372話 半龍少女と治療薬1
「ジークさん、何かお手伝いすることはありますか?」
そんな声を掛けられたのは、俺が丁度、ルエルコリスの花を魔術で乾燥させ終わった時だった。
その声に顔を上げてみれば、風呂へと続く通路の方から、シャルロットが小走りで駆け寄ってくる。その後ろには、フィリーネ達も続いた。
皆、風呂上がりのためだろう、少し頬が上気して見える。
氷精の少女は俺の隣へと腰かけると、上目遣いでこちらを見返してきた。その瞳には、どこか期待するような色が見える。
どうやら、俺がクリスティーネの治療薬を作るのを手伝いたいようだ。
「そうだな……」
治療薬の作成は、まだ始まったばかりである。ようやく、素材の一つであるルエルコリスの花を、カラカラに乾燥させただけだ。この後にはまだまだ工程が控えている。
それほど分担できることは多くはないが、一人くらいには手伝ってもらうのも良いだろう。
そう思い、俺は傍らに置いた背負い袋を引き寄せる。そうして、袋の中からすり鉢を取り出した。
このすり鉢は、アメリアと共にクリスティーネの治療薬の素材を探しに帝都へ赴いた際に、一緒に購入してきたものである。
それとすりこぎ棒をセットにし、シャルロットの前へと差し出した。
「それならシャル、このルエルコリスの花を、粉末になるまで潰してもらえるか?」
ルエルコリスの花は、触れただけで崩れてしまうほどに乾燥させてある。これを治療薬の素材にするためには、粉末状になるまで潰す必要があるのだ。
力仕事と言うほどに重労働ではないが、面倒な単純作業だ。それでもシャルロットは、すぐに首を縦に振って見せた。
「わかりました、まかせてください!」
そう言って、シャルロットはその小さな手ですりこぎ棒を手にした。ルエルコリスの花は彼女に任せておけば良いだろう。
続いて俺は、背負い袋から一冊の本を取り出すと、テーブルの上へと置いた。治療薬の作り方が書かれた本だ。パラパラと捲り、該当のページを開く。
そこに書かれている内容を確かめながら、俺は背負い袋から帝都で購入した素材を取り出し、テーブルの上へと並べていく。たちまちのうちに、俺の前は様々な素材で埋め尽くされた。
「ジーくん、フィーも手伝えるの」
さて始めるか、と思ったところで、シャルとは反対の隣に腰掛けたフィリーネから声を掛けられる。どうやら彼女も手持無沙汰なようだ。
だが、ここからは連続した手順になるため、分担が出来そうにもない。
「いや、大丈夫だ。怪我が治ったばかりなんだから、フィナはゆっくりしてるといい」
それから俺は、幾つかの素材を刻んだり潰したりしながら混ぜ合わせていく。その都度、フィリーネが本に書かれている内容を読み、必要な素材を手渡してくれた。どうあっても俺の事を手伝ってくれるようだ。
俺は素直に礼を言い、作業を進めていく。フィリーネのおかげで、治療薬の作成はより効率的に行えた。
「ねぇアミー、ここ三日間の事を聞かせてよ!」
俺の向かい側に腰掛けたエリーゼが、アメリアへと話しかけている。
そこから、今回の旅の話になった。俺も調合の手を止めないまま、時折会話に加わる。
一日目に関しては、移動だけだったので特別語って聞かせるようなことはない。そのため、話の中心は二日目の魔物討伐のこととなった。
「そこで魔物同士が争っていたみたいでね。大きな蛇……シュトゥルムスネイクって言うらしいんだけど、それの死骸があったわ」
「そっか、魔物同士だって、争うことはあるよね。大きい魔物かぁ……生きてなくてよかったね」
アメリアの話に、エリーゼとイルムガルトは聞き入っているようだ。
二人とも、俺達の旅に同行してから魔物には何度か遭遇しているが、そこまで大型の魔物とは出会っていない。出会った中ではエリザヴェータを助けた際に遭遇した、ホワイトバンキーが一番大きかっただろう。
