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377話 半龍少女と記憶3

 俺とクリスティーネが抱き合ってから、どれだけの時間が経過しただろうか。俺の中では様々な感情が入り乱れており、正確なところは覚えていない。

 ただ、クリスティーネをようやく取り戻したのだと、それだけは実感できた。


 ひとしきり抱き締めたことで、ようやく落ち着くことが出来た。そうして、少し冷静になった頭で、今の自分達の状態を考える。

 俺とクリスティーネは互いに正面から抱き締め合っている形だ。こんなところを他の少女達に見られれば、あらぬ誤解を……されないかもしれないが、流石に気恥しいものがある。


 少し離れた方が良いだろうと、俺はクリスティーネを抱き締める腕を緩めた。けれどクリスティーネは俺を放すことなく、むしろ抱き着く力を少し強めた。

 まだ離れたくないということだろうか。俺は軽く頬を掻き、それから少女の頭へと片手を添えた。そうして少女の髪を優しく撫でながら、口を開く。


「クリス、記憶が戻ったんだな?」


「うん、全部思い出したの。ジークのことはもちろん、シャルちゃんのことも、フィナちゃんのことも」


 そう言葉を発するクリスティーネは俺の胸に顔を埋めたままで、その顔は見えない。

 そうしてぐしぐしと涙を流していた少女だったが、不意に顔を上げた。


「……あれ? アメリアちゃんはともかくとして、何でエリーゼちゃんとイルマさんが一緒にいるの?」


 そう言って、少女は小首を傾げて見せる。どうやら、記憶を失っていた間のことも、覚えているようだ。

 クリスティーネにとっては、ダスターガラーの町でイリダールの屋敷にいた際に、同じ部屋で過ごしていた二人でしかない。ここは、そこから遠く離れた帝都の傍だ。二人が俺達と共にいるのは、不思議なことだろう。


「そうだな、そこから話をするか……俺達、あー、俺とフィナとアメリアは、奴隷狩り達に捕まったクリスとシャルを助けに、帝国に渡って来たんだ。と、クリスはここが帝国だってことは知っているのか?」


「うん、お屋敷にいた時に、エリーゼちゃんから聞いたよ」


「そうか。それで俺達も、クリス達がイリダールの屋敷にいるところまでは突き止めたんだ。何とか助け出そうとして、フィナが屋敷に使用人として潜入してな。フィナはパーティー会場で、クリスとシャルを見たそうだぞ」


「あそこにいたの? 気付かなかったなぁ……」


 クリスティーネが、昔を思い出すように遠い目をする。

 俺もフィリーネから聞いた話だが、その時のフィリーネは異種族の特徴である翼を隠し、屋敷のお仕着せを身に付けていた。さらに屋敷の者達に混ざって働き、二人には近寄らなかったという事なので、気付かないのも無理はないだろう。


 俺も当時の事を思い返しながら、言葉を続ける。


「それで、町の騎士の協力を得て、屋敷に踏み込むことが出来たんだ。ただ、クリスとシャルはその日のうちに、別の町へ連れて行かれたみたいでな。クリスはもちろん、シャルのこともそこでは助けられなかったんだ」


「そうだったんだ……あの時も、ジーク達は来てくれてたんだね」


 そう言って、クリスティーネは小さく笑みを浮かべた。俺達は助けに来ていたことが分かり、嬉しいのだろう。


「そこで、イリダールの奴隷だったエリーゼとイルマの二人に会ったんだ。エリーゼがアメリアと同じ火兎族って言うのは知ってるか?」


「うん、お耳と尻尾が同じだったから。アメリアちゃんの友達だって話も聞いたよ」


 俺の言葉に、半龍の少女は頷きを返す。

 どうやら二人の関係性については、既に本人から話を聞いているようだ。


「そうか、それなら話が早いな。それで、アメリアの友達というのなら、放っておくわけにはいかないからな。クリスとシャルを助け出してからになるが、火兎族の里まで送り届けることになったんだ」


