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376話 半龍少女と記憶2

 俺達の暮らす洞窟には、用を足すところを含めずに言えば、全部で四つの部屋がある。

 一つは、最も長い時間を過ごしている広間だ。洞窟に入り、折れ曲がった通路の先にある広間は、過ごしやすいようにと当初からいろいろと手を加えてある。


 広間の真ん中には魔術で作った大きな石のテーブルがあり、その傍には人数分の椅子が設えられている。椅子には帝都で購入したクッションが置かれており、長時間座ってもお尻が痛くなることはない。

 奥へと続く通路の傍には敷物が敷かれており、その上には毛布やクッションが置かれている。ただ何となく横になったりして、休憩するためのスペースだ。アメリアとエリーゼは、椅子に座るよりもこちらの方が合うらしく、よくごろごろと寝転がっている。


 一つは、もっとも奥の部屋にあたる寝室だ。大きさは広間ほどでもないが、七人全員が余裕を持って寝転がるだけの広さがある。部屋の角には土魔術で台を作り、そこに光量を落とした照明の魔術具や暖房の魔術具が置かれている。

 昨日までは常時フィリーネも過ごしてきたが、今利用しているのは、未だ起きて来ないクリスティーネだけである。


 一つは、脱衣所と風呂である。利用時間としては最も少なくなるが、身綺麗にするためにも重要な部屋だ。基本的には一日に二度、訓練後と就寝前とで使用されている。

 男は俺だけなので一人で利用しているが、女性陣は六人もいるのだ。基本的には六人全員が一度に利用することになるので、浴槽はかなり大きめに作ってある。これで、景色でも見られれば尚良かったのだが、冷えないために風呂は洞窟内に作ってある。


 最後の一つは、訓練室である。こちらは、この洞窟で過ごすようになって、間も無く拡張した部屋である。広間から右手に続く通路の先がそうだ。

 始めは広間で訓練を行っていたのだが、さすがに皆で動けるほどには広くはなかった。そこで、十分な広さの部屋を新たに用意したのだ。


 訓練室は一辺が二十歩ほどの正方形。そして室内には等間隔に四ヶ所ほど、俺が両腕で輪を作ったほどの太さの柱が渡してある。これで天井を支えているというわけだ。

 これだけの広さがあれば、体力作りも模擬戦闘も十分に行える。


 そこで俺は、少し距離を置いて向き合っていたフィリーネに対し、右手に握った木剣を下げて見せた。


「どうだ、フィナ?」


「んん……やっぱり少し体が重いの」


 そう言って、白翼の少女は構えを解いた。

 たった今まで、俺はフィリーネと模擬戦闘を行っていたところだ。とは言え、普段よりもかなり力は抑えている。動きを確認するための、軽い打ち合いだ。


 やはりと言うべきか、フィリーネはしばらく伏せっていたがために、体力が落ちているようだ。そこまで激しく打ち合ってはいないというのに、少し肩で息をしている。少女の動きも、以前と比べると少々キレがなかったように思えた。


「そうか……よし、今日はこのくらいにしておこう」


「フィー、まだやれるの」


「いや、ここまでにしよう。治ったばかりなんだし、無理は禁物だ。時間はあるし、ゆっくりと戻していけばいいさ」


 そう言って軽くフィリーネの頭に片手を乗せれば、白翼の少女は肩から力を抜いた。


「ん……わかったの」


 そうして今日の訓練を終えた俺達は、訓練室を後にして広間へと戻ってきた。それなりに疲れを見せていた少女達は、ひとまず汗を流してくると風呂場へと向かう。

 今日の訓練は軽いものだったので、俺自身はたいして汗を掻いていない。それでも一応、少女達の後にでも風呂には入っておこうと考える。


 さて、少女達が風呂から上がってくるまでは、それなりに時間があるだろう。その間に、クリスティーネの様子を見ておこうと、俺は一人寝室へと足を向けた。

 魔術具により快適な温度に保たれた寝室では、部屋の隅でクリスティーネが横になっていた。その胸が、呼吸により規則正しく上下している。


 俺は少女の方へと近寄り、その横に静かに腰を下ろした。そうして、眠る少女の顔を眺める。相変わらず、綺麗な顔をしているな。

 俺はクリスティーネの方へと片手を伸ばし、その目にかかった髪をそっと払った。すると、その瞼が小さく動き、ゆっくりと金の瞳が露わになった。


 徐々に少女の瞳の焦点が合い、やがてその金の水晶が俺の姿を捉えた。

 少し呆けていた様子のクリスティーネの口が、小さく動きを見せる。


「……ジーク」


「あぁ、俺だ。おはよう、クリス」


 声を掛け、軽く銀の髪を撫でる。

 そうして、ふと気が付いた。


「クリス、今ジークって……」


 敬称のない呼び方は、以前のクリスティーネのものだ。確かに、彼女は今、俺の事をジークと呼んだ。

 その事実に、自然と鼓動が早くなる。


 そんな俺の前で、半龍の少女は小さく笑みを見せた。


「ジーク、私だよ……クリス、だよ」


「クリス、記憶が……?」


 俺はクリスティーネの背に片手を当て、少女の上体を起こした。

 腰を下ろした俺と、少女の目線の高さが合う。


「ジーク、ずっと会いたかった……」


 俺の顔を正面から見返し、少女ははらはらと金の瞳から涙を流し始めた。

 その様子に、俺は思わず胸が詰まり、咄嗟に少女の体を抱き寄せた。


 クリスティーネが記憶を失ってからというもの、少女を困惑させないためにも、こんな風に触れることは控えていた。

 久しぶりに触れた少女の体は、以前よりも少し痩せたように思える。


 少女は嫌がることもなく、逆に俺の背へと両の細腕を回す。

 それから俺の胸に顔を埋めた。

 俺はクリスティーネを抱きしめたまま、その銀の髪に顔を寄せた。


「おかえり、クリス」


「ただいま、ジーク」


 再会を確かめ合うように、俺達は互いの体を強く抱き締めた。

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