381話 息抜きと雪合戦
「何というか、少し退屈ね」
そんなことをアメリアが溜息交じりに口にしたのは、クリスティーネが記憶を取り戻してから三日ほどが経過してからだった。
昼食を食べてからしばらく、広間に敷かれた布の上、クッションに横になっていたアメリアは随分と退屈そうな様子だ。
読書をするよりも、体を動かすほうが性に合っていると言っていたアメリアだ。洞窟の中に引きこもる生活で、少々ストレスが溜まっているのだろう。
とは言え、全く動いていないかと言われれば、そうでもない。
「午前中に訓練はしただろう?」
「訓練してるか、ゴロゴロしてるかだけじゃない。そりゃ、訓練は必要だと思うけど、たまには外に出たいわ」
その言葉に、俺は読んでいた本を閉じた。
確かに、アメリアの言う事も一理ある。ここ数日は、ずっと洞窟内で過ごしているのだ。多少、外の空気は吸っているが、もう少し洞窟の外に出て羽を伸ばす必要もあるように思う。
「そうだな……ひとまず、ちょっと外の様子を見てくるか」
「それなら、私も行くわ」
腰を上げたアメリアと共に、俺は洞窟の入口へと歩いていく。
外へと出てみれば、洞窟の外は雲一つない快晴だった。暖かな陽光が降り注いでいるが、気温は益々低下しており、足元に降り積もった雪は少しとして融けていない。
あまり生き物も通らないようで、深く降り積もった雪には足跡一つとしてなかった。
その様子を、俺の隣で眺めていたアメリアが、俺の方を見上げて口を開く。
「ねぇジーク、この近くなら、少しくらい外に出ても大丈夫なんじゃない?」
「確かにな……」
洞窟で過ごすようになってしばらく経つが、この付近で人を見かけたことは一度もない。帝都へ買い物に出掛けた際も、森へと騎士達が入った様子はなかった。
おそらく第三皇子達は、俺達が帝都南西の森にいるなどとは、露程も思っていないのだろう。クリスティーネを助け出した以上は、帝都付近に留まる理由などないからな。
実際、土魔術で洞窟の中に暮らせる環境が作れなければ、町から町へと移動した方が遥かに安全だ。そう考えるのも無理はないだろう。
だが、俺達にとっては好都合である。騎士達がこの近くに来ないのであれば、洞窟から外へと少々出ても構わないだろう。
「さて、どうするかな。狩りにでも出るか?」
「別に、食料に困っているわけじゃないんでしょう? 羽を伸ばせればいいんだし、遊ぶ方向で考えない?」
「……それもそうだな」
つい冒険者らしく考えてしまうが、数日前にはルエルコリスの花を採取に行き、魔物と戦闘を行ったばかりだ。毎日訓練は欠かしていないし、模擬戦闘もしているので、戦闘勘が鈍るということもない。
たまには思い切り遊ぶというのもいいだろう。
「それじゃ、何して遊ぶ? アメリアはやりたいこととかあるか?」
「これだけ雪があるんだから、雪合戦とかどうかしら? って、そもそもジークは雪合戦って知ってる?」
「あぁ、知ってるぞ。遊んだこともある」
子供の頃、故郷で遊んだことがある。毎年というわけではないが、故郷ではそれなりに雪が降ることもあったのだ。
その頃から、俺はある程度魔術を使うことが出来た。氷属性の魔術で雪を操り、防壁代わりの雪壁をよく作ったものである。
「アメリアは、よく遊んでるのか?」
「えぇ、子供達の遊び相手にね」
アメリアは王国の北側出身だ。冬にはよく雪が降っただろうし、いろいろと雪遊びを経験していることだろう。
それに、火兎族の里で見る限り、アメリアは意外にも年下の世話を焼くのが得意なようだった。子供達に混ざって、何度も遊んだ経験があるのだろう。
「なら、雪合戦にするか。ほどよく訓練にもなりそうだ」
雪国で行動するのに、良い経験になるだろう。雪の上で動くのは、普段とは勝手が違うからな。これまでも雪が降る中行動してきたが、経験は大いに越したことはない。
雪玉を投擲するのにも技術が必要だ。投げるのが上手くなれば、魔術の命中率も良くなるかもしれない。雪玉を躱すのは、回避の良い訓練になるだろう。
そんな風に考えていると、アメリアから呆れたような目線を向けられた。
「ジーク、あなた、何でも訓練に結び付けなきゃ気が済まないの?」
「別にそういうわけじゃないが、まぁいいだろう。それじゃアメリア、二人だけって言うのも何だし、希望者を募ってきてくれるか? その間に、俺は準備をしておくから」
「えぇ、わかったわ」
俺に言葉を返し、アメリアは洞窟の中へと引き返す。その姿を見送ってから、俺は雪合戦の準備に取り掛かった。
まず、広い範囲を雪壁で取り囲む。周囲に魔物の気配はないが、万が一のための措置だ。大型の魔物が近づいてきたとしても、少しでも足止めできれば洞窟内に逃げ込むことが出来るだろう。
それから、身を隠せるくらいの雪壁を、いくつか作り上げていく。ただ雪玉を投げ合うというのでも悪くはないが、多少の戦略性は欲しいからな。
そうして準備が整ったところで、アメリアが皆を引き連れて戻ってきた。現れたのは、なんと旅の同行者全員である。さすがに、これは予想していなかった。
クリスティーネやフィリーネは来るだろうと思っていた。二人とも、体を動かすのが好きな方だ。それなりに体力も戻ってきているし、外で遊ぶと聞けば喜んでくることだろう。
だが、シャルロットとイルムガルトも参加を希望するとは。二人は運動が苦手と言うほどではないが、本を読むのも好きな方である。てっきり、読書をして過ごすものだと思っていた。
「折角、皆さんで遊ぶという事なので」
「本なら、いつでも読めるしね」
なるほど、確かにその通りだ。
全員が揃ったところで、二組に別れることにする。なお、俺達は総勢七名で、二つに分けると人数が偏ることになる。
体力的な観点から、俺が少ない方へと割り振られることになった。
組み分けが決まったところで、左右の陣地に分かれて試合が開始された。遊びという事なので、そこまで厳密なルールは決めていない。
精々、雪玉に三回当たればアウトというだけだ。そうして人数を減らし、最後まで残った方が勝利である。
やはり、人数が少ないとあって、俺のいるチームは少し押され気味だ。アメリアとエリーゼが絶え間なく投擲する雪玉が、身を隠す雪壁へと交互に打ち付けられる。二人とも、やはり雪合戦には慣れているのか、狙いが正確だ。
このままでは防戦一方だな。
「なら、これでどうだ! 『雪玉』!」
魔力を込めて地に手を付ければ、拳大となった無数の雪玉が前方へと飛翔した。
意気揚々とこちらに雪玉を放っていた少女達は、泡を食ったように雪壁の向こうに顔を引っ込める。そうして顔だけを雪壁からだし、口々に抗議の声を上げ始めた。
「ジーク、ずるい!」
「大人げないの!」
「魔術が禁止とは言ってないからな! シャルもやってやれ!」
「はい、ジークさん!」
氷精の少女も加わり、弾幕の量が倍増する。敵陣を守る雪壁は見る見る小さくなり、少女達はたちまちのうちに雪塗れとなった。
なお、二回戦以降が魔術禁止となったのは、言うまでもないことである。
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