380話 半龍少女と記憶6
石製のテーブルの上に、所狭しと並べられた料理の数々を前に、半龍の少女はキラキラと瞳を輝かせた。クリスティーネが記憶を取り戻した、夕食の席でのことである。
今日は再び皆が揃うことのできた、記念すべき日である。未だクリスティーネとフィリーネは本調子ではないようだが、それでも笑いあえるくらいには回復していた。
今は午前中の訓練以外、自由時間はたっぷりとあるので、折角だからと料理に気合を入れたのだ。なお、調理したのは俺とシャルロット、それにエリーゼの三人である。午後の時間をふんだんに使用し、合計でニ十品ほどを用意した。
今回の夕食には、かなりの食材を費やしている。到底一食で消費できるような量ではないが、そこは翌日にでも、残りを温め直して食べればよいだろう。
「それじゃ、クリスとフィナの回復を祝って……乾杯!」
俺の言葉を合図に、皆が一斉に杯を打ち鳴らす。ちなみに、中身は果実水である。
折角なら酒でも飲めればよかったのだが、手持ちになかった。旅の間は当然だが、洞窟暮らしの最中に酒を飲むのもどうなのかと、帝都で購入しなかったのだ。こんなことなら、少しくらいは購入していても良かったかもしれない。
とは言え、皆そこまで酒好きというわけでもないので、不満はないようだ。王国に帰り着いた暁には、町の酒場あたりで正式な打ち上げをやりたいところではあるが。
軽く喉を潤し、早速とばかりに料理へと手を伸ばす。ここでの食事は大皿に乗せられた料理を、各自で取り分ける形だ。
籠の中には、丸パンが山と積まれている。帝都でまとめて購入したもので、土魔術で用意した焼き窯で焼き直したので、今も湯気を上げている。少々焦げたところもあるが、まぁ許容範囲だろう。
その隣には、たっぷりのサラダが置かれている。マジックバックに入れていたおかげで、野菜はまだまだ瑞々しい状態だ。
その他、俺達で作った肉料理の他に、帝都で購入した出来合いの料理が並んでいる。料理人ではないし設備にも限界があるので、揚げ物や凝った料理なんかは作れないからな。
早速とばかりに、鶏肉のローストを手に取った。我ながら、綺麗な黄金色に焼き上がったものだ。
ナイフとフォークで一口サイズに切り分け、口へと運ぶ。うむ、美味い。
料理を味わいながら、俺は皆の様子を窺い見る。
隣に腰掛けるクリスティーネは、次から次へと料理を口に運んでいた。どうやら記憶と一緒に、食欲も戻ったらしい。
今日の午前中、あれだけ体重を気にしていたのにいいのだろうかと思わないでもないが、わざわざ指摘するのは野暮というものだろう。
「どうだ、クリス? 美味いか?」
「うん、すっごく! お城で食べたのより美味しいよ!」
そう口にするクリスティーネは、屈託のない笑みを浮かべている。
さすがに、城の料理と比べれば、これらの料理は数段落ちるだろう。それでも、クリスティーネは本心から口にしているようだ。
その気持ちは、俺にも何となくわかるというものだ。
味は確かに城の料理の方が良かったように思うが、こんな風に皆でそろっての食事というのは、それだけで料理がおいしく感じられるものである。
「フィーも、クーちゃんに負けないくらいにたくさん食べるの」
そう言ってパンへと手を伸ばしたのは、俺の左隣に腰掛けたフィリーネだ。フィリーネも怪我をしている間は、少し食欲が落ちていた様子だったが、今は少し持ち直したようだ。
フィリーネはクリスティーネに対抗するように、次から次へと食事を口へと運んでいる。そんなに急いだところで食べきれる量ではないし、クリスティーネと同じほどは食べられないと思うのだが、好きにさせてやろう。
そんな風に思っていると、不意にフィリーネが胸元を手で叩き始めた。どうやら食べ物を喉に詰まらせたらしい。
俺は苦笑を漏らしつつ、その背を軽く叩いてやる。
「それにしても、ようやく落ち着けるわね」
サラダを食べながら、しみじみとした様子でアメリアが口を開いた。隣に座るエリーゼと共に咀嚼する様子はそっくりで、髪や瞳の色合いも伴い姉妹に見える。
その言葉に対し、俺は同意するように頷きを返した。
「あぁ、ようやくだな。もうしばらくは洞窟暮らしだが、クリスとフィナの体力が戻ったら、また旅に出よう」
