表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/685

38話 少女との別れ2

 私は、教会を後にして小さくなっていく二人の背を見送っていた。今は小さく見えるが、私にとってはとても大きな背中だ。

 そうして、ここ数日の出来事を振り返る。


 両親を殺され、人攫いに攫われてからが地獄の始まりだった。両親の死を悲しむ暇もなく、私は一日一日を生き抜くのに精いっぱいだったのだ。痛くて悲しくて仕方がなかったが、それでも私は死にたくなかった。

 人攫いに捕らえられての生活は、最悪の一言だった。毎日、陽の当らない狭い部屋か、馬車の中に同じような境遇の子供達と一緒に押し込まれる。手足に嵌められた枷は重く、摩擦で破れた皮は酷く傷んだ。

 飲食は当然のように制限され、常に空腹と喉の渇きに襲われた。次第に体力も底を尽き、常に起きているのか眠っているのか、生きているのか死んでいるのかもわからなかった。


 捕まってからどれだけの日数が経過しただろうか、ぼんやりと馬車に揺られていると、男達が俄かに騒ぎ出した。男達の言葉と馬車の振動、それに獣の唸り声から、馬車が魔物に襲われているのだと理解した。

 それから、男達は何を思ったのか、馬車の子供達を外へと放り出し始めた。私達を魔物の囮にするつもりだ。そう思った時には、私の体は宙に浮いていた。次の瞬間には地面に背中から叩き付けられ、肺中の空気を吐き出すと同時に痛みに呻き声をあげる。

 そうして目を開けば、霞む視界には大きな四つ足の獣が映った。その獣の濁った眼が、私の姿を捉える。あぁ、これでようやく終わると、私はそう思った。


 二度と目覚めないはずの、私の意識が再浮上する。規則正しく揺れる体に、未だ朦朧とした頭で自分が運ばれているのだと理解した。

 ゆっくりと瞼を持ち上げる。そうして視界に入ったのは、男性の後頭部だった。私は今、男に背負われ運ばれているのだ。その状況を理解した瞬間、私はその事実に恐怖した。

 間違いなく、人攫いが戻ってきたのだろう。そうして、私を再び攫っているのだ。私は抵抗するように、残った力で男から距離を取るように体を仰け反らせる。手枷の鎖が引っ掛かったのか、男が苦しそうな声を出した。


「驚かせちゃった? 大丈夫だから、ね?」


 不意に、鈴を転がすような声が掛けられる。その声に、私は思わず腕の力を緩める。そうして、声の方へと顔を向けた。

 そこにいたのは、女神だった。

 風に揺れる長い銀の髪はキラキラと輝き、まるで光をその身に纏っているかのようだった。宝石のような大きな金の瞳が、優し気に私の事を見つめている。その目、鼻、口は美術品のように整っており、その白い肌には傷一つなく美しかった。

 それから遅れて、少女が大きな銀の翼と尻尾を持つことに気が付いた。その特徴から、私はその少女が人族以外の異種族であることを理解した。異種族自体は常日頃から目にしていたが、その少女は初めて見る異種族だった。


 それから、私を背負っていた男がゆっくりと私を地面へと下ろす。しかし足に力が入らず、私は地面に座り込んでしまう。私を背負っていた男が、慌てたように私の顔を覗き込んできた。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫、です」


 本当は全然大丈夫ではなかったが、思わずそう口にしていた。

 それから二人はジークハルトとクリスティーネと名乗り、お茶を用意してくれ、私の身に何があったのかを聞いてきた。私は二人に包み隠さず事情を話した。両親が殺され、人攫いに攫われ、魔物に襲われたことのすべてだ。

 私以外の子供達は、魔物に襲われて死んでしまったらしい。可哀想だが、仕方がない。私には、どうすることもできなかった。


 それから二人は、動けない私を王都へと連れて行ってくれた。それどころか、何もできない、何も持っていない私に対して、本当によくしてくれた。

 私に嵌められた枷を外してくれ、服と靴を与えてくれた。大衆浴場では、優しく髪を洗ってくれた。私を連れて王都を回り、たくさん笑いあった。

 二人のおかげで、私はもう一度生きてみようと思ったのだ。


 本当は、もっと二人と一緒にいたかった。けれど、二人は冒険者だ。私がいては、二人の足を引っ張ってしまう。それはジークハルトもわかっていたのだろう。私を教会に預けることを提案された。

 教会に行くのは、私にとっても悪い話ではなかった。少し心配なこともあるが、少なくとも生きていくことはできるだろう。教会に身を置く間に、やりたいことをさがせばいいと、ジークハルトは言ってくれた。

 二人を見ていると、冒険者になるのも悪くないと思える。いつの日か、冒険者になれたなら、二人について行くことはできるだろうか。


 けれど、と私は己の胸に手を当てる。冒険者になるには、私の秘密を周囲に打ち明ける必要があるだろう。ジークハルトとクリスティーネはとても優しかったが、私のせいで二人を危険なことに巻き込むわけにはいかない。それを思えば、冒険者になる道は諦める他ないだろう。

 既に、二人の背は見えなくなっている。私も早く、孤児院での生活に慣れなければならない。

 私が胸に手を当てたことで鳴った、カツンと小さく硬質な音に気付いた者は、どこにもいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
上記リンクをクリックするとランキングサイトに投票されます。
是非投票をお願いします。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