような表情を見せる。
「なるほどな、その嬢ちゃんの防具が欲しいってことか。確かに、半龍族用の装備なんてそのへんじゃ売ってないわな」
「そういうことだ。それで、注文すれば防具を作ってくれるのか?」
俺がそう聞けば、親父は何やら考え込むような表情を取った。
「そうだな……基本的な作りは、有翼族の装備と同じだろう。穴開けと修復の仕組みも、他の異種族の装備を扱ったことがあるから問題ないとして……嬢ちゃん、ちょっと回って見せろ」
親父はそう言って、クリスティーネに後ろを向くように手振りで示した。クリスティーネは素直に従い、くるりと回ってその背を親父の方へと向ける。
親父はクリスティーネの背中へと顔を近づける。何やら、翼の付け根あたりを観察しているようだ。
「なるほど、こうなってるのか……有翼族のものとは多少異なるな」
親父は少しの間、熱心に翼を観察していたが、満足したのかクリスティーネから顔を離す。それから向き直るように指示を出すと、その逞しい両腕を胸の前で組んだ。
「いいぞ、問題なく作れそうだ。それで、どんな装備が欲しいんだ?」
どうやら、クリスティーネ用の防具を作ってくれるらしい。俺は親父の返答に安堵すると、注文する装備について考える。
多少金銭に余裕があるとはいえ、装備を作るとなると金がかかる。頼むとなると、今の俺が身に付けている装備と同じようなものがいいだろう。
「金属製の部分鎧を頼めるか?」
「いいだろう。材質はどうする?」
「とりあえず、黒魔鉄で頼む」
「ま、そんなところか」
黒魔鉄というのは、防具によく使用される金属の種類の一つである。鉄よりも固く、軽くて丈夫なので冒険者の装備としてよく使われる。安い鉄装備を卒業した冒険者が次に求める装備に多く、複数の種類がある魔鉄の中では最も安価である。ちなみに、俺が今着ている金属鎧も黒魔鉄で出来ている。
「出来上がるのは数日後になるだろうから、また後日来てくれるか?」
「わかった……採寸とかはしなくていいのか?」
「今見たからな。俺くらいになると、わざわざ測らなくても見れば作れるもんだ」
不思議に思って尋ねると、親父はなんて事のないように答える。この親父、実は結構いい腕をしているのではないだろうか。
そうして俺は防具製作のために前金を渡すと、鍛冶屋を後にした。