一応、二人は今のままでも旅は可能だろうが、やはり不意の魔物の襲撃が怖い。俺とアメリアだけで前線を支えられればいいが、魔物の数が多いと手が回らなくなる可能性もあるのだ。
それに、帝都での警戒は解けたようだが、俺達の指名手配は未だ継続だろう。特に捜索対象となっているクリスティーネとフィリーネは、万全の体調に戻しておいた方が安全だ。
俺の言葉に、ふとイルムガルトが食事の手を止める。
「やっと王国に帰れるのね……長かったわ」
「待たせて悪いな、イルマ」
イルムガルトは王国の故郷に帰るために、俺達に同行しているのだ。俺達がクリスティーネを助けるために、逆方向である帝都まで共に来たが、本心では早く帰りたかったことだろう。
だがイルムガルトは、ゆるやかに首を横に振って見せた。
「別に、構わないわよ。もう何年も待ったし……待つのは慣れてるわ。王国に連れて帰ってくれるだけで、有難いしね」
イルムガルトの話では、もう何年も前に奴隷狩りに捕らえられたという。そこから各地を転々とした結果、帝都へと渡ったそうだ。ダスターガラーの町でイリダールに買われたのは、三年ほど前だという話である。
それからずっと、同じ部屋で生活していたということだ。故郷が恋しくもなるだろう。
あの町で俺達と一緒に来なければ、イルムガルトは一人で故郷を目指す他に方法はなかったのだ。そうなれば、無事に帝国を出ることが出来たかも定かではない。
少々面倒な状況に巻き込んではしまったが、今こうして無事なのだし、そこまで悪い結果にはなっていないだろう。
「そっか……これで火兎族の里に帰れるんだね」
サラダを持ち上げたまま、エリーゼがぽつりと言葉を溢した。
エリーゼに至っては、五年も前からイリダールの屋敷にいたとの話だ。いざ帰れると言われても、あまり実感が湧かないのだろう。
「エリーとまた、こうして会えてよかったわ。おじさんもおばさんも、きっと驚くわよ」
「お母さん達、元気かなぁ? 里って襲われたんでしょう?」
「えぇ、二人とも無事よ。里の方は、ちょっと大変なことにはなってるけどね」
火兎族の里は奴隷狩り達に襲われ、半壊状態となっていた。あれから時間も経ったことだし、今頃はそれなりに復興しているだろう。
王都へと帰る前に、エリーゼを火兎族の里へと送り届けなければ。
「でもそうなると、アーちゃんともお別れなの?」
「……えっ?」
フィリーネの言葉に、アメリアが呆けたような声を上げた。
「そうか、アメリアの目的はクリス達を助けることや、火兎族を探すことだったもんな。エリーゼも見つけたし、目的は達してるか」
本来であれば、アメリアはシュネーベルクの町で、奴隷狩りに捕らえられた火兎族を助けた時点で里に帰っても良かったのだ。だが、クリスティーネ達が捕らえられたのは自分にも責任があると、俺達に同行してくれたのだった。
しかし、クリスティーネ達を助け出すことが出来たのだし、幼い頃に攫われたエリーゼも、こうして救うことが出来た。それなら、エリーゼと共に火兎族の里に帰るのが自然だろう。
そうすると、アメリアとも別れることになるのか。それなりに長い間、一緒に行動をしていただけに、少し寂しいものがあるな。
そう考えていると、向かいに座るアメリアが少し鋭い目でこちらを見上げてきた。
「なによジーク、私がいるのは迷惑なの?」
「そういうわけじゃないが、アメリアだって帰りたいんじゃないか? 俺達と初めて会った時は、火兎族の里から奴隷狩りの脅威を払うことが目的だっただろう?」
もう随分と前のことになるが、アメリアは火兎族の里を襲った奴隷狩りから逃げてきたのだった。その奴隷狩りの脅威は俺達の手によっては排除したのだし、これからは安心して過ごせることだろう。
「それは……そう、だけど……」
俺の言葉に、アメリアははっきりとしない返事を返した。
何やら引っかかっているような様子だが、エリーゼと共に火兎族の里へと帰れるのだ。素直に喜べばよいと思うのだが。
「とは言っても、帰れるのはまだ先のことでしょう? それより、明日からしばらくどうするか話しましょうよ」
そんなイルムガルトの言葉に、俺達は食事を続けながら、翌日の事を話し合った。
その食事の間、アメリアは終始、何かを思い悩んでいる様子だった。
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