「ねぇジーク、今回の戦利品を見せてもいい?」
「あぁ、構わないぞ。ほら」
アメリアの問いに応え、俺は背負い袋を差し出した。アメリアは袋を受け取ると、腹の前へと抱えて見せる。
それから袋の中へと手を入れると、今回手に入れた素材の一つを取り出した。
アメリアが取り出したのは、大きな白い魔物の牙だった。死んでいたシュトゥルムスネイクから剥ぎ取った素材である。その長さは、俺の腕ほどにもなるものだ。
それを見たエリーゼとイルムガルトは、瞳を大きく見開いて見せる。
「うわぁ、大きいね……これが、さっき言ってた大蛇の牙なの?」
「えぇ、そうよ。触ってみる?」
「う~ん、汚くない?」
「ジークが洗ってるから平気よ」
それなら、とエリーゼはアメリアから大蛇の牙を受け取った。シュトゥルムスネイクの牙に毒はないので、素手で触っても安全である。
大蛇の牙を抱えたエリーゼは、しげしげとそれを眺める。その隣に腰掛けたイルムガルトも、興味深そうに少し身を乗り出した。
「後はこれね。ジークハルトが仕留めた、ホワイトバンキーの変異種の毛皮よ」
そう言いながら、アメリアは立ち上がって薄青色の毛皮を広げて見せる。変異種は通常種に輪をかけて大柄なので、アメリアの背では二つ折りにしても地面についてしまうほどだ。
「ジークさん、これでどうですか?」
アメリアが魔物との戦闘について話していると、シャルロットから声を掛けられる。そちらに目線を向ければ、少女は俺の方へとすり鉢を差し出していた。
その中では、薄紅色の粉末が小さな山を築いている。どうやらルエルコリスの花をすりつぶし終わったようだ。
「どれどれ……あぁ、いい感じだな。助かったぞ、シャル」
「いえ、このくらいは。他に手伝うことはありますか?」
「それじゃ、次はこの器に水を入れて、ルエルコリスの花の粉末と、それからこれとこれを加えて混ぜてくれるか?」
「わかりました!」
シャルロットに次の作業を任せ、俺は素材の処理を済ませていく。
その間にも、アメリア達の話は続いていた。どうやら、変異種についての話をしていたところのようだ。
「なるほどね、変異種かぁ。そういう魔物もいるんだね」
「それで、この魔物は通常種とはどこが違うの? ただ色が違うだけ?」
「私は自分の相手する魔物で手一杯で見てないんだけど、魔術を使ったそうよ。ジークに攻撃してきたみたい」
「魔術を?」
そう言って、エリーゼが俺の方へと顔を向ける。
思わず、俺も手元から顔を上げた。
「ホワイトバンキーって、前に見た大猿みたいな魔物だよね? あれが魔術まで使うなんて、ジークさん、大丈夫だったの?」
「いや、あんまり大丈夫じゃなかったな。文字通り、骨が折れた」
そう言いながら、軽く左腕を振って見せる。変異種との戦いでは、不意を突かれて魔術を受け、それが原因で左腕が折られたのだった。
冒険者というのは得てして危険なものだし、怪我なんて日常茶飯事ではあるが、骨まで折られたのは久しぶりのことだったな。
だが、そこまで荒事に慣れていないエリーゼは、心配そうに眉尻を下げて見せた。
「それでよく生きてたね……ジークさん、普通にしてるから、てっきり何事もなかったのかと思ったわ」
「シャルの協力もあって、その後すぐに倒したからな。治癒術を使えば、この通りだ」
「いくら治癒術があるとはいえ、私は経験したくないわね」
イルムガルトが溜息交じりに言葉を溢す。
別に俺だって、好きで怪我をしているわけではないのだが。治癒術を前提に作戦を立てているわけでもないし、怪我せず戦闘を終えられるのであれば、それに越したことはない。
それからもしばらく、少女達の会話は続いた。
その間、俺は少々自身の作業に集中する。
治療薬が完成したのは、皆が空腹を覚えるころだった。
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