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375話 半龍少女と記憶1

 クリスティーネに治療薬を飲ませた翌日の早朝。この日も俺は、誰よりも早く目を覚ました。

 左腕に軽い重さを感じ、目を向けてみれば、俺の腕を抱きしめて眠るフィリーネの姿があった。


 こんな風にフィリーネが俺に寄り添って眠るのも、久しぶりのことである。最近はずっと怪我の影響で、少し離れたところで眠っていたからな。

 普段は眠たげな赤い瞳も今は閉ざされ、油断しきった寝顔を晒している。ようやく怪我も完治したので、質の良い睡眠を取ることが出来るだろう。


 俺は少女を起こさないようにそっと腕を外し、上体を起こす。周囲へと目を向けてみれば、光量を落とした照明の魔術具に照らされた皆の姿が見えた。

 そこには姿勢よく眠るシャルロットやイルムガルト、身を寄せ合うように横になるアメリアとエリーゼの姿がある。


 そして寝室の壁際には、半龍の少女の姿があった。規則正しく上下する胸から、深く眠っている様子が伺える。

 今、最も気になるのはクリスティーネの記憶が戻ったのかどうかだが、未だ少女は目を覚ましていないらしい。その様子に、俺は小さく溜息を吐いた。


 それから俺は身を起こし、広間の方へと歩いていく。仕切りの布の向こうへと出てみれば、広間は冷たい空気に満たされていた。

 寝室では常に暖気を生み出す魔術具を使用しているため、快適な温度に保たれている。だが、広間では魔石の節約のため、就寝時は魔術具を切っているのだ。


 また少し、気温が下がっただろうか。出来れば今以上に気温が下がるより前に、王国へと帰りたかったが、これは少し難しいかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺は寝室から漏れる明かりを頼りに、まず広間の照明の魔術具をつける。それに次いで、暖房の魔術具を稼働させるのだった。


 魔術具が動き始めたのを確認した俺は、洞窟の外へと足を進めた。起きてすぐに、外の様子を確認するのが、ここ最近の俺の日課である。

 夜のうちにまた雪が降ったのだろう、辺りは一面の銀世界だった。朝日を雪面が反射する光景は綺麗なものだが、大分見慣れた光景だ。


 吐いた息が白くなるのを尻目に、俺は周囲へと目を向けた。近くには魔物はもちろん、ウサギ一匹として姿はない。ただ、近くを小動物が通ったのだろう、雪の上に小さな足跡が残されていた。

 俺はたっぷりと外の空気を吸い込んでから、洞窟内へと引き返した。広間は魔術具のおかげで、ほどよく暖まっている。それから朝食を作ろうと、かまどの前に立ったところで、背後から聞こえてきた小さな足音に振り向いた。


 見れば、仕切りの布を捲って姿を現した、シャルロットと目が合った。少女は俺と目があった途端、控えめな笑顔を浮かべて見せる。


「おはようございます、ジークさん」


「あぁ、おはようシャル。今日もよく眠れたか?」


「はい、とっても。朝ご飯の支度ですよね? お手伝いします」


「あぁ、助かるよ」


 それから俺はシャルロットと一緒に、野菜スープを拵える。適当な大きさに具材を刻み、鍋に放り込むだけなのでそれほど手間はかからない。七人分になるので、少々量は多いが。

 スープの火加減をシャルロットへと任せ、俺は簡単な焼き物へと取り掛かった。焼くのは帝都で購入した鳥の卵と腸詰だ。何れも庶民向けの安いものだが、味はそれなりに旨い。


 そうこうしている内に、皆が少しずつ起きてきたようだ。軽く伸びをしながらイルムガルトが広間へと入り、次いでアメリアとエリーゼが姿を現す。遅れてきたフィリーネは、まだ少し眠そうな様子だ。


「フィナ、クリスはまだ寝ているのか?」


「んん、こっちに来る前に見てきたの。ぐっすりだったの」


「そうか……」


 治療薬の効果があれば朝には目覚めると思っていたのだが、まだ効いていないのだろうか。起きていれば、朝食を共に取ることが出来たのだが。

 だが、クリスティーネが目覚めるのがいつになるかわからない以上は、待ってはいられない。俺達は広間に集まった六人で、先に朝食を食べることにした。


「ジークさん、しばらくは様子見になるんですよね?」


 食事をしながらの主な話題は、これからのことだ。

 小さく首を傾げるシャルロットに、俺は頷きを返した。


「あぁ、まずはクリスが目覚めるのを待って、状態の確認だな。昨日の治療薬が効いていればいいが、もし違う原因だったら、また別の方法を考える必要がある」


 まず初めに、クリスティーネが目覚めるのを待つ必要がある。未だ薬の影響が色濃く残っているようだが、昨日も早めに就寝したので、少なくとも午前中には目を覚ますことだろう。

 そこで、クリスティーネの記憶が戻っていればいいが、戻っていない可能性もある。その場合は、もう一度治療薬を飲んでもらう必要があるだろう。幸い、素材はまだあるのだ。


 それで八割がたは治ると思うのだが、治らないということも有り得るのだ。何しろ、俺達はクリスティーネに使われたのが、ルエルコリスの花を素材にした薬だと見当をつけたが、それがそもそも間違っているかもしれないのである。

 その場合は、もう一度頭を悩ませる必要があるだろう。


 また、仮にクリスティーネの記憶が戻っていたとしても、すぐに王国へ戻るというのも無理な話だ。


「それなりの期間、薬に侵されていたのなら、基礎体力も落ちているだろうからな。王国に戻る旅に出る前に、ここでしっかりと療養した方がいい」


 特に、帝国はこれから冬へと向かっていくのだ。旅に出る前に、しっかりと準備をしていた方がいい。クリスティーネが歩くのもやっとの状態であれば、まずは体調を整えることが最優先である。

 また、もしも俺の思っているよりも帝国の気候が厳しくなるようであれば、この洞窟で冬を越すという手も考えられる。急ぐ用事もないのだ、わざわざ極寒の中を旅する必要もないだろう。


 それに、と俺は白翼の少女へと目を向けた。


「フィナだって、まだ本調子じゃないだろう?」


 フィリーネが負っていた全身の怪我は、治癒術によってつい昨日、完治したばかりだ。傷は治ったし、失った血も戻っただろうが、体力は以前よりも間違いなく落ちているだろう。

 俺の言葉に、フィリーネは自らの体に目線を落とした。


「んん……元気になったつもりだけど、もう少し動いてみないとわからないの」


「そうだな……俺達も帰って来たばかりだし、今日の訓練は軽めにしておこうか」


 それから食事を終えた俺たちは、少し食休みを挟んでから、訓練室へと向かうのだった。

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