「そっか、そうだよね。それがいいと思う……それで、エリーゼちゃんは分かるんだけど、イルマさんは、どうして一緒に?」


「あぁ、エリーゼを連れていく話をしていたら、一緒に行きたいって言いだしてな」


 俺は当時の会話を思い返す。

 俺達がエリーゼの同行を許可したところ、イルムガルトも連れて行って欲しいと言い出したのだった。理由を問えば、故郷に帰るためだという。


 イルムガルトの故郷は、王都から見て西側にあるらしい。現在地である帝国からは、かなりの距離があった。そこから女が一人で故郷に帰ろうとするのは、かなり厳しいものがある。

 そこで彼女は俺達に、王都までで構わないので一緒に連れて行ってくれと言ったのだ。


 俺達としても、エリーゼが旅に加わる以上は、どうしたって歩みが遅くなる。それなら、一人も二人も大した違いなどないと、同行を許可したのだ。


「そうだったんだ……イルマさん、あんまり自分のことは話してくれなかったからなぁ」


 どうやら屋敷にいた際は、主にエリーゼがいろいろと教えてくれたらしい。イルムガルトは基本的には、クリスティーネとシャルロットの話を聞く方だったそうだ。

 確かに、一緒に旅をしていても、イルムガルトは自身の事を語ることはあまりない。エリーゼなんかは、よくアメリアと昔話をしているので、直接聞いていないような事にもかなり詳しくなったが。


「それで、その後はクリスとシャルを追って、北を目指してな。ここに来る途中、ザーマクガラーって町で、シャルを助け出したんだ」


 シャルロットを助け出す際にもいろいろとあったのだが、詳細はまた後日でもいいだろう。

 俺の言葉を聞いたクリスティーネは、ほっと息を吐きだした。


「そっか、シャルちゃんもここにいるもんね。無事でよかった……」


 クリスティーネはシャルロットと別れてから、ずっと彼女の事を気にしていたという。

 何せ、クリスティーネ達からすれば、俺達が近くまで助けに来ていることはわからなかったのだ。年上の姉代わりとしても、自分がしっかりしなければと考えていたのだろう。


「その後は、クリスを助けるために帝都を目指してな。まぁ、その間にもいろいろとあったが、あの大聖堂でクリスを助け出したってわけだ」


「大聖堂……?」


 俺の言葉に、クリスティーネは不思議そうに首を傾げて見せた。


「あぁ、帝都の大聖堂だ。覚えてないか?」


「うん……気が付いたら、ここにいたから」


「これも鎮静香の影響か……」


 クリスティーネの記憶は治療薬によって戻ったものの、全てを覚えているというわけではないようだ。ここに来る前の事を覚えているか、と問えば、城にいたことは朧気ながら覚えているらしい。

 おそらく、ルエルコリスの花を使用して作られた薬、鎮静香を使われている間の記憶が曖昧なのだろう。


 とは言え、抜けているのは数日の記憶だけのようだ。大聖堂で助け出した後のことはわかるし、そこまで掘り下げて聞く必要もないだろう。


「ひとまず、広間の方へ移動しようか。皆にクリスの記憶が戻ったことを知らせないとな」


「そうだね、私も早くみんなに会いたい」


 シャルロット達だってクリスティーネの記憶が戻るのを心待ちにしていたし、クリスティーネにとっても久しぶりの再会だ。こうやって二人で話をするのも悪くはないが、俺だけがこの娘を独り占めするわけにはいかないだろう。


 俺はその場で腰を上げると、クリスティーネへと片手を差し出した。半龍の少女は素直に俺の手を取り、起き上がろうと身を起こす。

 その途中、体から力が抜けたのか、ふらりとクリスティーネの体が揺れた。


「クリス!」


 俺は咄嗟にクリスティーネの背へと腕を回し、少女を抱き留めた。


「大丈夫か?」


「うん、平気だよ。ちょっと、力が抜けただけだから」


 俺の問いに、少女は笑って答えた。その表情は、無理をしているようには見えない。

 ただ、記憶が戻ったとはいえ、完全に薬の影響が消えたわけではないのだろう。どの程度影響が残っているのか、後ほど聞く必要がありそうだ。

 そう考えた時だった。


「ジークさん、こちらですか……えっ?」


 声に振り向けば、何故だか驚いたように瞳を見開く、シャルロットの姿があった。

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